ヘ短調作品34

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「今日の詩」の選者が送ってきた詩は自然とともに生きたロマン派の詩人ワーズワスの “The Solitary Reaper” 「麦を刈る娘」である。以前野性的な少女「ルーシー・グレイ」を訳したが、その主人公とも違う。だがいわゆる「牧歌」に登場する恋愛の対象としての少女ではなく、労働する少女に対する尊敬の念が出ている静かな詩である。

この詩はどうしても労働する女を描いたピサロを探し回ったが、適当な絵はなかった。麦を刈るとなるとどうしても男になってしまう。今日の絵は小さい人物が見えるが、これを田園を散策する詩人に見立てていただくことにした。


The Solitary Reaper

Behold her, single in the field,
Yon solitary Highland Lass!
Reaping and singing by herself;
Stop here, or gently pass!
Alone she cuts and binds the grain,
And sings a melancholy strain;
O listen! for the Vale profound
Is overflowing with the sound.

No Nightingale did ever chaunt
More welcome notes to weary bands
Of travellers in some shady haunt,
Among Arabian sands:
A voice so thrilling ne'er was heard
In spring-time from the Cuckoo-bird,
Breaking the silence of the seas
Among the farthest Hebrides.

Will no one tell me what she sings?--
Perhaps the plaintive numbers flow
For old, unhappy, far-off things,
And battles long ago:
Or is it some more humble lay,
Familiar matter of to-day?
Some natural sorrow, loss, or pain,
That has been, and may be again?

Whate'er the theme, the Maiden sang
As if her song could have no ending;
I saw her singing at her work,
And o'er the sickle bending;--
I listened, motionless and still;
And, as I mounted up the hill,
The music in my heart I bore,
Long after it was heard no more.

William Wordsworth.


麦を刈る娘

ごらん、畑でただ一人
孤独なハイランドの娘!
歌いながら、麦を刈っている。
止めるか、こちらに来ては!
娘は作物を刈っては束ねて
悲しげに一節歌う。
聞いてごらん!深い谷が
音を立て溢れているよ。

ナイチンゲールだって
こんな調べで鳴かないよ
アラビア砂漠の気味悪い所で
疲れた切った隊商も喜ぶよ。
こんなわくわくする声は
春のカッコーだって聞かないよ
はるかヘブリデス諸島から
海の静けさをやぶって来るけど。

歌の意味を誰か教えてくれない?−
おそらく悲しい節だろう
昔の不運な遠い所の出来事
それに大昔の戦い。
それとも慎ましい日ごろの
今のみなが知っている事かな?
悲しいとか、無くしたとか、苦しいとか
今までに、これからも経験しそうなこと?

それはともかく乙女は歌う
いつまでも、いつまでも
私は娘が働きながら歌い
鎌を振る姿を見た―
私はじっと黙って聴いた。
丘に登っても歌は心に残り
長い間声が聞こえた。

ワーズワス

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今日のエミール・ネリガンは "Le salon" 「大広間」である。今は廃墟となったサロンを訪れた詩人が夢の中で、音楽を聴き、先祖の舞踏会を見るものである。今は廃墟となった教会をしのぶ詩と同じ類型に属するものである。ケベックにもそのような建物があったとしてもおかしくはない。ケベックは新たに開拓された町ではなく、古き良き時代のフランスを保存した都市である。だがこの詩自体はフランス象徴派の影響を強く受けた詩ではないだろうか?


Le salon

La poussière s'étend sur tout le mobilier,
Les miroirs de Venise ont défleuri leur charme ;
Il y rôde comme un très vieux parfum de Parme,
La funèbre douceur d'un sachet familier.

Plus jamais ne résonne à travers le silence
Le chant du piano dans des rythmes berceurs,
Mendelssohn et Mozart, mariant leurs douceurs,
Ne s'entendent qu'en rêve aux soirs de somnolence.

Mais le poète, errant sous son massif ennui,
Ouvrant chaque fenêtre aux clartés de la nuit,
Et se crispant les mains, hagard et solitaire,

Imagine soudain, hanté par des remords,
Un grand bal solennel tournant dans le mystère,
Où ses yeux ont cru voir danser les parents morts.

Emile NELLIGAN (1879-1941)


大広間

家具も調度品も埃を被り
輝き失ったヴェニスの鏡。
パルマの古い香水が漂い
懐かしい匂袋の悲しき香。

もはや沈黙を破る音なく
子守唄の優しき歌もなく
マンデルゾーン、モザー
を聞くは眠き夜の夢の中。

だが倦んで歩き回る詩人
夜の灯を見んと窓を開け
疲労と孤独に両手を広げ

突如改悛に憑かれて想う
厳粛に回る謎の大舞踏会
祖先の舞踏姿を目で見た。

エミール・ネリガン


Photo by Sumlin @flickr

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今日のリルケは "L’ange du meridien Chartres" 「正午の天使−シャルトル」である。難解であったが、辞書を何度も調べた。まだ釈然とはしないが、「読書百篇」私の先入観は固まってくる。先入観はコローの描いたシャルトルの大聖堂である。この大聖堂は両塔の大聖堂であり、しかもその塔は尖塔である。コローの絵から、リルケは彼にとって象徴的な意味を持つらしい「日時計」を感じて書いた詩であると解釈した。この聖堂は "der vollen Sonnenuhr" 「完全な日時計」であり、"in tiefem Gleichgewichte" 「よく均衡して」つまり「両塔が完全にバランスよく立った尖塔」である。この大聖堂は時を告げるだけでなく、"als wären alle Stunden reif und reich" 中世都市の風景を変えて行く。もちろん日時計は夜には役割を終える。それを "Und hältst du mit noch seligerm Gesichte vielleicht die Tafel in die Nacht hinein?" 「汝がこの祝福の表情もて今晩まで時計盤を維持するを願う。」で締めくくっている。時計盤とは中世都市シャルトルのことである。


L’ange du meridien
Chartres

Im Sturm, der um die starke Kathedrale
wie ein Verneiner stürzt der denkt und denkt,
fühlt man sich zärtlicher mit einem Male
von deinem Lächeln zu dir hingelenkt:

lächelnder Engel, fühlende Figur,
mit einem Mund, gemacht aus hundert Munden:
gewahrst du gar nicht, wie dir unsre Stunden,
abgleiten von der vollen Sonnenuhr,

auf der des Tages ganze Zahl zugleich,
gleich wirklich, steht in tiefem Gleichgewichte,
als wären alle Stunden reif und reich.

Was weißt du, Steinerner, von unserm Sein?
Und hältst du mit noch seligerm Gesichte
vielleicht die Tafel in die Nacht hinein?

Rainer Maria Rilke


正午の天使

シャルトル

否定者が熟慮の末屈する如く
堅牢なる大聖堂に吹く嵐の中
汝の微笑みから汝自身に対し
親しい感情が始めて抱かれる。

微笑みの天使、感覚的な石像
百人中百人が一致して呼ぶ名。
汝気付かぬが、我らの時間は
汝の完全なる日時計とずれる。

一日の時刻を数字のみならず
つねに正確で、よく均衡して
時間ごとに進行し豊かにする。

石の如き汝、我らの何を知る?
汝はこの祝福の表情もて今晩
まで時計盤を維持するを願う。

リルケ

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206.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ

[トゥン、1887年6月20日]

 ああ気の毒なハインツ、気の毒なリセレイ、おまけに気の毒なリセル。私は心を痛めております。私がさらに何か送るものがあれば、あなた方と伴にいることを感じていただきたいのだが。今は何か喜んでいただけるものを書いたり、送ったりすべきです。私はハインツのように多くの美しい新曲を送ることもできないし、あなたのようにさらに美しい言葉でお礼状が書けないのです。私にできるのはただペンを若干走らせ、善意の確認を願うのみです。コインの交換が双方に取って有益でありますように。

 この夏にあった良い出来事はフラウ・シューマン(1)との過ごした楽しい数日間です。先ずこの事だけはお知らせしなければいけません。以前にあなたが言われた事に全面的に同意するものです。しかし、下記署名の音楽家について騒ぐほどのことは何もありません。この男は作品目録に登場するようなものは書いてはおりませんし、他の人の目録(2)にも登場しておりません。この変ないい方の推理はあなたにお任せします。

 もしハインツと話す事ができれば、彼の合唱曲について言うべき事が山ほどあります。でもすべてを書くことはできません。たんに「ブラボー」ではすまされないでしょう。ご存じのはずですが、それを見たときの私の喜びと興味は大変なものです。その美と繊細さを私が見逃すことはありません。テキストの難しい歌詞に節を付けていく彼の技量は鑑賞していて楽しいものです。

 だが問題はそこです。その詩(3)に(新曲についても同様ですが)に異議を申し立てねばなりません。その詩は形式と内容において音楽には向いていないのです。

 それが聴いて楽しいかは判定するにはまず聴かなければならないことはもちろんです。

 読むことはまったく別のことで、利点と欠点があります。

 ハインツの崇拝者たちが(ハンブルクのシュペンゲル(4)が一人です)Nachtweihe に熱狂的になっているのを知っています。

 私は音楽がいくら美しくても歌詞が邪魔していると思います。

 たとえば「私は悩んでいた(Ich hatte viel Bek??mmernis)」(5) です。その曲を繰り返してご覧なさい。私はそれが理解できるし、あなたが「慰め(Trostungen )に行くまで興味をもって追いかけることができます。

 一方で ‘Was da lebt’ (5)を先ずフーガ風に扱ったら、当分手がかりはありません。あなたのつぎの句――’was aus engem’ はわかりにくく、文が終わるまでには、ただ音楽を聴いていただけの自分に気付き、私の知識は向上していません。一方で ‘Seel, du’ (6)のように文を意識し、もちろん私は明瞭に話そうと苦労されているのは理解できるのだが、音楽は私を混乱させ、何を聴いたのか憶えていません。

 いいですか、これが先ず論証されなくてはいけないのです。

 ハメルリンクの嘆きは特別私を惹きつけるものではありません。それでも、「アテネの廃墟」(7)の陽気で楽しい変ホ調の行進曲でもひらめけば、私は曲を付けたでしょう。「選ばれし者」はこのような音楽には大気中に舞っているべきです。でも私は同時にハメルリンクという詩人を軽蔑して笑います。他の歌でもそうですが、ここで気が付いた傾向が(しばしば避けるべき)あります。コンマをすべて閉鎖音にしていることです。

 この間私は一時間の散歩に出かけました。まだほとんど空白の便箋を無駄口で埋めるよりたんに挨拶を書くべきと思います。しかし、私はよかれと思っています。私の挨拶は昔と変わることはありません。私はいつも通りの人間です。

いつまでも誠実なJ.Br.より







(1)ブラームスは友人のビュルナーに、長い手紙で主張しているように、心ならずもケルンの第24回音楽家集会に出席する約束をした。彼の作品で演奏されたのは、「ダースラの埋葬歌(Darthulas Grabgesang),作品42」と「勝利の歌(Triumphlied)」、バイオリン・コンチェルト(ブロドゥスキー)、新作のハ短調三重奏曲。この演奏でヘランダー(H??llander)とヘゲシ(Hegyesi)と知り合った。リヒアルト・ポール(Richard Pohl)は、三重奏曲は「彼の室内楽中の白眉とは言い難い」とWochenblatt に書いている。帰途フラウ・シューマンの家に立ち寄り、友情を曇らせていた軽い誤解を解いた。

(2)バイオリンとチェロのための二重協奏曲。

(3) ロベルト・ハメルリンク(Robert Hammerling)の「歌の星(Der Stern des Lieds)」とフリードリッヒ・ヘッベルの「夜の厳粛(Die Wihe der Nacht)」の歌詞。

(4)ユリウス・シュペンゲル(Julius Spengel, 1853―)、作曲家、ハンブルクの「ツェツィーリエン・フェライン(C??cilienverein)の指揮者。1898年に彼はブラームスの性格研究の著書を出版した。さらに、1897年には「ハインリッヒ・フォン・ヘルツォーゲンベルクの声楽作品(Heinrich von Herzogenberg in seinen Vokalwerken)」という論文をリーター・ビーダーマンから発表した。

(5)バッハのカンタータ。

(6)全文は、“Was da lebt, was aus engem Kreise auf ins Weite strebte, sanft und leise sank es in sich selbst zur??ck“ (Hebbel).

(7)“Seele, du wachst noch“ (Hebbel).

(8)ベートーベン。ブラームスはハンメルリンクの頌歌をベートーベンガ付曲したコツェブエ(Kotzebue)の d’occasion と同水準とみなしていた。

(9)“Mag freudenleer hinziehn ein Erkorener“

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