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「今日の詩」はロングフェローの “The Tide Rises, the Tide Falls” 「潮は満ちては退き」である。ロングフェローは悲しげである。朝日は昇り、一日は戻るけれど、旅人は戻らぬ。 旅人はファニー夫人のことであろうか。 The Tide Rises, the Tide Falls The tide rises, the tide falls, The twilight darkens, the curlew calls; Along the sea-sands damp and brown The traveler hastens toward the town, And the tide rises, the tide falls. Darkness settles on roofs and walls, But the sea, the sea in darkness calls; The little waves, with their soft, white hands Efface the footprints in the sands, And the tide rises, the tide falls. The morning breaks; the steeds in their stalls Stamp and neigh, as the hostler calls; The day returns, but nevermore Returns the traveler to the shore. And the tide rises, the tide falls. Henry Wadsworth Longfellow 潮は満ちては退き 潮は満ちては退き 黄昏深くシギが鳴く。 旅人は町に急ぎ 潮は満ちては退く。 屋根にも壁にも闇迫り 闇の海、海が呼ぶ。 優しく白い手の小波が 砂に残した足跡を消し 潮は満ちては退く。 朝が開け、馬丁が呼べば 小屋の馬は嘶き、蹄を鳴らす。 一日は戻るが、旅人が 海辺に戻ることなし。 潮は満ちては退く。 ロングフェロー
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2007年12月09日
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今日のエミール・ネリガンは “Tristesse blanche” 「白い悲しみ」である。いつもの調子であるが、今日は純白も純白、北極へ彼女と行こうという詩である。カナダの人は冬になるとハワイへ行くのが最高の家族サーヴィスだが。 Tristesse blanche Et nos coeurs sont profonds et vides comme un gouffre, Ma chère, allons-nous-en, tu souffres et je souffre. Fuyons vers le castel de nos Idéals blancs, Oui, fuyons la Matière aux yeux ensorcelants. Aux plages de Thulé, vers l'île des Mensonges, Sur la nef des vingt ans fuyons comme des songes. Il est un pays d'or plein de lieds et d'oiseaux, Nous dormirons tous deux aux frais lits des roseaux. Nous nous reposerons des intimes désastres, Dans des rythmes de flûte, à la valse des astres. Fuyons vers le château de nos Idéals blancs, Oh ! fuyons la Matière aux yeux ensorcelants. Veux-tu mourir, dis-moi ? Tu souffres et je souffre, Et nos coeurs sont profonds et vides comme un gouffre. Emile NELLIGAN (1879-1941) 白い悲しみ 僕たちの心には深く虚な淵がある 二人で覗こうよ、君も僕も苦しい。 僕らの白い理想のお城に逃げよう そう、誘惑の瞳の物から逃げよう。 二十年前に造られた帆船に乗って 極北の浜にある幻の島へ逃げよう。 ここはリートと鳥があふれる国で 僕たちだけが鮮やかに輝く葦の中。 僕たちは失敗から休息を取ろうよ 笛のリズムで星のワルツに乗って。 僕らの白い理想のお城に逃げよう ああ!誘惑の瞳の物から逃げよう。 死にたいだって?君も僕も苦しい 僕たちの心には深く虚な淵がある。 エミール・ネリガン
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今日のリルケの詩は "Musik" 「音楽」である。リルケはウィキペディアではロダンを崇拝し、セザンヌに感動したとあるが、前衛音楽家との交流に触れていない。彼の好む音楽とはどんなものか、静かに流れてくるサロン音楽ではないかと思われる。到底作曲家好みの詩人とは思えない。バッハがこの詩に登場するが、脚韻の都合で登場したのかもしれない。今日のリルケは叙情的である。ドイツ語に堪能な方にはすらすら読めそう。それでも私は珍訳しているかもしれないが。 Musik Wüsste ich für wen ich spiele, ach! immer könnt ich rauschen wie der Bach. Ahnte ich, ob tote Kinder gern tönen hören meinen innern Stern; ob die Mädchen, die vergangen sind, lauschend wehn um mich im Abendwind. Ob ich einem, welcher zornig war, leise streife durch das Totenhaar... Denn was wär Musik, wenn sie nicht ging weit hinüber über jedes Ding. Sie, gewiss, die weht, sie weiss es nicht, wo uns die Verwandlung unterbricht. Dass uns Freunde hören, ist wohl gut -, aber sie sind nicht so ausgeruht wie die Andern, die man nicht mehr sieht: tiefer fühlen sie ein Lebens-Lied, weil sie wehen unter dem, was weht, und vergehen, wenn der Ton vergeht. Rainer Maria Rilke 音楽 僕は誰かに演奏して上げれたら! いつもバッハのように弾けたら。 死せる子は僕の内なる星の音が 響けば、喜んで聴きはしないか。 すでに逝ける乙女が夕べの風に 聞き入り、僕を思い、泣かないか。 僕は腹を立てていた死んだ人の 髪を優しくなぜて上げられたら... あらゆる物のはるか上を超えて 去らない物があるとすれば音楽。 確かに音楽は転換で我らが仕事を 中断するのに気付いてはいない。 友人同士会話するのは楽しいが― 音楽は声高に一人しゃべりせず 気付かぬあいだに変化している。 生命の歌曲を奥深く感じており 音楽は鳴るものにしたがい鳴り 音が鳴り止めば曲も静かに去る。 リルケ
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215.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ [ウィーン、1888年2月] 親愛なる友へ あなたに手紙を書かないことで私は大変気が咎めておりますが、どうしても書けません。いつものように、私は希望を持ってあなたのことを考えるのですが、 いったん座って、何か快適な希望にみちたことを書こうとするが、私の考えは悲しみに変わります。私はニュースをお願いしません。あなたが回復を報告できれ ば、お友達にきっと連絡されるでしょうから。私は楽しい言付けを待ち焦がれております。 いろんな所から聞いておられると思いますが、あなたは決してささやかな集まりを「欠席」してはおられません。ここでも同じです。あなたの写真(1)が机の上にあります。双方共通の友人の会話は皆あなた方のことばかりです。とくにエプシュタインがそうです。 少なくとも春と夏の計画は立ちませんか。 私は本気で短いがしばしばお便りを書くつもりです。おそらく簡単なことでしょう。今は、便箋を改めねばなりませんので続けられませんが。私は新たな主題に取り組む気がありませんので、あなたにうるさく質問したりはしません。 あなたが多少でも書けるようなら、私ほど便りを喜ぶのはいないことを忘れないでください。あなたの愛するハインツによろしくお伝えください。そして可能であれば、状況を少しお伝えください。時々思うことですが、ピアノはありますか。彼に歌って聴かせることができますか。ミュンヘンには良いお友達はいますか。―― いつも変わらず、誠実なるあなたのJ.Br.より
(1)ブラームスは彼が死ぬまで彼女の写真を持っていた。 |

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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...


