ヘ短調作品34

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「今日の詩」は昨日送ってきた “The World Is Too Much With Us; Late And Soon ” というより、ワーズワスの無題の詩であろう。一応「世界は手に負えない」である。どうしても最近の新聞記事に影響されている。イギリスから見た世界の自然環境をよく理解しているわけではない。19世紀イギリスの自然を憂うる、桂冠詩人の言をただひたすら直訳した。

絵はワーズワスの肖像である。


The World Is Too Much With Us; Late And Soon

The world is too much with us; late and soon,
Getting and spending, we lay waste our powers:
Little we see in Nature that is ours;
We have given our hearts away, a sordid boon!
This Sea that bares her bosom to the moon;
The winds that will be howling at all hours,
And are up-gathered now like sleeping flowers;
For this, for everything, we are out of tune,
It moves us not.--Great God! I'd rather be
A Pagan suckled in a creed outworn;
So might I, standing on this pleasant lea,
Have glimpses that would make me less forlorn;
Have sight of Proteus rising from the sea;
Or hear old Triton blow his wreathed horn.

William Wordsworth.


世界は手に負えない

世界は手に負えない。遅かれ早かれ
獲得と消費で我らは力尽きる。
我らの自然はほとんど見えない!
我らは月に胸をさらけ出す海に
心を奪われ、薄汚い快楽!
いずれ絶え間なく吹き荒れる風も
眠れる花の如く力を蓄えている。
だから何事も我らの調子が狂う
感動しない―偉大なる神よ、いっそ
古ぼけた信条に育まれた異教徒になりたい。
この楽しかるべき牧場に立って
眺めて少しは気を紛らそう。
海より立ち上るプロテウスを眺め
老いたトリトンのほら貝を聴こうか。

ワーズワス

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今日のエミール・ネリガンは母への愛を語っている。あまり先入観は持たずにできる限り素直に訳したいが、最近ネリガン協会だったかを見てしまった。どうでもいいことだが、彼は学業を放り出し、ボヘミアンの生活を送っていたらしい。この点でもパリの象徴派の先輩達を見習ったようである。母親は心配したのではないだろうか。

絵はメアリー・カサット Mary Stevenson Cassatt (1844 - 1926) の「若い母親」である。


Ma mère

Quelquefois sur ma tête elle met ses mains pures,
Blanches, ainsi que des frissons blancs de guipures.

Elle me baise au front, me parle tendrement,
D'une voix au son d'or mélancoliquement.

Elle a les yeux couleur de ma vague chimère,
O toute poésie, ô toute extase, ô Mère !

A l'autel de ses pieds je l'honore en pleurant,
Je suis toujours petit pour elle, quoique grand.

Emile NELLIGAN (1879-1941)


僕の母

母は僕の頭に触ることがあった
揺れる手は白くて清潔なレース。

僕の額にキスして、悲しそうに
素晴しい声で優しく話しかける。

母の瞳は僕のおぼろげな夢の色
ああ、なんて詩的、なんて素敵!

母の足元で、涙して母を敬う僕
大きくなっても永遠に母の子供。

エミール・ネリガン

死体安置所 -- リルケ

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今日のリルケの詩は "Morgue" 「死体安置所」である。彼の訪問先は美術館や宮殿だけではない。今日は死体がどのように処理されていくかを描写し、ソネットに纏め上げている。ロマン派のバイロンが転がす死体ではない。きわめて冷徹である。詩が扱う「詩的な主題」の範囲は随分広がったものである。

今日の絵は困った。誰も写真にしたがらないし、あるとしても、著作権問題に引っかかりそうである。「死体」と「死」は違う。ゴヤの死体も考えたが、私の好きな絵を飾ろう。絵はリルケの詩とは無関係な「栄光の死」である。エル・グレコEl Greco(1541―1614)の「オルガス伯の埋葬」である。


Morgue

Da liegen sie bereit, als ob es gälte,
nachträglich eine Handlung zu erfinden,
die mit einander und mit dieser Kälte
sie zu verwöhnen weiß und zu verbinden;

denn das ist alles noch wie ohne Schluß.
Was für ein Name hätte in den Taschen
sich finden sollen? An dem Überdruß
um ihren Mund hat man herumgewaschen:

er ging nicht ab; er wurde nur ganz rein.
Die Bärte stehen, noch ein wenig härter,
doch ordentlicher im Geschmack der Wärter,

nur um die Gaffenden nicht anzuwidern.
Die Augen haben hinter ihren Lidern
sich umgewandt und schauen jetzt hinein.

Rainer Maria Rilke


死体安置所

当然のように死体は横にされ
引き続き処置する準備は完了
死体をすべて纏めて冷やして
白い布を被せてから固定する。

キリがない作業のようだった。
財布の中から名前を確定する
ために何を見るか?口の周りの
食い物の汚れは拭き取られた。

何も出ずに、口は清潔になり
髭は少しばかり硬くなったが
口を開いた人が吐かないように

看守の趣味次第で整えられる。
死体の両眼はその瞼の後ろで
反されて、中から覗いている。

リルケ

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223.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ

[ウィーン、1888年4月22日]

 申し訳ないですが、ゴンペルツ夫妻はこの物件を考えてはいません。ですから、待っていないで他の人に当たってみてください。私はいつも小さな家のことを人に話しています。本当です。私はマイニンゲン公夫妻が宮廷の女官たちを慰安するためにこの家を借りてくれたらと希望していました。私のでも他人のものでも、あなたに楽しんでいただける何か良い物があればとは思っています。ですが視線のさまようところはいずれもゴミです。メーデーと夏が快適でありますよう。

誠実なあなたのJ.Br.より

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