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「今日の詩」の選者が送ってきたベロックの “The Lion” 「ライオン」である。あまり挑戦意欲のわかない詩である。ジャーナリスティックなベロックが子供向けの雑誌にでも載せたのだろうか。あるいは詩集を出版したのか。子供と親が一緒に読むといい入門詩であり、それなりに需要があったのかもしれない。身近にイギリス人の友人がいないが、ベロックの詩を読んだか聞きたいものである。 The Lion The Lion, the Lion, he dwells in the Waste, He has a big head and a very small waist; But his shoulders are stark, and his jaws they are grim, And a good little child will not play with him. Hilaire Belloc. ライオン ライオン、ライオンは荒野にすみ 頭が大きくて、腰はすごくほそい。 でも肩はがんじょうで、顎は怖いよ だから、いい子はライオンとはあそばない。 ヒレア・ベロック
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2007年12月23日
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今日のエミール・ネリガンは修道院で厳しい修行に励む修道女の物語である。この13行の詩は英詩を見慣れた者には唖然とするほど脚韻がそろっているように見えるが、発音からいうとそうでもない。フランス語の詩の脚韻は英語より厳しい。 Les Carmélites Parmi le deuil du cloître elles vont solennelles, Et leurs pas font courir un frisson sur les dalles, Cependant que du bruit funèbre des sandales Monte un peu la rumeur chaste qui chante en elles. Au séraphique éclat des austères prunelles Répondent les flambeaux en des gammes modales ; Parmi le froid du cloître elles vont solennelles, Et leurs pas font des chants de velours sur les dalles. Une des leurs retourne aux landes éternelles Trouver enfin l'oubli du monde et des scandales ; Vers sa couche de mort, au fond de leurs dédales, C'est pourquoi, cette nuit, les nonnes fraternelles Dans leur cloître longtemps ont marché solennelles. Emile NELLIGAN (1879-1941) 修道女 修道女は暗闇の回廊にも厳粛に歩み 修道女の歩みは敷石で揺れはしない だがサンダルの物悲しい響がほんの 少しばかり打ち明ける貞節なる物語。 禁欲的な瞳に写るセラフィンの輝に 旋法音楽による華麗なる響が応える 修道女は寒冷な回廊にも厳粛に歩み 修道女の歩みは迷路で揺れはしない。 修道女の一人が永遠の国に召されて 思い出す地上に置き忘れたサンダル。 迷路の奥にある修道院の臨終の床に こんなわけで姉妹の尼僧たちは今夜 長い時間修道院を厳粛に歩んでいる。 エミール・ネリガン
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今日のリルケの詩は “Abschied” 「別れ」である。彼の女性遍歴はよく知らないが、生涯結婚しなかったと思い込んでいた。ミミさんの指摘でウィキペディアを調べたが、彼がロダンの弟子の女性クララ・ベストホッフ Clara Westhoff (1878 - 1954)と結婚して子供を一人できたことを知った。今日の詩の話者はリルケとは限らないが、小市民的家庭生活には収まりきれないリルケとするならならば、彼女もこの詩の「別れ」の相手の候補者も一人である。 詩を限定したくはないが、リルケ夫人とリルケの友人である、初期ドイツ表現主義の女流画家のクララ・ベストホッフ Clara Westhoff (1878 - 1954) の描いた肖像画を「紹介しておく。彼女はリルケの肖像画も描いている。 Abschied Wie hab ich das gefühlt was Abschied heißt. Wie weiß ichs noch: ein dunkles unverwundnes grausames Etwas, das ein Schönverbundnes noch einmal zeigt und hinhält und zerreißt. Wie war ich ohne Wehr, dem zuzuschauen, das, da es mich, mich rufend, gehen ließ. Zurückblieb, so als wärens alle Frauen und dennoch klein und weiß und nichts als dies: Ein Winken, schon nicht mehr auf mich bezogen, ein leise Weiterwinkendes -, schon kaum erklärbar mehr: vielleicht ein Pflaumenbaum, von dem ein Kuckuck hastig abgeflogen. Rainer Maria Rilke 別離 僕は別離という事を感じている。 僕は知っている。暗くて無傷の 恐ろしい何かを、再度の美しき 結合の含意と留保と放棄である。 僕は無防備でただそれを見守り 僕、僕を呼びながら、去らせる。 後に残れば、女はみな小さくて 潔白であり、それ以上ではない。 もう僕に向けられないウィンク さらに優しいウィンク ― ほとんど 意味はない。カッコーが急いで 飛び立つ時に揺れるスモモの樹。 リルケ
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229.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ [ウィーン、1888年10月] 親愛なる奥様へ あなたのお手紙はどれも受け取った人は大喜びし、当然返事を書きたくなる種類のものです。ですが、わたしの音符には「試作品」のレッテルが貼ってありませんでしたかな。ですから、今やっているのです。それに言わせていただきたいのですが、わたしが何をしようと、他人には怒る権利はないはずですし、私はこんな親切なご配慮をいただくに値しません。 それに、いつまでも傷ついた感じを持ち続けるでしょうから、考え始めない方がずっと良いです。 あなたは知るべきですし、信じるべきですが、あなたは――ご主人はよく分かっておられるはずです――口で言われる以上に好かれている数少ない一人なのです。それから、彼もこの数少ない一人です。 ところで、カール・シュピッテラー(1)がこの夏に彼の小包と手紙に返事がないといってこぼしています。それで彼はその後手紙を書いてはいないのです。シューベルトのソナタの論文(2)を送らせましょう。これは決して愚作ではありません。 つぎの小包の受け取りに詳細な返事を出すという意図はおそらく曲の性質から無理だと思われます。手紙がもし長ければ私はどんなにか喜ぶことでしょう。でも小言をいうことは何もないはずです。 私はニースもリビエラのフランス側も知りません。知っているのはイタリア側です。ニースはイタリアではないし、イタリア旅行には含まれてはいません。あまりに華やかすぎて私には無理です。 しかしあなたのそちらの滞在は、これまでの長期滞在のなかで一番楽しく陽気なものになると思います。 夏のすてきな計画を立ててください。可能ならば、美しいオーストリアを選んでください。この場合私はそちらに行きたいと思います。 大変誠実なあなたのJ.Br.より (1)カール・シュピッテラー( Karl Spitteler, 1845-)。スイスの詩人。Felix Tandem のペン・ネームで詩を発表し、1866年以来バーゼルで”Schweizerische Grenzpost”を編集した。ブラームスはウィドマンを通して知り合った。 (2)この論文は Grenzpost に登場し、後にシュピッテラーの著書 Lachend Wahrheiten に収録された。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



