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今日の詩はアメリカのサイトでなければ選者が送ってこなかったヒレイア・べロックの「ビッグ・バブーン」である。これはひょっとすると、コミックのキャラクターかもしれない。なにしろ頼りになるのはお金だけという近代資本主義の20世紀に活躍し、アメリカでも有名なイギリスの多作な文筆家のべロックが関わっている。彼は大真面目な詩を書いた人物であり、すでに私のブログでも紹介した。ドイツにもブッシュという人が漫画のセリフを詩の形式にした人物がいるから、彼が漫画に関わった最初の詩人ではない。だが、人騒がせというのもこの業界で生き残るための資質なのだろうか。この詩のキャラクターThe Big Baboonについてはまったく知らない。これが懐かしいという人はまだご健在なのだろうか?一応訳をしてみるが、The Big Baboon の漫画を見ていただきたい。 The Big Baboon The Big Baboon is found upon The plains of Cariboo: He goes about with nothing on (A shocking thing to do). But if he dressed up respectably And let his whiskers grow, How like this Big Baboon would be To Mister So-and-so! Hilaire Belloc(1870 –1953) ビッグ・バブーン ビッグ・バブーンがいたぞ カリブー平原に。 スッポンポンで (ビックリしちゃうね) ビッグ・バブーンもチャンとした服着て ほお髯でも生やせば ビッグ・バブーンだって なみの紳士になれる! ヒレイア・ベロック 写真には大変失礼だが、ヒヒに登場してもらった。
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2007年12月29日
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今日のリルケは "Der letzte Graf von Brederode entzieht sich türkischer Gefangenschaft" 「最後のブレデローデ伯爵はトルコ軍から脱走した」である。ウィキペディアによれば、ブレデローデ伯爵という人物がいたことは確かである。オランダの有力者であり、スペインからの独立のために戦った人である。その人がトルコと闘ったとは書いてない。トルコとヨーロッパの戦争は何度もあるので特定できなかった。 Der letzte Graf von Brederode entzieht sich türkischer Gefangenschaft Sie folgten furchtbar; ihren bunten Tod von ferne nach ihm werfend, während er verloren floh, nichts weiter als: bedroht. Die Ferne seiner Väter schien nicht mehr für ihn zu gelten; denn um so zu fliehn, genügt ein Tier vor Jägern. Bis der Fluß aufrauschte nah und blitzend. Ein Entschluß hob ihn samt seiner Not und machte ihn wieder zum Knaben fürstlichen Geblütes. Ein Lächeln adeliger Frauen goß noch einmal Süßigkeit in sein verfrühtes vollendetes Gesicht. Er zwang sein Roß, groß wie sein Herz zu gehn, sein blutdurchglühtes: es trug ihn in den Strom wie in sein Schloß. Rainer Maria Rilke 最後のブレデローデ伯爵はトルコ軍から脱走した 恐ろしい追跡。色々な武器が彼に 遠くから投げられ、その間に彼は 独り逃走をした。もう駄目。恐怖。 遠い先祖たちは、もはや助けては くれないようだ。逃げても狩人の 獲物も同然だった。川がきらめき せせらぎが近付いた。彼の陥った 苦境がすべて大決心を高め、彼を 領主の高貴な血統の少年に戻した。 高貴な女性たちの微笑がもう一度 年の割りに成熟した顔に注がれた。 彼はただひたすら馬を疾駆させる 彼の心臓の血が燃えたぎるように。 馬は城に戻るよう彼を川に運んだ。 リルケ
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235.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ [ニース、1888年11月6日] 親愛なる友へ 懐かしいト長調(1)が今到着し、わたしは感動しました。あなたが結局怒ってはいないしるしです。大変感謝します。 ニ短調のソナタは暗譜でき大変喜んでおります。吸収して自己の物にし、陶酔して弾けるのは口では言えない喜びです。アマンダ・レントゲンとわたしは今日最終楽章もおぼえたことを確認し、互いに微笑みを交わしました。しかし、展開部でかなり混乱しました。どうか、シンコペイション(2)を見ていただけませんか。変ロ短調からです。とくに低音部が嬰ハ短調(3)のテーマになる小節です。その後の大きなクレシェンドでは理解できます。そこでは律動の揺れと広がりで助かります。でも嬰ハ短調のパートはフィドゥルに与えられる和声の重要な記号の位置がよくなくて複雑です。全体として見事で効果的な楽章のほんのシミに過ぎません。このあたりの小節には強い拍子の記号がないので、抑え続けるのに大変難儀します。どんな名バイオリニストでも同じだと思います。楽章の残りの響きが良いのにここだけ駄目なのは残念です。これは演奏家だけが理解できる話で、望ましくはないと思いませんか。 もう一つ提案があります。スケルツォの和音はピチカートにすべきです。響きが良くなります(4)。この部分は弓(arco)で演奏すると、この部分は抽象的になります。音符は聞こえるけど音がつながりません。楽章全体が複雑なのに、つながりを追うのが困難になります。わたしの和音にトップ記号を加えまと、非常に明快になります。ここカラバセルNO.27だったら、勝手なことしても構わないでしょう。 {楽譜挿入}(5) これをバイオリンに任せてしまうと暗くてはっきりしません。これをピチカートですれば音は現実味を増し、両方しても傷つきません。どうかピチカートに同意されるか知らせてください。それとも無意味と思われますか。 もう一度この見事な曲に感謝します。その美しさはわたしの前で充分に現れました。構成はますます目を見張るばかりです。このように美妙に凝縮されず、ロマネスク教会のファサードの様な比例関係を保っていなかったら、こんなに早く記憶できないでしょう。….. (6) (1)ブラームスはこの小包を第三番の手紙の前に発送している。 (2)作品108の28ページ。 (3)28ページの第1小節と第9小節。ブラームスはこの極度に難しい楽節を改めなかった。 (4)ブラームスはこの示唆に部分的に従った。反復部(20-21ページ)で、バイオリンの弦にはピッチカートが記され、一方ではバイオリニストは、弦は出来る限り広い音域で、もちろん弓で演奏するようレガート記号で指示される。 (5)17ページ第9小節。 (6)2枚目の便箋は紛失している。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...


