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「今日の詩」はフロストの “The Telephone” 「電話」である。二人が電話でやり取りするところを韻文にした。きわめてアメリカ的な詩である。私が苦手な電話固有の会話を名人フロストが詩にした。お見事ではあるが、さすがに韻はきれいではない。対を探すのにチョッと時間がかかった。傑作というよりは、人気作家フロストの珍品であろう。 女性が電話する電話会社の広告らしき写真がウィキにあったので、これを利用することにした。最初は男同士の話として訳したが、この写真で気が変わり、電話の相手を女性にした。ネイティブなら性別がわかるだろうか? The Telephone 'When I was just as far as I could walk From here to-day, There was an hour All still When leaning with my head against a flower I heard you talk. Don't say I didn't, for I heard you say-- You spoke from that flower on the window sill- Do you remember what it was you said?' 'First tell me what it was you thought you heard.' 'Having found the flower and driven a bee away, I leaned my head And holding by the stalk, I listened and I thought I caught the word-- What was it? Did you call me by my name? Or did you say-- Someone said "Come" -- I heard it as I bowed.' 'I may have thought as much, but not aloud.' "Well, so I came.' Robert Frost 電話 「今日ここから 散歩に出かけようとしていた 一時間前だよ 静かで 花に近寄ったときに 君から電話があったよ。 カン違いだって!たしかに電話があった − 君は窓辺の花から電話していた − 自分の言ったこと忘れたのかい?」 「それより電話したという話の内容を聞かせてよ」 「花を見て蜂を追い払っていたら 君から電話があり 茎をつかんだまま 電話で話を聞いたよ、確かに聞き取った − えーと、僕を呼び出したけな? それとも − 誰かが『おいで』と言うのが聞こえた − 頭を下げたときだった」 「そうだったかもしれないけど、大きな声出さないで」 「そうならいい」 フロスト
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2007年12月03日
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今日のエミール・ネリガンは "La passante" 「通りがかった女性」である。フランス語の響に比べ実に説明的で野暮ったい。今日も枯葉と人生を重ね合わせ、悲しげな貴婦人を登場させる。まさに世紀末パリを背景にしながら、話者は人生のはかなさを語る。いつものように完成度の高い作品である。 この種の詩になると、どうしてもフランスの画家でイギリスの女性を描いた James Tissot になる。この詩と外れるが、疲れた様子が多少とも今日の詩と通ずるものがある。この絵のモデルは画家の愛人であり、結核にかかっていたはずである。結核にかかれば、また絵になるから、美人は得である。 La passante Hier, j'ai vu passer, comme une ombre qu'on plaint, En un grand parc obscur, une femme voilée : Funèbre et singulière, elle s'en est allée, Recélant sa fierté sous son masque opalin. Et rien que d'un regard, par ce soir cristallin, J'eus deviné bientôt sa douleur refoulée ; Puis elle disparut en quelque noire allée Propice au deuil profond dont son coeur était plein. Ma jeunesse est pareille à la pauvre passante : Beaucoup la croiseront ici-bas dans la sente Où la vie à la tombe âprement nous conduit; Tous la verront passer, feuille sèche à la brise Qui tourbillonne, tombe et se fane en la nuit ; Mais nul ne l'aimera, nul ne l'aura comprise. Emile NELLIGAN (1879-1941) 通りがかった女性 昨日僕は気の毒にまるで影のように ベールし暗い公園を行く女性を見た。 ただ一人悲しげに去っていった彼女 誇りを保とうとオパーリン・グラス。 澄んだ夕べにただ一目見ただけだが 彼女は悲しみをこらえているようだ。 そして彼女は暗い通りに消えていく 心中の深い悲しみには相応しかった。 僕の青春も通りがかった女性のよう。 大勢の人が彼女とすれ違うこの小道 人生はひたすら墓場へと我らを導く。 通る彼女を見る人また風の中の枯葉 夜には舞いながら、落ちて、朽ちる。 愛する人も理解する人もなく終わる。 エミール・ネリガン
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今日のリルケは "Die Gazelle Gazella Dorcas" 「ガゼル―ガゼル・ドルカス」である。リルケはガゼルに魅せられたようである。ただリルケはアフリカに行ったことがあるのだろうか。ヨーロッパにずっと滞在していたら、彼の「豹」同様に動物園でお目にかかるかもしれない。美しい姿とその疾駆する姿を想像できるかもしれない。テレビもない時代、動物学者の説明に依存し、想像上の動物である。 それが文学というものであろうが、リルケは美しい角を詩の韻の対に喩えている。その美しさは皆を釘付けにするという主張を巧妙な喩えで締めくくっている。 Die Gazelle Gazella Dorcas Verzauberte: wie kann der Einklang zweier erwählter Worte je den Reim erreichen, der in dir kommt und geht, wie auf ein Zeichen. Aus deiner Stirne steigen Laub und Leier, und alles Deine geht schon im Vergleich durch Liebeslieder, deren Worte, weich wie Rosenblätter, dem, der nicht mehr liest, sich auf die Augen legen, die er schließt: um dich zu sehen: hingetragen, als wäre mit Sprüngen jeder Lauf geladen und schösse nur nicht ab, solang der Hals das Haupt ins Horchen hält: wie wenn beim Baden im Wald die Badende sich unterbricht: den Waldsee im gewendeten Gesicht. Rainer Maria Rilke ガゼラ・ドルカス 魅惑:韻に選ばれたる 二語が到達しうる魅惑 一つ来て一つ去る象徴。 頭に葉と竪琴を延ばし 汝の全てが喩えられる 愛の歌の言葉、バラの 葉の如く、はや言葉なく 眼見れば喩えは終わる。 汝の姿:跳躍し走る度 弾込めて撃たないよう 運ばれるは耳を澄まし 首止める時だけ。森で 水泳する人が止まって 森の湖に振り返るよう。 リルケ
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209.ブラームスからヘルツォーゲンベルクへ [バーデンバーデン(1)から電報、1887年9月25日] ノイヴィッテルスバッハ ハイドロパチック、ノイハウゼン。明日朝着く。――Br. (1)ブラームスはバーデン・バーデンに行き、9月19日にヨアヒムとハウスマンに会っている。バイオリンとチェロのための二重協奏曲のリハーサルをクアハウス(Kurhaus)の管弦楽団で行った。マルセイユのフラウ・ヘンリエッテ・フリッチゥに書いた手紙で述べているように、「きつい練習をする」ためであった。初演は10月18日ケルンで、2回目の公演は11月18日にフランクフルトで、3回目の公演はバーゼルと発表された。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



