ヘ短調作品34

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今回もディキンソンの詩である。選者は彼女の詩をいくつも送ってくるが、これはアメリカで人気があるからである。ディキンソンは、ただ女であるがゆえに、フェミニストの論争ネタにされている女性ではない。彼女はその気になればいくらでもヴィクトリア朝の詩人の真似はできた知性の持ち主である。

それに精神分析の対象としては興味のある人物ではあるが、それは私の関心事ではない。私は彼女の新しさに惹かれる。こんなに革新的な仕事をなしとげた人物に対する羨望の念から関心を持ち始めた。

さらに彼女はフロストの10倍近く付曲された詩人であることも関心を抱いた理由である。ある歌曲のデータベースでは234の歌曲がリストされている。

今回はいつものバラード調の4行詩である。構造も類似的な2詩節から構成されており、一部が対照的な言葉で置き換えられている。それでも彼女の詩の難易度はかわらない。以下は私の試訳である。


A door just opened on a street

A door just opened on a street--
I, lost, was passing by--
An instant's width of warmth disclosed
And wealth, and company.

The door as sudden shut, and I,
I, lost, was passing by,--
Lost doubly, but by contrast most,
Enlightening misery.

Emily Dickinson



街のドアがふいに開いた

街のドアがふいに開いた ―
私は狼狽して通り過ぎた ―
一瞬かいま見た思いやり
豊かさと友人関係。

そのドアが急に閉まり 私は
私は狼狽して通り過ぎた ―
二度狼狽したが 際だったのは
紛れもない貧困だった。

エミリー・ディキンソン



今回エミリーは街を歩いていて、開かれたドアからのぞき見た幸せな家庭の様子にショックを受ける。自分のあまりに孤独であり、精神的に貧しい生活と比較して「狼狽」した。

ところがドアが閉められ、そのドアのみすぼらしさに二重のショックを受ける。彼女の家はみすぼらしくない。父親はアムハーストから州の議員になった人物である。みすぼらしい家の住人さえこんなに幸せな家庭生活を送っていると解釈した。

形式的に類似性の高い二つの詩節の順番が要点である。みすぼらしい家のドアを見て、気の毒に思っていた。ドアが開いたら、家の人達は幸そうなのでビックリしたというのでは面白くない。その順番を逆転させたところが面白かった。

もちろん彼女はそう親切な詩人ではない。最後の行は前の行とつながっていない。形容詞と名詞だけで唐突に締めくくっている。はたしてドアがみすぼらしかったと解釈できるかという反論もあるだろう。「貧困」と訳して良いのか、束の間味わった家庭の団らんから閉め出されて味わったエミリーの「惨め」という解釈もあろう。



*写真はウィキペディアにあった普通のドアの写真である。みすぼらしいドアの写真は百科事典にはないのである。貧困なわが家のドアもアルミ製のドアに代えられて、まあ人並みになってしまった。

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