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「今日の詩」はイェーツの「イースター1916年」である。選者は季節にあわせて詩を送ってこない。データベースからランダムに選んでいるような気がする。今年のイースターはとっくに終わっている。「今日の詩」もランダムな選考かもしれないが、イェーツの「イースター1916年」は、季節とは何も関係もない史実に基づく詩である。アイルランド独立に大きな意味のある事件「イースター蜂起」のことである。 イギリスと歴史的な対立関係にあるアイルランドで1916年に反乱が起きた。反乱はイギリス軍によって粉砕され、首謀者と目される人たちは銃殺された。アイルランドの詩人イェーツは反乱が終わった後に、銃殺された人々を偲びこの詩を書いた。 私は、この事件に関してはよく知らないが、この事件に関する映画を観たことがある。良く理解できなかったので、詳しく記憶していない。今日あわてて色々調べてみた。今日の投稿はほんのメモである。アイルランド人なら誰もがわかるはずの第2詩節。イェーツが彼女とか彼とか言っているのは誰のことなのか難しかった。これを機会に入手可能であれば映画化された事件のビデオを借り、この事件を勉強し、あるに決まっている誤訳を修正することにしよう。 この80行の詩は完全韻とはいえない場合もあるが、形式的には4行詩の集合体であり、それぞれ [a, b, a, b] のくり返しである。 4行ごとに空白を入れて見れば分かる。 Easter, 1916 I have met them at close of day Coming with vivid faces From counter or desk among grey Eighteenth-century houses. I have passed with a nod of the head Or polite meaningless words, Or have lingered awhile and said Polite meaningless words, And thought before I had done Of a mocking tale or a gibe To please a companion Around the fire at the club, Being certain that they and I But lived where motley is worn: All changed, changed utterly: A terrible beauty is born. That woman's days were spent In ignorant good-will, Her nights in argument Until her voice grew shrill. What voice more sweet than hers When, young and beautiful, She rode to harriers? This man had kept a school And rode our winged horse; This other his helper and friend Was coming into his force; He might have won fame in the end, So sensitive his nature seemed, So daring and sweet his thought. This other man I had dreamed A drunken, vainglorious lout. He had done most bitter wrong To some who are near my heart, Yet I number him in the song; He, too, has resigned his part In the casual comedy; He, too, has been changed in his turn, Transformed utterly: A terrible beauty is born. Hearts with one purpose alone Through summer and winter seem Enchanted to a stone To trouble the living stream. The horse that comes from the road. The rider, the birds that range From cloud to tumbling cloud, Minute by minute they change; A shadow of cloud on the stream Changes minute by minute; A horse-hoof slides on the brim, And a horse plashes within it; The long-legged moor-hens dive, And hens to moor-cocks call; Minute by minute they live: The stone's in the midst of all. Too long a sacrifice Can make a stone of the heart. O when may it suffice? That is Heaven's part, our part To murmur name upon name, As a mother names her child When sleep at last has come On limbs that had run wild. What is it but nightfall? No, no, not night but death; Was it needless death after all? For England may keep faith For all that is done and said. We know their dream; enough To know they dreamed and are dead; And what if excess of love Bewildered them till they died? I write it out in a verse - MacDonagh and MacBride And Connolly and Pearse Now and in time to be, Wherever green is worn, Are changed, changed utterly: A terrible beauty is born. Yeats イースター1916年 私が出会った夕暮れ 売り場や事務机から解放され 生き生きとした表情で 18世紀の灰色の建物から みなは出て来た。 通り掛かりに会釈や 丁寧な挨拶を受け 私もしばらく立ちどまり ありきたりの言葉を交わし クラブの暖炉で 友人を笑わせる 冗談を思いついた。 連中と私が住んでいた所は 現在色とりどりになっている。 すっかり変わってしまった。 恐るべき美が誕生した。 あの女の一日は 乱暴な愛で暮れたのだ。 夜になるとは口論し 声は甲高くなった。 ウサギ狩りに出掛けた 若くてきれいだった頃 彼女の声は素敵だった。 この男は学校の教師だった 我らを指導した。 もう一人は彼の助手で友人で 彼の仲間になろうとしていた。 いずれ彼は名声を博していたかもしれない 生まれつき機転がきき 大胆な思考の持ち主だった。 もう一人の男は飲んべえで 自惚屋の無骨者と僕は思って来た。 僕が好きだった人たちに 大変迷惑をかけたが 僕はそれでも詩に書くつもりだ。 この男は思いつきの劇で 自分の役を断った。 それも出番になってから。 全く変わってしまった。 恐るべき美が誕生した。 夏も冬も一つことしか 考えない人は 流れを分ける石に 魅せられるようだ。 路をやってくる馬。 乗る人、雲から雲へと 渡る鳥の列 刻々と変化する。 流れに写る雲の影は 刻々と変化する。 馬の蹄は水際で滑り 水で音を立て 足の長い雌のバンは水に潜り 雌鳥は雄雷鳥を呼ぶ。 刻々と生きている。 石だけが中心にいる。 あまりに長い間 充分すぎるほど忍耐すると 心は石になってしまうのだろうか? これは神の役割、われらの役割は 名前を呼び続けること まるで母親が子供の名前を言い続け そのうちに動いていた手足に 眠りがやってくるようだ。 これは単なる夕暮れだろうか? いや夜ではない、死なのだ。 結局は無意味な死だったろうか? イギリスは行為と主張すべてに 信念を曲げないだろう。 我らは彼らの夢を知っているし 死ぬまで夢を見てきたことも知っている。 死にいたる過激な愛に狼狽していたら 一体どうなったであろう? 私は、このことを詩に書く ― マクドノー、マックブライド コノリー、ピアース 緑の服を着ている所なら 今も、これからも。 変わった、すっかり変わった。 恐るべき美が誕生した。 イェーツ この事件に関して、日本語ウィキペヂアは、まだ不完全であるが参照されたい。 MacBride と MacDonaghは英語ウィキペヂアに登場する。 写真は反乱軍が収容された刑務所Kilmainham Jailである。
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2007年05月11日
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8.ブラームスからヘルツォーゲンベルク夫妻に [ウィーン]、1877年1月 親愛なる友人たちへ 今 たまたま手許に一枚の紙切れがあります。バラ色で天使のように愛想が良くないのが残念です。あいにく、いくら努力しても、便箋も私の顔もフラウ・エリーザベトのように優しくもなければ、美しくもありません。もしそうならば、私は今日書くべく努力したはずです。彼女ほど素敵な言葉に強い願望を 持つ人はいません。 あなたの家に泊めていただき、大変楽しい思いをしました。この記憶はまだ冷めてはおりませんので、これをいつまでもきちんと保存しておきたいと思います。 しかし、これを音楽で表現するのはずっと簡単ですから、この手紙は私の女主人にたいするたんなる儀礼で書かせていただきます。夕食に向かうときに彼女にお貸しする手のようなものあります。結局、この続編を書くのにもっとも美しく音と詩を選ぶことにしました。 ところで、私の行動と手紙の後でも、___はまだ愛想がいいでしようか?私はまったく行儀が悪いから。ためになる苦い経験を少しはよそでもするのが良いのかもしれません。 ウェーナーとヘルテルは大変気の毒です。 … 最初のリハーサルを代わってもらうと助かることをブレスラウ(1)で悟りました。若くて達者なブトゥスがそこでは見事にやってくれました。彼がやってくれた後、そのまま引き継いで成功しました。最終楽章の導入部はライプツィッヒ公演と見違えるようで、私の好み通りでした。 ライネッケに会われたら、ブトゥス(2)を推薦しておいてください。彼は卓越したピアニストであり、ニ短調の協奏曲を書きましたが、ゲバントハウスでも聴く価値はあります。 クレッチュマール博士から私の交響曲の感想を聞いて頂けませんか。彼の住所を知りませんし、彼はライプツィッヒからロストクには行きませんでした。たぶん評価する趣旨の手紙を彼からは頂けるものと思います。 それではお二人によろしくお伝えください。いつまでもお忘れなく。 J.ブラームスより (1) ブラームスはベルンハルト・ショルツ (Bernhart Scholz) のブレスラウ・オーケストラ・コンサートで交響曲を指揮した。 (2) ユリウス・ブトゥス (Julius Buthus,1851−)後にデュッセルドルフの監督病気のショルツに代わりリハーサルの指揮をした。 (3) カール・ライネッケ (Karl Reinecke,1824−)、ピアニストで作曲家、ゲバントハウスの監督 (4) ヘルマン・クレッチュマール博士 (Dr. Hermann Kretzschmar,1848−)、著述家で作曲家、後にベルリン大学の教授。ブラームスの音楽の最も早い時期からの最も雄弁な信奉者である。 訳注* 書簡に[ウィーン]一月となっている。ブラームスは手紙本文に日付と住所を書いていないので、編集者が書き加えている。一月ではあろうが何日かは分からないのである。 |

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