ヘ短調作品34

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地平線のオペラ

興行的に失敗するはずのないオペラばかりをやっていたのでは、アメリカのオペラに未来はない。さすがは世界の音楽の都ニューヨーク。新しいアメリカのオペラを上演すべく、大胆極まりない冒険に乗り出した。その代表例がニューヨーク・シティー・オペラの企画である。もっとも、幕を開けてみたら大失敗というのでは話にならない。

そこで見本市と言うか、評判がよければ本格的に売り出して行こうという資本主義国アメリカらしいやり方である。ショーケースに入れた見本として、抜粋を聞かせる試みである。シティー・オペラのオーケストラと豪華キャストの歌手による試験的興行である。見本市だから入場料はタダである。ニューヨーク・タイムスのクラシック音楽の編集長アンソニー・トマシーニの報告である。かなりはしょっているが大意は次のようである。


「未来のオペラの試演会」が先週の土曜日と日曜日に開かれた。会場はニューヨーク大学のスカーボール舞台芸術センターである。「未来のオペラ」の大胆さを自ら表現しているのは作曲家ゴードン・ヴィハーマン のポスターである。彼はパンク風に刈り上げている。頭を刈り上げ、Tシャツ姿である。左腕には奇抜なタトゥーをしている。彼はおおよそ、クラシック音楽の愛好者のイメージするオペラ作曲家には見えない。

トマシーニ記者によれば、実際ミスター・ヴィハーマン作曲、シャーロット・ジャクソンの脚本によるオペラ「ネズミの国 “The Rat Land”」は複雑であり、現代的というか、大胆極まりない。土曜日に六つの作品が試演されたが、最高に頭脳的なスコアだそうである。

トマシーニ記者の評価であるが、この野心作に比べれば、1927年のシンクレア・ルイス の小説「エルマー・ガントリー」のオペラ化ははるかに常識的である。作曲はロバート・オルドリッチ、脚本はハーシェル・ガーフェインである。この作品は分かりやすい。音楽は運動的で、生き生きとしており、そのイディオムはアメリカ的である。物語の展開には無駄が無い。このオペラは聴衆を楽しませるのに熱心過ぎるように思われる。

「エルマー・ガントリー」は11月にナッシュビル・オペラで初演される予定である。だが、まだ未完成である。20分そこらの抜粋で、聴衆の反応を予測するのは難しいようである。カーク・ダグラス主演の映画で知られた「エルマー・ガントリー」以外の作品については、トマシーニ記者の紹介を聞くことにしよう。

「ネズミの国」は1980年代後半の中西部の郊外に住む家庭崩壊した家族の物語である。問題児が三人いるが、とりわけ若い女の子はペットのネズミを崇拝している。怒りっぽい病身の父親と拒絶的な生活を送る意志の弱い母親。閉所恐怖症的家族の生活が陰鬱なリアリズムで描かれ、激しいコミックが展開する。このスコアには会話が多すぎるようだ。話か叫び声である。ミスター・ヴィハーマンの気まぐれなメロディーと刺激的な無調は、落ち着きがなくて、面白い音楽だった。

作曲セルジヨ・セルヴェティー、脚本エリザベス・エスリスによる「王子に捧げるへレジー “Elegy for a Prince”」は、オスカー・ワイルドのお伽話「幸福な王子」を脚色したものである。ミスター・セルヴェティーのビデオ・インタビューによれば、この物語に「不可欠なのは愛であり、無調音楽では表現できない」。おそらくそうであろう。だが、おだやかなところでは妙に感傷的である。

作曲ブライアン・カレント、脚本アントン・ピヤティゴルスキーの「エアライン・イカルス “Airline Icarus”」はある飛行機に乗りあわせた乗客の間の思考、恐怖、共感に関する室内オペラである。飛行機はイカルスの神話にあるように、太陽に近づきすぎた。空中の乱気流は、迫力があり、渦巻くような耳障りな厳しい音楽により演技者の感情的乱気流につながって行く。

ミスター・カレントは集中的な部分で、音声を楽器のように使っている。オペラ的な合奏というよりは音声との奇妙な混合物のようである。

「最後“The Endings”」がどうなって行くのか、音楽、脚本、ジェニー・O・ジョンソンのビデオで判断するのは難しい。この20分の試演の段階で、ミズ・ジョンソンの言葉を引用すれば、「いつか念入りに作り上げたいオペラの試供品である」どこかしらないが、広大かつ茫漠たる冒険の旅の過程で、恋に落ちる若い二人の物語である。音楽は一様な響き、単調な音、楽器による着色(チベットのお椀のような異国的な音もある)それにレースのような抽象的で、意味もない音声の練習である。

ジョン・ゾーンのモノドラマ「存在の機械 “La Machine de l’??tre”」は全くオペラとは見えない。いずれ現れるであろう、物語と脚本を発見するという挑戦に対する彼の回答は、全く無から出発することだそうである。落ち着きのない、鋭く現代的で、心を捉える独唱とオーケストラのための音楽はアントナン・アルトーの素案に影響されたということである。まだ物語もテキストもない。ソプラノは呻きや、叫び声をちりばめた音節を発する。

キーラ・ダフィーはミスター・ゾーンの作品で勇敢に独唱した。多くの音声奏者は印象的であった。「エルマー・ガントリー」のエルマー役のジェームズ・ボビック、シャロン・ファルコナー役のジェニファー・リベラが、それに「王子のためのエレジー」と「ネズミの国」のスコット・ホグセドが、印象に残った。

ジェラルド・シュタイヘン、ブライアン・ガルマン、スティーブン・ジャルヴィ、マーク・レーベンシュタインは保証できる指揮者であった。シティー・オペラ・オーケストラの演奏家たちは、この新しい難曲の挑戦に見事にこなしていた。このショーケースの予算約40万ドルは主に基金でまかなわれたが、勤勉な演奏者の支払いを超えるものであった。



写真はニューヨークのリンカーン・センターにあるオペラ劇場。はたして今日紹介された試供品がこの会場で演奏される日が来るのであろうか?

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今回の主役は蛇である。エミリー・ディキンソンが実際に草むらの中で見たかどうかは知らない。家の中で見たかもしれないし、本で見てはいるだろう。彼女は女性的ではないが、蛇を捕まえようとするタイプではない。話者は少年にした。今回も彼女の好みのバラッドタイプである。あいかわらず、偶数行は韻を踏んでいるとは言い難いが、最後の音だけは同じになっている。

A narrow fellow in the grass

A narrow fellow in the grass
Occasionally rides;
You may have met him,---did you not,
His notice sudden is.

The grass divides as with a comb
A spotted shaft is seen;
And then it closes at your feet
And opens further on.

He likes a boggy acre,
A floor too cool for corn.
Yet when a child, and barefoot,
I more than once, at morn,

Have passed, I thought, a whip-lash
Unbraiding in the sun,--
When, stooping to secure it,
It wrinkled, and was gone.

Several of nature's people
I know, and they know me;
I feel for them a transport
Of cordiality;

But never met this fellow,
Attended or alone,
Without a tighter breathing,
And zero at the bone.

Emily Dickinson


細いやつが草むらを

細い奴が草むらを
時折うろついている。
出会ったかも ― なければ
奴は予告なしだから。

草が櫛で梳かれるようだと
斑点のある胴体が見え;
君の足元に接近し
さらに梳かれる。

こいつが好むのは沼地
地面が穀物に冷た過ぎる。
僕が子供で裸足の頃
僕は朝方、一度だけじゃなく、

前を通ったが、巻かれた鞭が
日中解かれてかと思ったよ――
かがんで捕まえようとすると
捩らせて行ってしまった。

自然界の生き物を多少は
知っているし、連中も僕を。
連中とは心と心の
やり取りを感じる。

だけど、こいつだけは
仲間とでも一人でも
必ず息が詰まるし
骨まで凍るんだ。

エミリー・ディキンソン


この詩の朗読は見つからなかった。

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15.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ

[ウィーン、1877年11月 23日]

親愛なる友人へ

私の手紙をご覧になられたら、あなたはきっと、私がハウフェかヘルテルのところか、ハウフェ・ホテルに行く途中であなたの所に立ち寄るものと考えるでしょう。でもそれは違います。私は一月の初めにライプツィッヒにまいります。私は幸運を信じていますし、不運な時には星(ベデッカー(訳注)がライプツィヒの各所にちりばめた)が私を導いてくれることでしょう。

私にはお願いしたいことがあり、しかも回答をいただきたいのです。ヘルテル がショパン全集(1)の編集を手伝えとうるさいのです。

あなたのご両親は彼の原稿を持っておられますか。あるいは彼の注記か修正の入った写本(2)でも結構です。

ウィーンでそれを見ることができますか。それともドレスデン(3)ですか、あるいはライプツィッヒですか。

私がしつけの良い人間なら、これから手紙が始まるでしょうし、ずぶとい人間なら悪ふざけの楽譜(4)でも封筒に入れるかもしれません。

しかし、私はどちらでもありません。ご三方様に私の挨拶と私の新作の交響曲(5)の公演に親しくご臨席の栄を賜りたいと存ずるものであります。

J.ブラームスより

ウィーン、IV.カールスグラッセ、4.




(1) ブラームスはこの版の改定に手を貸した。

(2) 彼女の父親はショパンの弟子であった。

(3) エリーザベトの兄エルンスト・フォン・シュトックハウゼン(Ernst von Stockhausen)はドレスデンに住んでいた。

(4)  実際には、フラウ・フォン・ヘルツォーゲンベルクのために写譜した四声の「おお美しき夜」作品92の第1曲(1884年出版)に悪ふざけをしている。“ Der Knabe schleicht zu seiner Liebsten sacht― sacht― sacht“ で スペースを残し、楽譜に書き込んでいる。「お止しなさい。ヨハネス。これは何です。こんなのは民謡のときだけ許されます。また忘れたのね。出かけてもいい ときくのはお百姓さんでしょう。お前さんはお百姓さんではないでしょうに。こんなのに怒ってはだめなのに、またやったのね。繰り返しなさい。」(ここで歌は続く)「おお美しき夜」。これで彼女の「出かけてもいい」に対する批判へのやんわりと抗議したのである。この四声の曲の自筆原稿は高名な外科医テオドール・ビルロート(Theodor Billroth)の所有であり、1878年1月29日の日付が入っている。しかしながら、この曲は1877年の夏に作曲されたのである。二つとも「ノットゥルノ(Notturno )」となっている。

(5)ニ長調作品73 。





* ベデッカー(Baedeker)は旅行案内の本を出版して成功し、同名の会社の創設者である。鉄道網が充実し、旅行が大衆化した時代の要請に応えて成功した。有名な文化人の旅行記ではなく、実用的なガイドブックの先駆けである。ブラームスは「ベデッカー」が星になり道案内してくれるからご心配なくと言っているのである。

* エリーザベトの父シュトックハウゼン男爵はハノーファ王国の大使としてパリに駐在していたとき、ショパンからピアノのレッスンを受けていた。ショパンはエリーザベトの母親であるシュトックハウゼン男爵夫人に彼の唯一のバルカロールを献呈している。それをドレスデンに在住する兄のシュトックハウゼンに贈与したのである。

* 外科医ビルロートは今後もよく登場する人物であり、語学力もあることからブラームスのイタリア旅行にはつきあっている。出版前に彼の批評を仰いでおり、彼との書簡集も楽友協会から出版されている。


ブラームスの交響曲二番はアマゾンの試聴版でよければブルーノ・ワルターをちょっぴり聞くことができる。

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