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「今日の詩」はテニスンの「壮麗なる光が照らす」である。このテニスンの詩は以前エディス・ホールデンの絵日記に載っており一年以上前に訳詩した。今日読んでみると、以前の訳には文法上の誤読があった。結果として日本語訳には大差はないが、懐かしくなったので、もう一度投稿してみることにした。またこの詩の頭韻と内部韻について私の理解するところを述べておく。 The Splender Falls The splendor falls on castle walls And snowy summits old in story; The long light shakes across the lakes, And the wild cataract leaps in glory. Blow, bugle, blow, set the wild echoes flying Blow, bugle; answers, echoes, dying, dying, dying. O hark, O hear! how thin and clear, And thinner, clearer, farther going! O sweet and far from cliff and scar The horns of Elfland faintly blowing! Blow, let us hear the purple glens replying; Blow, bugle; answer, echoes, dying, dying, dying. O love, they die in yon rich sky, They faint on hill or field or river; Our echoes roll from soul to soul, And grow forever and forever. Blow, bugle, blow, set the wild echoes flying, And answer, echoes, answer, dying, dying, dying Alfred, Lord Tennyson 壮麗なる光が照らす 今日も壮麗な光が照らす 城壁と雪を戴く嶺々。 長き光線は湖上を揺れ動き 瀑布は壮大な飛沫を上げる。 鳴らせ、ラッパ。鳴らせ、響を遠くまで飛ばせ 鳴らせ、ラッパ。響は小さくなっていく。 聞け、聞け!淡く純んだ音 さらに淡く純み、はるか彼方に去り行く! ああ甘き音、断崖から遠く離れ 妖精の国の角笛はかすかに鳴る! 鳴らせ、聞け、真紅に染まる谷の響き。 鳴らせ、ラッパ。響は小さくなっていく。 ああ、響きはあの鮮やかな空に消え 山や野や川で力尽きる。 われらの響きは心から心へと流れ、 いつまでも、いつまでも大きくなる。 鳴らせ、ラッパ。鳴らせ、響を遠くまで飛ばせ 響は小さく、小さく、小さくなっていく。 テニスン 文法上のミスに気づいたとはいえ、和訳してみるとほぼ同じである。ちょっと芸がないのでこの詩の形式特徴に触れてみたい。脚韻はそれほどでもないのにこの詩にはきれいな形式感がある。繰り返しが多いこともあるが、頭韻と内部韻に工夫がある。 Alliteration(頭韻) 頭韻とは、同一行に言葉の最初に同じ音素があることである。たとえば Coca Cola はkの音で始まっている。これを頭韻という。テニスンの「今日の詩」で同一行で同じ音素のものを大文字で太字にしてみた。 The splendor falls on castle walls And Snowy Summits old in Story; The Long Light shakes across the Lakes, And the wild cataract leaps in glory. Blow, Bugle, Blow, set the wild echoes flying, Blow, Bugle; answers, echoes, Dying, Dying, Dying. O Hark, O Hear! How thin and clear, And thinner, clearer, farther going! O Sweet and Far From cliff and Scar The horns of Elfland faintly blowing! Blow, let us hear the purple glens replying; Blow, Bugle; answer, echoes, Dying, Dying, Dying. O love, they die in yon rich sky, They faint on hill or field or river; Our echoes roll from Soul to Soul, And grow Forever And Forever. Blow, Bugle, Blow, set the wild echoes flying, And Answer, echoes, Answer, Dying, Dying, Dying. Internal Rhyme(内部韻) 内部韻とは、同一行で頭韻を除いて同じ音素のものがあればそれを内部韻という。たとえは Coca Cola にはo と a の2種類の同一の音素がある。西洋の詩ではこれを尊重している。 The splendor falls on castle walls And snowy summits old in story; The long light shakes across the lakes, And the wild cataract leaps in glory. Blow, bugle, blow, set the wild echooes flying Blow, bugle; answers, echoes, dying, dying, dying. O hark, O hear! how thin and clear, And thinner, clearer, farther going! O sweet and far from cliff and scar The horns of Elfland faintly blowing! Blow, let us hear the purple glens replying; Blow, bugle; answer, echoes, dying, dying, dying. O love, they die in yon rich sky,
They faint on hill or field or river; Our echoes roll from soul to soul, And grow forever and forever. Blow, bugle, blow, set the wild echoes flying, And answer, echoes, answer, dying, dying, dying |
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2007年06月29日
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今日もヘルマン・ヘッセの詩である。若き日のなかなか思うようにならの恋の物語である。妖精と戯れる気まぐれな美女はよく取り上げられる題材である。 MEINE FRÖHLICHE LIEBE Meine fröhliche Liebe hat mich verlassen. Ich suchte sie wieder in allen Gassen, Sie aber lag schon weit von mir In einem hellen Birkenwald Und freute sich ihrer Wohlgestalt Und reckte die Glieder lang und zier. Dort spielt sie nun mit Elf und Nick, Läßt über ihr schneeweiß Genick Die langen Ringelhaare fließen, Pflückt Enzian zum Zeitvertreib Und läßt sich nachts den blanken Leib Mit Mondenschein begießen. Ich aber warte nun in Ruh, Schließ Tür und Laden sorglich zu Und leg mich in die kühlen Kissen. Wenn sie der grünen Tage satt Den Weg zurück gefunden hat, Soll sie erst klopfen müssen. Hermann Hesse (1877-1962) 僕の陽気な恋人 僕の陽気な恋人に逃げられた。 僕はそこら中探し回ったが 彼女は僕から遠く離れた 明るい白樺の森におり 自分の美しい姿に見とれ 長く素敵な肢体を伸ばしていた。 彼女は森で妖精や小人と戯れ 雪のように白いうなじに 長い巻き毛を垂らし 気晴らしにリンドウを摘み 夜にはまばゆい体に 月光を浴びせていた。 僕は落ち着いて待った。 扉と窓ををきちんと閉め 冷たいクッションに身を沈めた。 彼女が帰る途中で もえる緑の日を見たならば 胸は高鳴っているはずだ。 ヘルマン・ヘッセ
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52.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ [ウィーン 、1878年12月15日] あなたは何事も重大に考えすぎです。ヘルツォーゲンベルクがもし領事と後に引けない約束をしていないのであれば、私が言いたいことは、ヨアヒムはぜひともこのコンチェルトを演奏したがっていますから、いずれはうまく行くということです。同じ夜にあの交響曲(1)を演奏するのには反対です。オーケストラが実際疲れるからです。コンチェルト(2)はやってみなければ、難度が判明しないものです。28日までにベルリンに行って、ピアノで彼とリハーサルをするつもりです。コンチェルトがニ長調であることもプログラムの選曲の上で考えなければいけないことです。たしかに私は写真を受け取りました。私は恩知らずの下司です。 J.Brより (1) 書簡50の注。 (2) ヴァイオリンのためのコンチェルト 。 これにヨアヒムが運指記号と運弓記号を付けている。ブラームスは、ヨアヒムのウィーンのコンサートに「彼の指をささげる」ことが最初の衝動であったと述べいる。しかしながら、秋に書き上げ、バイヴァイオリン・コンチェルトをそのまま持っていた。 ブラームスのコンサートでの演奏を嫌う傾向は根深いものであった。彼は次第に一聴衆として自分一人で演奏するのに慣れてきていたのである。それでもブラームスは、「何もしないで立っている」だけで、ヨアヒムがオーストリアで演奏するというのは考えたくもなかった。したがって、バイオリン・コンチェルトを指揮するしかなかった。 ソロのパート付きの総譜を彼に送りつけて親切とはいえない。中間楽章は(もちろん最上であったが)破棄されていており、「弱々しいアダーヂオ」を挿入し始めていた。「ライプツィッヒの人たちにこの喜びをとっておくのが良いのかもしれない」と彼は言った。
「ここではピアノに相談することにしよう。」相談の結果は大変良好であり、新作はライプツィッヒの新年演奏会のプログラムに入れることが可能になった。ブラームスは12月18日にベルリンに行き、そこからヨアヒムと一緒にライプツィッヒにやってきたのである。
訳注ヨアヒムが頭角を現した想い出のライプツィッヒで1879年1月1日に、ヴァイオリン・コンチェルトは世界初演された。ヴァイオリン・ソナタも初演されるかのような計画もあったようだが、どうもライプツィッヒでは初演されなかったようである。 しかしこの書簡集の時期に作曲されたブラームスの曲を紹介したいと思う。今回はイツァーク・パールマンとダニエル・バレンボイムのコンビでヴァイオリン・ソナタ一番の第一楽章の前半である。 |

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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



