|
「今日の詩」は「私はただの女よ。あなたは?」である。謎の女流詩人エミリー・ディキンソンの「広場恐怖症仮説」を強化した、あまりにも有名な詩である。エメリー・ディキンソン全集の第一部人生の NO.27 である。 Are you nobody, too? Then there ’s a pair of us—don’t tell! They ’d banish us, you know. How public, like a frog To tell your name the livelong day To an admiring bog! Emily Dickinson 私はただの女よ。あなたは? 私はただの女よ。あなたは? あなたもただの女なの? じゃー私たちお仲間ね ‐‐ 黙ってましょう! 私たちはノケモノにされるわ。 一人前の女になるなんて、ゾッとする! たちまち知れわたるわ、カエルが 一日中ウットリして人の名前を 沼に向かって喋るようなもの。 エメリー・ディキンソン あいにくオハイオ大学の朗読はなぜか見つからなかった。そのかわり、LibriVox には合計17人のボランティアが朗読の奉仕をしていた。全部聞いたわけではないが、たまたまブリティッシュ・イングリッシュの男性の朗読を見つけた。珍しいので、彼の I ’M nobody! Who are you? を紹介しよう。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
27.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ ライプツィッヒ、1878年1月31日 あなたのエードゥアルト(1)(Eduard )がまたわたしのもとに戻ってきました。私はもうなりふり構わず、彼と絶望的な恋に落ちました。この作品がどんなに豪華かあなたには分かっておられないみたいですね。どうか、7ページ、第二小節の伴奏部のコードを直してください。変へ音ではなく、前と同じようにへ音であるべきです。 あなたのご注文ではありますが、私は新聞の批評を同封しておりません。くだらない内容に嫌悪感をもよおしたからです。そんなのにほんのわずかの時間でも割くのは残念なことです。私はウィーン宛で、楽譜と一緒にその貴重なゴミを詰め込むことにしました。ウィーンなら、ゴミ箱があるでしょうから、そこに放り込めば多少は慰めになるでしょう。エードゥアルトはエンマとの面会に間に合うと思います。どうかその美しさをすべて説明してあげてください。エードゥアルトが答えるところの伴奏部のおもしろい変化について教えてあげてください。「鷹(Geier)」の歌詞のところで、伴奏は控えめで、右手のパートは単純で単調ですが、「赤毛(Rotross)」に来たところでの変化です。ここでサブドミナントが導入され、テノールの変ニ音が(以前は9度でした)全く新しい効果を生みます。それから、変ト音に上昇し、再び下降する右手の精妙な小節。最初と同じメロディーとは信じられないでしょう。 それから、母親の問いかけの所で、ピッチを3度、徐々に上げて変ロ単調の素晴らしいクライマックスになることで、この傑作を記述する言葉のやり取りが同じでありながら、まったく違ったものになっています。そしてなんと自然で、無駄がなく、正しいのでしょう。まるでエードゥアルトと母親の興奮した声が最初からその調子であったように、音楽を離れては最初から存在しなかったかのようです。この詩が長く顧みられなかったのはなんということでしょう。ついにある人が通りかかり、心に深く刻み、とうとうへ短調で再びこの世に生を授けわが子にするまでは。 でもこの曲はわたしたちのものでもあります。楽しむ権利はありますものね。その点についてご異議ありますか。 それではさようなら。いやな女と思われたくはありませんが、ドレスデンにはもうお手紙しましたか。私はヘッベル調(2)であなたに要望するものです。 エリーザベト・H.より (2) フリードリッヒ・ヘッベル(Friedrich Hebbel,1813-1863)、ドイツの悲劇作家。 |

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- 洋楽
全1ページ
[1]

桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



