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パソコンが故障中に、到来した「今日の詩」である。題名は「神がついに恵みたもうたのは」である。スティーヴンソンは奥さんの連れ子と良い関係にあり、いっしょに本を書いたこともある。だが実子がなかったことは確かである。もし話者がスティーヴンソン自身であるとしたら、奥さんは流産したのだろうか。 以前に訳したエビタフ・エローションとも共通点がある。短い人生を考えて、子孫を残したかった願望は想像できる。 God Gave To Me A Child In Part God gave to me a child in part, Yet wholly gave the father's heart: Child of my soul, O whither now, Unborn, unmothered, goest thou? You came, you went, and no man wist; Hapless, my child, no breast you kist; On no dear knees, a privileged babbler, clomb, Nor knew the kindly feel of home. My voice may reach you, O my dear- A father's voice perhaps the child may hear; And, pitying, you may turn your view On that poor father whom you never knew. Alas! alone he sits, who then, Immortal among mortal men, Sat hand in hand with love, and all day through With your dear mother wondered over you.
Robert Louis Stevenson
神がついに恵みたもうたのは神がついに恵みたもうたのは 子供ではなく父親の心であった。 わが心の子よ、生れることなく 去りし汝は今何処にいるのか? 誰も見ぬ間に、お前は訪れ、去った 幸い薄き子よ、胸に口づけもせずに。 構うことなく、膝に登れた子供だが 優しい家庭の団欒も知らずに。 ねぇお前は私の声が聞こえるだろう − 子供は父親の声が聞こえるはずだ。 なんということだ。お前は見たこともない 父親に振り向くなんて。 ああ父親は独り座り この世で唯一不滅の父親は 愛とともに椅子にに身を沈め、一日中 お前の母とお前のことを考えていた。 スティーヴンソン
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「今日の詩」もフロストの「ハンニバル」である。戦に勝利した人は詩に歌われるが、敗者もいつかは歌われる。これは普遍的な事実であり、作者一流の皮肉っぽい格言である。軍人でもないフロストが別にハンニバルに共感を持っていたわけではない。ハンニバルを称賛したナポレオンも、ハンニバル同様敗者となり、やがてナポレオン伝説で称賛されることになった。ハンニバルは、敗者となった英雄の名前に置き換えても良い。 Hannibal Was there even a cause too lost, Ever a cause that was lost too long, Or that showed with the lapse of time to vain For the generous tears of youth and song? Frost ハンニバル まったく成らなかった志が一つでもあろうか 久しく成らなかった志も、時とともに 若者の涙と詩歌の涙を誘わんなかった例が 歴史に一つでもあるだろうか? フロスト 下の絵はナポレオンの宮廷画家ダビットが描いた「アルプスを超えるナポレオン」である。彼の騎馬像の下の石にはアルプスを超えてイタリアに侵入した英雄の名前が刻んである。すなわち、ボナパルト(Bonapart)、カルロス・マグヌス(Carlos Magnus)、ハンニバル(Hannial) である。ボナパルトがハンニバルと同じ運命をたどったのは歴史の皮肉である。 |
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29.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ ライプツィッヒ、1878年2月5日 親愛なるブラームスへ どうかわたしの拙い手紙を笑わないでください。こわくてうっかり手紙を書けなくなります。それはとっても辛いことです。でもその代わりにあなたのアムステルダムからの前便のように得るものがありました。わたしたちは最初のお手紙の返事でユリウス・レントゲンのお話をうかがえるものとばかり思いこんでいました。あなたのお手紙を受けとったときのわたしたちの無念と驚きを想像してみてください。わたしたちはエンゲルマン夫妻から、あなたがオランダで大層もてはやされていることを知りました。オーケストラやコーラスの人々や指導者達が、あなたに桂冠を捧げるのに先を争っているとのこと。オランダ人は決して、普通に思われているほど冷たくはないのが明らかになりましたね。中期ドイツ語に生気が乏しい理由を調べて、何らかの民族学的解答を発見するのも興味深いですね。しかし、わたしはこの古傷に触るつもりはありません。まずあなたに感謝しなくては。あなたは、勝利に次ぐ勝利の興奮の最中、貴重な時間を割いて急ぎのお手紙をこの静かなフンボルト・シュトラーセに送ってくださいました。でもわたしたちがどんなに喜ぶかをご存じだったのでしょう。 天の助けで、Edwardを間違わずに書くことができ、あなたにまた笑われずにすみました。Brahms と書かずに、Brahmst (1)と書いたらよかった。
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わたしはあなたが気配りのきく人だとは思ってはいません。あなたが気配りのきく人でありながら、あなたの箱から次々にデュエットを持ち出していったとしたら、あの夜のことはあまりいい思い出ではありません。でも、あなたはこのデュエットを返してくれと言われました。 昨日、あなたは慈悲深い行いの数々をなさいました。あなたは病める者を立たせ、失意に沈む者を癒し、飢える者に食を、渇ける者に飲み物を授けました。わたしたちは気の毒なホルシュタイン(2)を見舞いに出かけ、あなたもご存じのように模範的な二重奏でニ短調(3)を演奏して上げました。彼はソファに横になり、目を輝かせ、楽譜を抱きしめ、おなじみの音を吸い込んでいました。彼が記憶を新たにしたのはこれが初めてでした。親愛なるブラームス、あなたは数多くのことができます。病める仲間の心を喜ばせ、魔法で、彼の頬を色づかせ、目に輝きを呼び戻したのは一例にすぎません。 あなたには天からの挨拶が。そしてユリウス・レントゲンにはわたしたちの挨拶をお伝えください。可哀想に、彼の両親との別れはなんと酷いことでしょう。 さようなら、さようなら。多くの方を幸せにしてください。そしてあなたも幸せでありますように。 おりにふれ、わたしたちことを思い出してください。
あなたのヘルツォーゲンベルク夫妻より
キルヒナー(4)は変ホ調の変奏曲を彼自身が編曲して演奏してくれました。とても素晴らしいものでした。熱烈な崇拝者にして始めてできることです。 注 (1)ブラームスの名前はホルシュタインの彼の関係者の間では t を付けて書かれており、彼の父はハンブルクではこう呼ばれていた。ブラームスはこの綴りが大嫌いであった。 (2)フランツ・フォン・ホルシュタイン(1826-1878)オペラ作曲家。彼はこの時死の床にあった。 (3)第一交響曲。 (4)テオドール・キルヒナー(Theodor Kirchner, 1823-1903)、作曲家でピアニスト。彼はブラームスの作品をいくつか編曲した。この変奏曲は(作品23)は二重奏であったが、彼はピアノ・ソロに編曲したのである。 訳注 キルヒナーは最終的にシューマンの弟子だった。ライプツィッヒに住み着き、今後も書簡集に登場する名物男である。非常に多作であるが、ピアノ曲はウェッブにはなかった。ただしFrühling und Liebeという歌曲がタダで聴ける。シューマンの教えに忠実な弟子であり、クララの受けもよかったが、欠点は賭博癖だったそうである。 書簡に出てくるブブラームスのシューマンの主題による変奏曲はウェッブにあった。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



