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「今日の詩」はテニスンの「眠りにつく深紅の花弁」である。私がこのサイトの会員になる前に送付されたものらしい。私はこの詩を避けた記憶は無い。季節としては夏であり、快適な夕暮れの時間である。 素人の私には、各詩節が me で終わっていること、Now と Nor の首句反復があること、第一詩節に外韻が目立つ気がする。脚韻には技巧はないように見えるが、例によってテニスンの詩には形式感がある。奇数行と偶数行とに巧妙な対位法が仕掛けられているのだろうか。 Now Sleeps The Crimson Petal Now sleeps the crimson petal, now the white; Nor waves the cypress in the palace walk; Nor winks the gold fin in the porphyry font: The fire-fly wakens: waken thou with me. Now droops the milkwhite peacock like a ghost, And like a ghost she glimmers on to me. Now lies the Earth all Dana?? to the stars, And all thy heart lies open unto me. Now slides the silent meteor on, and leaves A shining furrow, as thy thoughts in me. Now folds the lily all her sweetness up, And slips into the bosom of the lake: So fold thyself, my dearest, thou, and slip Into my bosom and be lost in me. Alfred, Lord Tennyson. 眠りにつく深紅の花弁 眠りにつく深紅の花弁、白い花弁も。 杉の枝も揺れぬ宮殿の散歩道。 金のヒレも動かぬポルフィリの泉。 蛍は目覚める。汝は我と目覚める。 頭を伏せる白孔雀は霊のごとく 霊のごとく微かに見える。 大地はダナエーをだまして星に向かわせ 汝は我に心を開きて横になる。 流星は静かに滑空し、輝きながら 汝の我への想いのごとく跡を残す。 百合は甘き香を包み込み 湖の胸に身を任す。 愛しき汝よ、自らを閉じて 我の胸に身を任せ、我に隠れよ。 テニスン 「今日の詩」は短いのでこれまでの自分の学習をまとめる意味で第一詩節の「外韻」についてまとめてみよう。 Now sleeps the crimson petal, now the white; Nor waves the cypress in the palace walk; Nor winks the gold fin in the porphyry font: The fire-fly wakens: waken thou with me. 繰り返し同じ言葉を使えば「外韻」が成立するが、それだけではなく最初の言葉の音を節約することにより、詩文の連続性を維持する効果はある。勘定しすぎと言われるかもしれないので in, the, thou は除くとしよう。 Now, Nor, sleeps, cypress petal, palace, porphyry white, waves, winks, walk, waken fin, font, fire, fly ポルフィリは斑岩と訳されているが、この種の専門用語は訳しても分からない。「百聞は一見に如かず」であるが、まずは写真でも、という方はウィキペディア・カモンズのポルフィリを参照されたい。 なお黄金の雨に変じたゼウスを待つダナエーの絵はウィキペディア・カモンズに山ほどある。興味のある方はダナエーを参照されたい。詩人は星を待つ大地をゼウスを待つダナエーに喩えたと解釈した。
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2007年07月12日
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今日のドイツ語の詩はフリードリヒ・ヘッペルの「夏の光景」である。聞いたこともあるような気がするが、実質的には私は何も知らない。19世紀の著名な存在であることはWebで確認できた。今後とも、注目すべき詩人であると思った。 Sommerbild Ich sah des Sommers letzte Rose stehn, Sie war, als ob sie bluten könne, rot; Da sprach ich schaudernd im Vorübergehn: So weit im Leben, ist zu nah am Tod! Es regte sich kein Hauch am heißen Tag, Nur leise strich ein weißer Schmetterling; Doch, ob auch kaum die Luft sein Flügelschlag Bewegte, sie empfand es und verging. Friedrich Hebbel 夏の光景 私は夏の最後のバラを見たが 血を流したように赤かった。 通りすがりに不安で語りかけた。 生命力がなく死に瀕していた! 熱い日には呼吸もせず 優しく触れるのは白き蝶のみ。 羽ばたく蝶はほとんど空気を 動かさぬのにバラは感じて果てた。 ヘッペル
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66.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ [ライプツィッヒ]1879年11月28日 親愛なる友へ わたしはあなたの感謝に利子をつけて、それも複利でお返しいたします。あなたのお手紙がわたしたちに無上の喜びを与えてくださるようになってからかなりの 月日が経過しました。わたしたち凡人からすると、あなたのような方は、捧げられた愛と尊敬をたんに貢ぎ物として受け取るべきだとつい考えてしまいます。個々の人の捧げた割合を意識することなく、ただすべてにたいして感謝の意を表するのが普通です。そうであるとすれば、少なくともわたしたちを心に掛けて頂いたことに気付いては大変感激するしだいです。さらにあなたの魅力的な言い回しは言葉では言い尽くせないほど価値あるものです。 同封された手紙はまことに古典的です。これはわたしの署名入りのコレクションにするつもりはありません。あなたの所用物として保存すべきです…わたしはお喋りを続けたいのですが、明日のコンサートで直さなければいけないパートがあり、いろいろとお見舞いに伺わなければならない所もあります。懇意だったクレンゲルは気の毒に61才で死亡しました。彼を尊敬していた6人の子供さんは悲しみにうち沈んでいます。彼らはさまよう羊のようです。今年の冬はいつもよりいやなことが多いみたいです。 ハインツは挨拶とトリオに頂戴した親身の批評に感謝をあなたに送ります。彼は今でも信じていますが、聴いて頂けたら、もう少し寛大な評価を頂けるはずとのことです。わたしたちは実際歌いやすく、練習での出来映えは満足のいくものでした。たしかにトリッキー過ぎる曲があったことは認めています。 フロイライン・ケラーは歌のお礼を言っております。彼女は本当に心にしみるようなアルトの声の持ち主で、完璧に音楽的です。ウィーンで歌える機会があればとわたしは思っております。わたしのことをアルトゥール・ファーベルによろしくお伝えください。彼のお姿を拝見してとても嬉しかったことを奥さんに必ずお伝えするつもりです。ではさようなら。もう一度感謝申し上げます。どうしてわたしたちが不満を抱いているなどと、あなたがお考えなのでしょう。わたしには理解できません。でもかまいません。少なくとももう充分にお話ししました。どうかお見限りなさいませんように。 エリーザベト・ヘルツォーゲンベルク
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



