ヘ短調作品34

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「今日の詩」はスティーヴンソンの「去りたい愛は去るがよい」である。至極もっともな「愛」と「結婚生活」に関する人生訓である。

Let Love Go, If Go She Will

Let love go, if go she will.
Seek not, O fool, her wanton flight to stay.
Of all she gives and takes away
The best remains behind her still.

The best remains behind; in vain
Joy she may give and take again,
Joy she may take and leave us pain,
If yet she leave behind
The constant mind
To meet all fortunes nobly, to endure
All things with a good heart, and still be pure,
Still to be foremost in the foremost cause,
And still be worthy of the love that was.
Love coming is omnipotent indeed,
But not Love going. Let her go. The seed
Springs in the favouring Summer air, and grows,
And waxes strong; and when the Summer goes,
Remains, a perfect tree.

Joy she may give and take again,
Joy she may take and leave us pain.
O Love, and what care we?
For one thing thou hast given, O Love, one thing
Is ours that nothing can remove;
And as the King discrowned is still a King,
The unhappy lover still preserves his love.

Robert Louis Stevenson.


去りたい愛は去るがよい

去りたい愛は去るがよい。
愚かにも愛の気まぐれを止めるな。
愛が与え奪い去る物の中で
最良の物は愛の後に残される。

残った物が最良。空しいのは
愛が再度与え、奪うだろう喜び
愛は喜びを奪い、苦痛を残し
仮に愛が残す物が
変わらぬ心であり
万金に値し、すべてを
善意で耐え、なおかつ純粋であり
不可欠な理由で不可欠であり
従前の愛に匹敵するとしよう。
来たる愛は全能であるが
去る愛は違う。去らせよ。
誰は良き夏の空気に芽生え、育ち
強くなり、夏が去るころには
完全な木になる。

愛は再び喜びを与え、奪うだろう
愛は喜びを奪い苦痛を残すだろう。
ああ愛よ、われら何をなすべきか?
汝が与えた唯一の物、愛こそが唯一
われらの物であり、何ものも奪えない。
退位した王は依然として王であり
不幸な愛人は依然として愛を保つ。

スティーヴンソン


私はスティーヴンソンの伝記を例によりウィキペディアで調べた。多少笑えてくる。ゴシップめいた話で恐縮だが、スティーヴンソンの最愛の妻は離婚した女性である。彼女の夫は「去る者は追わず」というわけで、すんなり離婚に応じてくれた男性である。この詩はスティーヴンソンの信念を述べたものだろうが、スティーヴンソン夫人の前夫の行動規範である。


絵はサージェントが描いたスティーヴンソン夫妻の肖像である。変わった構図である。

夏の夜 -- トーマ

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今日のドイツ語の詩はルードウイッヒ・トーマの「夏の夜」。妖精が踊る生暖かい夏の夜や金髪碧眼の女性との結婚を夢見た思い出に浸っている。最後は「女房」の一言で蒸し暑い夜に引き戻される、というのが私の解釈である。

かなり詳しい彼の伝記はドイツ語のウィキペディアにある。おそらくドイツ語圏、それもローカルな作家のようである。ひょっとしたら、本邦、最初で最後の誤訳となるかもしれない。

Sommernacht

Laue, stille Sommernacht,
Rings ein feierliches Schweigen,
Und am mondbeglänzten See
Tanzen Elfen ihren Reigen.

Unnennbares Sehnen schwillt
Mir das Herz. In jungen Jahren
Hab ich nie der Liebe Lust,
Nie der Liebe Glück erfahren.

Schmeichelnd spielt die linde Luft
Um die Stirne, um die Wangen.
Und es faßt mit Allgewalt
Mich ein selig-süßes Bangen.

Blaue Augen, blondes Haar
Soll ich bald mein eigen nennen?
Und der Ehe Hochgefühl
Soll ich aus Erfahrung kennen.

In der lauen Sommernacht
Wird sie dann im Bette sitzen,
»Männchen«, fragt sie, »sag mir doch,
Mußt du auch so gräßlich schwitzen? «

Ludwig Thoma


夏の夜

生暖かき夏の静かな夜
あたり一面厳粛な静寂
月の光に輝く湖畔にて
輪舞を踊る妖精たち。

私の心は言いようのない
憧れに膨らむ。若き日に
私には恵まれなかった
恋の喜びと恋の機会。

優しき微風が戯れる
私の額と頬。
私を掴む抵抗しがたい
神聖な甘き畏敬の念。

青き瞳、金髪をやがて
私の人と呼べるだろうか?
結婚の喜びの気分を
体験できるだろうか?

生暖かき夏の夜
彼女はベッドに向い、言う
「あなた、一言ぐらいきいてよ
君もひどい汗をかいているかいと!」

トーマ

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68.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ

[ライプツィッヒ]1880年2月4日

 親愛なる友へ

あなたはこの傑作(1)(訳注1)でわたしの心を喜ばせてくださいました。今日のコンサートとポーランド(2)への凱旋公演を前にして、これを思いつかれる時間があるとは夢にも思っておりませんでした。まったく予想もできないことでした。待ち焦がれている宝物を受け取れるのは、よくて今から数週間後と思っており、その日を楽しみにしていました。また、最近夜にト短調(3)を 弾きましたが、考えていた以上に記憶していて感激していたところでした。でもあんな夜はもうごめんです。全能の神も音楽が好きであればもう少し情け深かいはずです。輝かしい全体の断片があなたにつきまとい、あなたはそれらをつなぎ合わせようとしますが、無理です。霧の中から一小節が鮮やかに輝くと、つぎの小節がという調子で、あなたはこのままうまく行くものと感じて、楽句と楽句をつなぎ合わせますが、新たな割れ目が出てきます。とうとう絶望して良い音楽(これがあなたを唯一苦しめるものです)なんかどうにでもなれと思い、眠るために百まで数えはじめます。眠りはそれを見破り、あなたから逃れ、− そしてとうとうあなたが意識を失う幸せな時が来ます。なんとまあ、わたしたちはその瞬間を見られません。

この崇拝する二つの作品を見てわたしは嘆きと苦しみを忘れ、旧友と出会ったような気分です。今まで会えない時間があったことも、やっと手に入れた宝物があっ という間に長年蓄えてきたものと一緒に納まってしまうのも信じられません。いったん知り合い愛し合えばもういつまでもわたしのものです。それにこの二つの 作品はこの上なく美しい。知れば知るほど、ますます美しくなるのは、身をかがめては向きを変え、優雅に退いては進み出る仕草です。わたしはこの二曲、とく にト短調に大変感激しました。それからまた、何度でも好きなだけわたしが見ては聴けるという楽しみもあります。展開部の終止(4)で、この悲壮な部分だけが邪魔をしていると思います。「このクレッセンド」、「このデクレッセンド」そして穏やかに休息し、ルンガ(5)で爽やかな息をつくまでのドミナントのホ調の盛り上がり。わたしはこれをライプツイッヒ子とともに熱狂しそうです。

しかし、ト短調が好きだからといって、甘美なトリオのついたロ短調の粗野な美しさに無感動というわけではありません。トリオのテーマのいち早い提示の仕方(6)はじつに見事です。右手の三連音符と表情豊かな低音部によるこの物語の全体は、言葉での表現が不適切であるもう一つの例です。この作品はまたそれで終わり、もっとも印象的なパートを記憶に残すので、喜ばれると思います。

ええたしかに、あなたのご訪問(7)で 幸せでした。欠点はそれが短すぎたことです。大規模で長い曲を長く待たせたことで抗議しなかったことがあるでしょうか。ト長調ソナタ一曲というのは、一年もかけたにしてはそれほどではありません。ポーランド演奏旅行は長期間になりますし、わたしたちは、悲しそうに不満をもらしては、飽くなき欲望をもってい る自分自身をただ見つめているだけです。この冬に演奏されたあなたの曲(8)を聴く機会をすべて逃したのはわたしの運でした。バイオリン・コンチェルト、運命の歌、六重奏曲と不幸なリナルド(Rinaldo)、これは恥ずかしい公演だったそうで、ハインツがげっそりして帰ってきました。ですから、わたしたちが四月にお会いしたい二重の理由がお判りでしょう。何か良いものをポケットに入れて、ト短調でなくてもいいですから。「ト短調ばかり書けるものではない」

わ たしの咳はまた出始めました。プリースニツで安静にしてなくてはなりません。お医者さんによれば、慢性カタルの傾向があり、わたしの心臓病のために、ほっ ておくわけにはいかないそうです。ですからお医者さんは、わたしたちが姉からの長期のフィレンツェ招待を受けて、春にそちらに行くことを望んでいます。いろんな意味でこの計画は豪華すぎるように思えます。事実、姉の家で、ほんの数週間ほど完全休養できるかもしれませんが、それも本当になるとは思えないので す。わたしがそうしても意味がないような気がします。いずれにしても、ベルヒテスガーデン行きはなくなりません。

それではさようなら。さらに新たなお手紙で二人の忠実な友人をもう一度感謝させてください。この作品を写譜いたします。もし写譜が非の打ち所がなければ、他のものと交換できますか。

あつかましいとお思いになったら、どうぞご遠慮なく叱ってください。― 

あなたの旧友エリーザベト・ヘルツォーゲンベルクより




(1)二つのラプソディー、作品79。

(2)ヨアヒムはブラームスのバイオリン・コンチェルトを2月3日にウィーンで再演し、その後ポーランドとガリチエンへの演奏旅行に出かけた。

(3)ラプソディー第2番ト短調を思い出して過ごした夜。

(4)15ページの第15小節以降。

(5)17ページの第1-7小節。

(6)5ページの第19-23小節。

(7)ブラームスはライン地方の演奏旅行の帰途ライプツィッヒに立ち寄り、フラウ・フォン・ヘルツォーゲンベルクがラプソディーを知ったのはこの時であった。

(8)12月28日のヨアヒムによるブラームスのバイオリン・コンチェルトの演奏、1月4日のビューローによる「8つのピアノ曲」、ライネケ指揮のゲバントハウスの「ハイドン変奏曲」と「運命の歌」、ゲバントハウス室内楽とリーデル協会のト長調六重奏曲、パウロ協会のカンタータ「リナルド」


訳注
1.エリーザベトが惚れ込んでいるト短調のラルソディー作品79の2である。


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