ヘ短調作品34

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「今日の詩」はワーズワスの「ルーシー・グレイ」である。

Lucy Gray

Oft I had heard of Lucy Gray:
And, when I crossed the wild,
I chanced to see at break of day
The solitary child.

No mate, no comrade Lucy knew;
She dwelt on a wide moor,
--The sweetest thing that ever grew
Beside a human door!

You yet may spy the fawn at play,
The hare upon the green;
But the sweet face of Lucy Gray
Will never more be seen.

"To-night will be a stormy night--
You to the town must go;
And take a lantern, Child, to light
Your mother through the snow."

"That, Father! will I gladly do:
'Tis scarcely afternoon--
The minster-clock has just struck two,
And yonder is the moon!"

At this the Father raised his hook,
And snapped a faggot-band;
He plied his work;--and Lucy took
The lantern in her hand.

Not blither is the mountain roe:
With many a wanton stroke
Her feet disperse the powdery snow,
That rises up like smoke.

The storm came on before its time:
She wandered up and down;
And many a hill did Lucy climb:
But never reached the town.

The wretched parents all that night
Went shouting far and wide;
But there was neither sound nor sight
To serve them for a guide.

At day-break on a hill they stood
That overlooked the moor;
And thence they saw the bridge of wood,
A furlong from their door.

They wept--and, turning homeward, cried,
"In heaven we all shall meet;"
--When in the snow the mother spied
The print of Lucy's feet.

Then downwards from the steep hill's edge
They tracked the footmarks small;
And through the broken hawthorn hedge,
And by the long stone-wall;

And then an open field they crossed:
The marks were still the same;
They tracked them on, nor ever lost;
And to the bridge they came.

They followed from the snowy bank
Those footmarks, one by one,
Into the middle of the plank;
And further there were none!

--Yet some maintain that to this day
She is a living child;
That you may see sweet Lucy Gray
Upon the lonesome wild.

O'er rough and smooth she trips along,
And never looks behind;
And sings a solitary song
That whistles in the wind.

William Wordsworth.


ルーシー・グレイ

ルーシー・グレイの話は聞いた。
私が荒野を横切っていったとき
たまたま日の出に
独りぽっちの女の子に出会った。

ルーシーには友達一人いない。
彼女は広い沼の畔地に住んでいた
− 家の近くにあるとは
なんと素晴らしい!

戯れている子羊や
野原の兎は見られても
ルーシー・グレイの可愛い顔は
ニ度と見ることはできない。

「今晩は嵐になるよ −
町まで行ってらっしゃい。
雪の中ランプを持ってね
お母さんに灯りをつけてあげなさい」

「はい牧師さま!ぜひそうします。
午後になったばっかり −
教会の時計は二つ鳴ったばかり
向こうには月が見えますから」

牧師さんは指をあげて
蝋燭の束のひもを切り
娘に蝋燭を渡した − ルーシーは
ランプを手に持った。

山の小鹿も楽ではない。
ふらふらした足取りで
粉雪を煙のように
散らして行く。

吹雪は思ったより早く来て
彼女は登ったり降りたり。
ルーシーは丘をいくつも登ったが
町にはたどり着けなかった。

気の毒な両親は一晩中
至る所叫んで回った。
だが、目印になる物は
陰も形もなかった。

夜が明け、両親は
沼を見下ろす丘に立った。
そして両親はドアから
一ハロン離れた橋を見た。

二人は泣き叫び、家路に向かい
「天国でまた会おう」
− そのとき母親が雪に
見つけたルーシーの足跡。

急な丘の背から下り
二人は小さな足跡を追った。
サンザシの生垣の割れ目を抜け
長い石垣の脇を通り。

それから、二人は広い野原に出た。
足跡は依然として同じ。
二人は足跡を見失わず追い続けた。
そして辿り着いたさっきの橋。

二人は雪深い堤から
足跡を一つずつ追い
橋板の真ん中まで。
そこから足跡はもうなかった。

− でもこう言う人もいる
あの娘は今日まで元気だった。
どこか寂しい所で、またあの可愛い
ルーシー・グレイに会えるさ。

野を超え、山を超え
彼女は進み、振り向かない。
一人歌を歌い
歌は風に消えて行く。

ワーズワス

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今日のドイツ語の詩の作者はブッシュという人物である。詩の形式で漫画を描いた歴史上有名な人だそうだ。知る人ぞ知るマックスとモーリッツと言うキャラクターを作った人である。題名は「夏の風呂屋」である。Sommerbäder直訳すると夏の風呂屋である。昔は理髪師と外科医をかねていたそうである。「歯医者が医者ならトンボも鳥」だった時代の名残だろう。

たしかにドイツの温泉場にはドクターと称する処方箋を書いてくれる人物がオフィスを並べている。体験したわけではないし、聞いたわけでもないが、何度の泥に何分つかり、肩や腰に湯を何分噴射してもらえとかいう処方箋を書くものと思われる。現在では国家試験をパスし「温泉療養医師」とかいう肩書きを持っているのだろう。


Im Sommerbäder

In Sommerbäder
Reist jetzt ein jeder
Und lebt famos.
Der arme Dokter,
Zu Hause hockt er
Patientenlos.

Von Winterszenen,
Von schrecklich schönen,
Träumt sein Gemüt,
Wenn, Dank ihr Götter,
Bei Hundewetter
Sein Weizen blüht.

Busch


夏の風呂屋

夏の風呂屋に
みな出かけ
快適に過ごす
患者がいなくて
哀れな医者
家に引きこもる。

医者が夢見る
素晴らしい
冬の光景
ありがたや
悪天候で
商売繁盛。

ブッシュ


絵はブッシュの肖像画である。

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75.ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ

ライプツィッヒ、1880年11月25日

 ここに同封いたしましたのは、「聖なる民謡集(Sacred Volkslieder)」(1)でありまして、なにとぞお納めくださるようお願い申し上げます。出来が悪いかトリッキーな作品は自宅の机の中にしまいこみ、まったく無害なものでその分を補っております。この曲集が易しい合唱曲の範疇には入らないかもしれませんが、すべて演奏可能であることは実証ずみであります。装飾自体は無害でありますが、過度の装飾はゆゆしきものであり、報復を受けるものであります。

 たとえ比較的ではありましても、一言でもお認めの言葉を頂ければ、私には一大事件であります。善意の否定でも駄作の宣告でありましても、私は親切として感謝しますし、これまでもそうでありました。これにはあなたの強い関心を前提としますが、関心は必然的に自然なものでなければならず、請求されて抱く関心ではあってはなりません。私があなたのときどきの所見を丹念に検討していることをご存じになれば、あなたのけっして激励的ではない態度にもめげず、私があなたのもとを訪れる理由がご理解いただけるかと存じます。

 あなたは大家であられます。あなたの存在が与える愛着に応えることも、理解することも困難かと存じます。長年の習慣であなたはご自身を知り尽くしてみえます。あなたと同じ高さの足場に立つ人たちはいまや全て死去しております。

 あなたがシューマンと知り合われたのは17才(2)の時であったと信じます。わたしはあなたとの関係ではせいぜい18才以上だと思ったことはありません。ですから、青二才からの恋文みたいなものに我慢なさいますようお願い申し上げます。とくに長い断食と今年の夏の失望で、私たちは飢えております。今年の冬には何とか当地でお会いする喜びを賜りたいものです。あなたは、ブラームスのレクイエム(3)のためにベルリンに行く価値があると思われませんでしょうか。そうであれば、私たちはあなたにお会いできます。

 フィリュやオイゲニーの二人の女の子は、新作のトリオの二楽章と二つの序曲を聴くという、私たちには与えられなかった特権を享受したそうであります。これを思うにつけ、私は辛く感じる次第です(4)。私たちにもぜひ保証していただきますようお願いする次第であります。妻からよろしくとのことです。

誠実なるあなたのヘルツォーゲンベルクより







(1)作品28。

(2)ブラームスが1853年にシューマン宅を訪問したのは20歳のときであった。

(3)12月4日のヨアヒム指揮のベルリン音楽院での公演。

(4)ブラームスがイシュルからベルヒテスガーデンに行けたのは9月13日であり、ヘルツォーゲンベルク夫妻が去った後であった。フラウ・シューマンは数年来夏の家であったベルヒテスガーデンのヴェルデレクに滞在していた。ブラームスは彼女と家族のために「大学祝典序曲」、「悲劇的序曲」、それにハ長調三重奏曲、作品87の2楽章を弾いた。二人の「女の子」はもちろんマリー・フィリュンガーとオイゲニー・シューマンである。

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