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「今日の詩」はイェーツの「ビザンテュムへの船出」である。選者は以前にビザンテュムという詩を送ってきている。ビザンテュムはトルコに攻め滅ぼされるまで、東ローマ帝国の首都であった。 イェーツは高齢になり、限りある生命から永遠の生命に関心が移り、名称をイスタンブールに変えたビザンテュムに旅をした。詩「ビザンテュム」では、今は回教徒の都市でキリスト教徒の亡霊が歩き回り、ギリシャの金匠が創作に専念する魔法のビザンテュムを描いた。その(誤)訳で苦労したので、前口上であるこの詩訳は多少ともましであると思いたい。 Sailing To Byzantium I That is no country for old men. The young In one another's arms, birds in the trees --Those dying generations--at their song, The salmon-falls, the mackerel-crowded seas, Fish, flesh, or fowl commend all summer long Whatever is begotten, born, and dies. Caught in that sensual music all neglect Monuments of unaging intellect. II An aged man is but a paltry thing, A tattered coat upon a stick, unless Soul clap its hands and sing, and louder sing For every tatter in its mortal dress, Nor is there singing school but studying Monuments of its own magnificence; And therefore I have sailed the seas and come To the holy city of Byzantium. III O sages standing in God's holy fire As in the gold mosaic of a wall, Come from the holy fire, perne in a gyre, And be the singing-masters of my soul. Consume my heart away; sick with desire And fastened to a dying animal It knows not what it is; and gather me Into the artifice of eternity. IV Once out of nature I shall never take My bodily form from any natural thing, But such a form as Grecian goldsmiths make Of hammered gold and gold enamelling To keep a drowsy Emperor awake; Or set upon a golden bough to sing To lords and ladies of Byzantium Of what is past, or passing, or to come. William Butler Yeats ビザンテュムへの船出 I 老人の住むところではない。若い人は 腕を組んで、木の鳥は ― この儚い生命 ― は歌い 鮭が上る滝、鯖の群がる海 一夏中、魚、獣、鳥を 産卵と誕生と死を賞賛する。 官能の響きに心奪われ 不滅の知性の記念碑に目もくれぬ。 II 老人は情けない存在 ボロを纏った棒切れ ボロの切れ端に 拍手し、歌い、声を上げねば さらに歌の学校もなく 己の偉大さを学ぶしかない。 だから私は船出し、到着した 聖なる都ビザンテュムに。 III 黄金のモザイクの壁面 神の聖なる炎に立つ賢者 回る糸車、聖なる炎から来たり わが魂の歌の師たれ。 焼き尽くせ、欲望に病み 限りある命に拘わるわが心を。 IV 生を受けて、わが肉体が得ざる かくも自然なる形態 ギリシャの金匠の創作 鍛金し、塗金し 眠れる皇帝を覚ました。 黄金の枝に置き ビザンテュムの貴紳に 過去と現在と未来を告げた。 イェーツ
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2007年09月11日
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ドイツ語の詩はブレヒトの「スモモの木」である。ブレヒトの劇を見る機会はいくらでもあったのに見逃してきたが、ドイツ社会主義の崩壊後でも見る機会はある人だとは思う。今日は私が知らない「スモモの木」である。努力しようにもその機会を与えられない不遇の人に喩えたのだろうか?この詩は音楽的な韻文であるので The Lied and Art Song Texts Page で調べてみたら、はたして付曲されていたが、著作権問題がはっきりしないので慎重に詩は掲載されていない。 Der Pflaumenbaum Im Hofe steht ein Pflaumenbaum, Der ist so klein, man glaubt es kaum. Er hat ein Gitter drum, So tritt ihn keiner um. Der Kleine kann nicht größer wer'n, Ja - größer wer'n, das möcht' er gern! 's ist keine Red davon: Er hat zu wenig Sonn'. Dem Pflaumenbaum, man glaubt ihm kaum, Weil er nie eine Pflaume hat. Doch er ist ein Pflaumenbaum: Man kennt es an dem Blatt Brecht スモモの木 スモモの木が庭に小さく一本 スモモの木と思う人はまずない。 柵で囲われ 誰も近づけない。 この木は小さなままだが もちろん大きくなりたい! それは当然のこと。 まるで陽に恵まれない。 スモモの実が生らないので スモモの木とはめったに思われない。 スモモの木であることはたしか。 葉を見れば分かる。 ブレヒト Photo by iamearthtone @flickr
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127.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ [ウィーン、1883年12月21日] 親愛なる友へ 約束を守るということは約束をしたということです。できる限りこれを守りましょう。しかし、今日のところは興味深い品の数々がつまった小包に感謝するにとどめたいと思います。 しかしこれをピアノの前に持っていくと、私は直ちにあなたのすてきな部屋に移送され、あなたの甘く美しい声をはっきりと聞くことができます。しかし、真正 のドイツ人である私がぶつぶつ言い始めると、いきなり不安にかられます。私は考えます。「黙っていた方がいい。それはお前にもいえることだ。おまけに、お前の音楽には独り者の響きがある」これ以上自分をさらけ出すことなく、ハインツに洩らせる不満もあります。デュエットの最初の二曲と最後の二曲をすれば、あなたの書斎が一番くつろげます。たしかあなたのお気に入りの曲(1)でしたね。 彼の音楽、彼の書き方で、いつも彼の魅力的なリズムを思い出します。さて、思い出したところで、とくにお願いしたいのですが、彼の今年のクリスマス独唱部を読んでみたいと思いますので、取っておいてくれませんか。 私は突然歌曲をあなたに送ることにしました。ジムロック(2)に転送をお願いしようかどうか決めかねています。 率直なご意見をたぶん頂けるでしょうか。私はまた、ムファット(3)の美しい作品を送ります。ご存じないかもしれません。私はオリジナル版を持っていますので、写す必要はありません。 ほかにも、ジムロックに依頼して私の格別のお気に入り(4)を送らせます。ここでは最初の装い(すなわち、言葉)では手に入りませんし、お宅でも見たことがありません。もしあなたが、私の感激に同調できないならば、私は喜んで二月に脇に抱えて持って帰ります。――では失礼します。 あなたのJ.ブラームスより (1) ソプラノとテノールのためのデュエット、ピアノ伴奏付き、作品38。第1曲 Die Waise 、第2曲 Begegnung 、第8曲 ??olsharfen 、第9曲 Im Abendrot である。ヘルツォーゲンベルクはコンスタンス湖畔のハイデ(Heide)に夫人のために建てた家を最後の曲にちなんで名付けた。彼女は完成前に死去した。 (2) 出版のために。「四人の混声合唱のための6つの歌とロマンス、ア・カペラ」作品93a。 (3) ゲオルク・ムファット(Georg Muffat, 1645−1704)、生存中オルガン作曲家として知られた。ト調のパッサカリアは彼の Apparatus Musicoorganisticus に収録。ブラームスはこの曲を賞賛し、自分のために写譜している。 (4) ビゼーのカルメン(Carmen)。 ブラームスは当初悲劇と軽い喜劇が混在しているので非常に嫌がった。だが、このフランスの作曲家の豊富なメロディーと主題の幅広い処理がブラームスの美的 良心に打ち勝ち、この感受性豊かな作曲家にたいして不当であるという意識から、反対の極に走った。彼の愛好曲のボアイエルデュー(Francois-Adrian Boieldieu)のLa Dame blanche に取って代わり、彼のカルメンにたいする愛着は揺るがなかった。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



