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「今日の詩」はエミリー・ディキンソンの童謡を想わせる可愛らしい詩である。彼女も女の子らしく育てられたのであろう。この詩の制作に童謡が影響したとしても、私はマザー・グースを読んだこともないので見当もつかない。 内容は太陽光線の一日である。太陽光線は大地を色彩豊かに染めていくが、このことを勤勉な主婦の掃除作業に喩えている。彼女は色とりどりの箒を使い、糸くずを残して去っていく。 She Sweeps With Many-Colored Brooms She sweeps with many-colored brooms, And leaves the shreds behind; Oh, housewife in the evening west, Come back, and dust the pond! You dropped a purple ravelling in, You dropped an amber thread; And now you've littered all the East With duds of emerald! And still she plies her spotted brooms, And still the aprons fly, Till brooms fade softly into stars -- And then I come away. Emily Dickinson. 色とりどりの箒でお掃除して 色とりどりの箒でお掃除して 塵は残したまま。 夜には西部で主婦 戻って池をお掃除して! 真っ赤な糸くずを落としたまま 琥珀色の糸を落としたまま 東部はまるで散らしっぱなし エメラルド色の糸屑! それでもせっせと箒を使い 雲のエプロンは翻り とうとう箒もちびて星屑 ― 私も部屋に戻ろう。 エミリー・ディキンソン
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2007年09月13日
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今日のドイツ語の詩もブレヒトのコンパクトな散文詩である。自動車がトラブルを起こしても当たり前の時代の話。ブレヒトよりずっと若いが、国産車愛用時代に同様のトラブルの記憶がある。だが自動車という文明の利器を肯定的あるいは否定的な主題にしたわけではない。とどまるのもさることながら、今後の人生あるいは社会の進路が気がかりなブレヒトではないだろうか。 Der Radwechsel Ich sitze am Straßenrand. Der Fahrer wechselt das Rad. Ich bin nicht gern, wo ich herkomme. Ich bin nicht gern, wo ich hinfahre. Warum sehe ich den Radwechsel Mit Ungeduld? Brecht 車輪交換 私は街の道端に腰を下ろし 運転手は車輪を代えていた。 この場所も気に入らないが 行く先も気に入らない。 それで車輪交換で イライラしている。 ブレヒト
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129.ブラームスからヘルツォーゲンベルクへ [ウィーン、1884年1月11日] 親愛なる友へ 私の知る限り、あなたはこの本(1)を持っていないし、ご存じないはずです。あなたはこれにかなり興味がわくと思いますし、分厚いベームの本(2)を早く忘れることができると思います。ライプツィッヒであなたと読解してしまいたいものです。 一週間もすれば、かのあまりに、あまりに有名なへ長調の二台のピアノ編曲版を送ります。この曲が獲得した名声のせいで、今は契約を全部破棄したい気持ちです。 きわめて誠実なあなたのJ.Br.より (1) 旧いドイツ民謡集。 (2) ベームの Altedeutsches Liederbuch (書簡62注記、Kalbeck; Brahms i, 390)。 (3) この交響曲(第三番、へ調)の最初のウィーン初演は作曲者の真の勝利であったが、その後の日刊紙や雑誌はこの交響曲が以前の交響曲の影を薄くするのみならず、ブラームスの作品の最高傑作であると述べ立てた。ブラームスはこの大げさで不当な評価、特に到達できそうもない期待が高まるのに大いに困惑した。彼はこの交響曲を作曲したヴィース バーデンで1884年1月18日に指揮した。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



