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「今日の詩」で以前紹介したキーツの「女と酒と嗅ぎタバコ」について修正見解を述べておきたい。ヨーロッパで紹介されたペルシャの詩人オマール・カイヤムの詩は西欧人の都合で「酒と女と歌」と翻訳された。ところがキーツはこれを「女、酒、嗅ぎタバコ」という詩にした。 この詩を意識してキーツが作ったのだろうが、女と酒の順番逆であり、最後が嗅ぎタバコになっている。この理由は彼の好きな順番と考えたが、どうも韻律の関係ではないかと考えるようになった。以下はアクセントのある部分を太字にして表したものである。英語では難しいとされる強弱格(Trochee)の詩というパズルに挑戦してホボ成功した例ではないか、と思うようになった。少なくとも一行と三行と四行は完全に強弱格であることは辞書以外に何の資料も持ち合わせぬ私でも判断できる。 命令形で始まる詩、例えばブラウニング夫人の「愛してね」なども強弱格を狙った作品であろう。 Give Me Women, Wine, And Snuff Give me women, wine, and snuff Untill I cry out "hold, enough!" You may do so sans objection Till the day of resurrection: For, bless my beard, they aye shall be My beloved Trinity. John Keats 女と酒と嗅ぎタバコ 女と酒と嗅ぎタバコをくれるね 僕が「もう結構!」と叫ぶまで。 君は快く未来永劫 聞いてくれるね。 だってさ、この三位一体 僕の大好物なんだから。 キーツ
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2007年09月27日
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今日のドイツ語の詩はヘッセの「祈り」である。「神」に艱難辛苦を与えてくれと頼むこと自体、私にはよく分からない。切羽詰まったら、今日の詩を読むと気が休まるかもしれない。神への不信感、呪の裏返しである。 ドイツの後進性と無関係ではないドイツ固有の教養文学の系譜にある詩であろうか。それはともかくドイツ語の詩の教材としては適切な韻文である。私のヘッセへの愛着は学生時代への郷愁に在るのかもしれない。 Gebet Laß mich verzweifeln, Gott, an mir, Doch nicht an dir! Laß mich des Irrens ganzen Jammer schmecken, Laß alles Leides Flammen an mir lecken, Laß mich erleiden alle Schmach, Hilf nicht mich erhalten, Hilf nicht mich entfalten! Doch wenn mir alles Ich zerbrach, Dann zeige mir, Daß du es warst, Daß du die Flammen und das Leid gebarst, Denn gern will ich verderben, Will gerne sterben, Doch sterben kann ich nur in dir. Hesse 祈り 神よ、汝にあらずして己に絶望する 我を許し給え! あらゆる過ちの悲痛を我に味あわせ あらゆる苦しみの炎を我に注ぎ あらゆる恥辱を我に受けさせ 我が安全を助け給わず 我が成長を助け給うな! 我が打ち砕かれたらば 我に示し給え 汝こそが 炎と苦悩の創造主たることを されば我は歓喜して滅び 我は歓喜して死ぬべし されど我は汝の御許にて死なんと欲す。 ヘッセ 今日の絵はドイツ・ルネッサンスの巨匠アルブレヒト・デューラーの有名な「習作」。まずい訳の口直しになれば。
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143.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ [ライプツィヒ、1884年10月26日] あなたの心優しい配慮のすべてに一度に感謝しなければなりません。あなたの手紙は、返事の早さと気高い哀れみの心と待望の自筆原稿により、二倍の価値あるものになりましたが、届いたのはベルリンでした。そこでは自由な時間がありませんでした。あなたと同じで、手紙を書きたいときには葉書はいやなものです。でも、あなたの25ポンドほど嬉しかったことは滅多にありません。本当にあなたは「神が愛し給うた」、「惜しみない」寄贈者です。ああ、上流社会、最上流社会一般の態度があなたのように救済に私財を投げうつようであればいいのですが。わたしたちは一体どのくらい集められるのでしょうか。 ハインツはmf の記事を最大関心事にし、可能であれば、筆者の仮面を剥ぐことを約束しています。彼はフリッチュと二回会いそこねています。彼はいつも 彼の「テクラ(Thekla)」(1) と一緒です。これはアディオフォン(2)にわたしが付けた名前です。これは感傷的な女の間だけではなく、大当たりです。 アルトの歌曲(3)についてはビオラと全曲演奏するまでは何も申し上げません。現在のところ、二つの声が気になっていますが、妙なるカデンス、とくに美しいト短調とホ長調のハーモニーがある 「いつ、いつ眠りにつくの?(Wann schlaft Ihr, wann schlaft ein? )」とビオラが音声に追いつくところが好きです。でも、「風のささやき(Lispeln der Winde )」は器用な歌手でも難しいものです。 なぜあなたは残酷にも、哀れな女をオーボエやバイオリンにしてしまうのですか。もう一人の情け容赦ない人物(4)と同じBで始まっているからではないですか。そのすぐ後の「ささやきで世界を眠りに誘う(Sie lispeln die Welt in Schlummer)」はわたしたちの喉からたやすく出てきます。 わたしはそれをすべて見て、試し、浮かれては子供のように(たしかにあなたの贈り物が――はい贈り物――がいつもわたしを子供にします)ご機嫌です。それは「ヨーゼフ、大好きなヨーゼフ(Joseph, lieber Joseph mein)」(5)がついているからでしょうか。 ハインツからよろしくとのことです。第四交響曲(6)は本当か知りたがっています。ユリウス・レントゲンは本当だといっていますが、ハインツは、あなたはこの種のことはわたしたちには黙ってはいないだろうと言います。あなた(6)のような気前の良い方にしては不親切というものです。わたしたちの場合には、食欲をわざとそそらせていただく必要はありませんのに。 お手紙をいずれいただけると思いますが、その時にはアルチュール・ファーベルの様子についてお願いします。ご家族によろしくお伝えください。エプシュタインにもどうぞよろしく。古くからの――そして一層新しい――感謝を忘れぬ友情で。 忠実なあなたのヘルツォーゲンベルク夫妻より (1) シラーの詩。シューベルト作曲。 (2) フリッチゥとフィッシャーが発明した楽器。弦の代わりに音叉がついたピアノ。 (3) 作品91第1曲。 (4)ベートーベン。 (5) ビオラ助奏による二つの歌曲、作品91、1884年出版。 (6) 第四交響曲の作曲は1884年の夏にミュルツシュラーグで開始された。 (7) ブラームスは計画や進行中の作曲について言った例はまったく知られていない。このことでひどい憶測や結論を一方で生むことが避けられなかった。レントゲンは偶然知ったのであろう。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



