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「今日の詩」の選者は久しぶりにブラウニング夫人の詩を送ってきた。題名は “Comfort” 「慰め」と訳した。彼女は念願かなってブラウニングとイタリアに逃避行し、43歳で一児を高齢出産した。19世紀のことである。生来虚弱であった彼女には死と隣り合わせの出産と育児であった。そんな彼女の神への祈りを想像しながら、優しい神と育児する母親を重ね合わせた詩と勝手に解釈した。知性派の彼女の詩はきわめて技巧的でもあり、ときとして日本語にするのが難しい。私の苦手の詩人である。 Comfort Speak low to me, my Saviour, low and sweet From out the hallelujahs, sweet and low Lest I should fear and fall, and miss Thee so Who art not missed by any that entreat. Speak to mo as to Mary at thy feet! And if no precious gums my hands bestow, Let my tears drop like amber while I go In reach of thy divinest voice complete In humanest affection - thus, in sooth, To lose the sense of losing. As a child, Whose song-bird seeks the wood for evermore Is sung to in its stead by mother's mouth Till, sinking on her breast, love-reconciled, He sleeps the faster that he wept before. Elizabeth Barrett Browning 慰め 救い主!小声で優しく語り給え 賛美の声が響く中、優しく小声で でないと私は畏敬で倒れてしまい 願いを立てる人々で汝を見失います。 汝の足元のマリアに語るように短く。 わが手には貴重なる樹脂無けれど 汝の神聖なる声がいとも情け深く 届く所にわれが行きたるときは わが涙が琥珀の如く流れるも許し給え。 そうして、汝の声を逃すも 聞き逃したとは思わせませぬよう。 永遠に森を求める歌鳥の雛に代わり 母鳥が歌いながら、胸に抱かれ 愛情で慈しまれて泣き出す前に 雛が眠りにつきますように。 ブラウニング夫人
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2008年01月27日
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264.ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ [フィレンツェ、1892年2月2日] 私のそばに居てくださることで私にも元気がでることでしょう。私たちは私の愛妻の想い出を共有しております。私たちは共に楽しく集う時をいつも勘定していなかったでしょうか。ライプツィッヒ、ケルンテン、ザルツブルク、ツァイツァー・シュトラーセで共に過ごした幸福なクリスマスの日々。 {楽譜導入}(1) ――私の考えがさまようあらゆる場所で、あなたは記憶すべき時に私たちの人生の織り込まれておりました。私たちはこの想い出で生きてきました。あなたは実生活以上に私たちの想いの中で大きな空間を占めてきました。 その時々の事についてすべてお話しできますが、最後の残酷な一週間だけは勘弁してください。彼女の苦痛は今なお私を悩ませ、私は自分を支えることも、紛らわすこともできません。苦悩で私のおかれた位置を確認する時間もなく、うなされないようにと、私はただ仕事に打ち込んでおります。 私には隠遁僧の生活が合っていますので、当地には五月までとどまります。私はヒルデブラントと時々会います。彼は暗黒の日々兄弟のような存在でした。妻の死亡の一週間前に、私の義母が死んだことをご存じですか。どちらも互いの状況を知りませんでした。私はリーズルには秘密にしてきました。恐るべきことでした。気が狂っても不思議ではありません。 エプシュタインに会われたら、この事をお伝えください。また私からよろしくとの伝言をお願いします。現在は手紙を書く気がしません。 この春にはイタリアにはいらっしゃる予定はありませんか。ご一緒できれば幸いです。ささやかなる友情を今後ともお願いします。 いつまでもあなたのヘルツォーゲンベルクより ヴィア・デイ・バルディ 22 (1)バイオリン・ソナタ、作品78の主題。ブラームスはこの写本を1878年8月にザルツブルクに持参した(書簡62と63)。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



