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今日のドイツ語の詩はヘッセの「蝶々」である。季節感からずれていて申し訳ないが、若干風邪気味であるので、お許し願いたい。回復したら、年寄りの冷や水であることを承知の上でリルケの詩に挑戦しようと思う。根拠はなく、個人的な感想であるが、今日の詩の方が年代的に若い時代の作品ではないか。なんとなくである。この詩で大学時代に読みふけった小説を私が想い出したからである。 Der Schmetterling Mir war ein Weh geschehen, Und da ich durch die Felder ging, Da sah ich einen Schmetterling, Der war so weiß und dunkelrot, Im blauen Winde wehen. O du! In Kinderzeiten, Da noch die Welt so morgenklar Und noch so nah der Himmel war, Da sah ich dich zum letztenmal Die schönen Flügel breiten. Du farbig weiches Wehen, Das mir vom Paradiese kam, Wie fremd muß ich und voller Scham Vor deinem tiefen Gottesglanz Mit spröden Augen stehen! Feldeinwärts ward getrieben Der weiß’ und rote Schmetterling, Und da ich träumend weiterging, War mir vom Paradiese her Ein stiller Glanz geblieben. Hermann Hesse 蝶々 僕に苦痛が走ったのは 野原を横切っていて 赤黒い斑点の白い蝶々 蝶々を見かけたとき 青い風に舞っていた。 ああ君は!幼年時代 世界が明け初める頃 空がまだ遥かなる時 美しい羽を広げる君を 見かけたのが最後だ。 天国から僕の所に来た君 翻る姿は色鮮やかで優美 僕と違い、恥ずかしいよ 君の神々しい輝きの前に 僕の目は傷つきそうだ! 野を越え飛んでいった 赤い斑点の白い蝶々で 夢心地で追いかけると 天国から僕の所に降り 留った更に静かな輝き。 ヘルマン・ヘッセ
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239.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ [ニース、1888年11月10日] 親愛なる友へ すてきなお手紙今着きました。感謝いたします。信じてください。わたしが誤読したとしても、その原因は謙譲の欠如ではなく、遠慮のせいです。では、つぎの手紙は最初の手紙より「疑いたくなります」(1)という話はどう解釈したらいいのでしょうか。 あなたのような方は完璧な権利を持っていて、わたしのような女に我慢ができなくなると「黙れ、ばか」と言えばよいとしましょう。わたしはなんといってもあなたの怒りを恐れる理由は色々あります。友情やそれによる恩恵だけではありません。でも先日の音符は「エンハーモニック」に曖昧だから、お邪魔を承知でお伺いしたので、根拠はあります。 さて落ち着いてください。ソナタは昨日の最初の便で発送されました。フラウ・シューマンはもう怒っている時間はないでしょう。いずれにしてもわたしが咎められることはありません。でも彼女がソナタの件で手紙を書いてこなかったと言う事実も疑いたくなるのでしょうね。彼女はわたしたちが最初に楽しんだので嫉妬しているのです。でも哀れなハインリッヒがその特別の恩恵にあずかっても差し支えないはずです。 あなた方の生活が、不可抗力の不運と苦闘するわたしたちの生活と比較して、非常に豊かであることを思いますとね。わたしたちがいつの日かに、なんとか幸せになったとしても、それは苦労して勝ち取ったものですし、今多少の親切心を示してくれる人たちは、それが無駄ではなかったと思うことでしょう。 わたしはすでに威勢良くニーチェを罵倒してきましたし、こんな知識人が間違った人を頼りにしてきたことをいつも嘆いております。彼は奇行、逆説、途方もない誇張にもかかわらず、非常に頭のいい人だと思います。彼の「道徳の系譜(Genealogie der Moral)」(1)ほど、すごい魅力を感じた本はありません。わたしは彼が評価する人には反対し、より正統で難のない人物に同意するとは思います。彼の「ワーグナーの場合(Der Fall Wagner)」(2)でのワーグナー様式の記述は秀逸です。わたしが読んだ中で一番だと思います。そうは思われません。でも彼が続いて、論題を軽率にも忘れて、わたしたちには貴重なもう一人の作曲家(3)の価値と様式を非難しだすと、わたしは彼の軽薄で近視眼的なキリスト教軽視と同様に無視します。読むときには、麦の殻をふるいにかけ、辛抱しなければいけません。でも残りはそうする価値があります。この奇妙な人物でなければ言えないことがあるように思えます。彼の「善と悪の彼岸(Jenseits von Gut und B??se)」(4)での音楽に関する見解はその他の部分との関係で信じることも理解もできません。滑稽な点での極めつけは最近のパンフレットで序曲を書くことのできる現存する唯一の人物、すなわち、「人類が所有する最高度に深遠な本を彼らに与えた」ニーチェ(5)を仄めかしていることです。でもフォルクラントは彼の作曲は批評以前(6)であるとしています。この男のうぬぼれはもう精神病院行きですね。それはともかく、彼に会って格闘するのも面白そうですね。本当にここにいますか。 ハインツは今朝わたしとシュロッセベルクに登りましたが、健康人でも名誉なことですよ。すごいと思いません。ところで、ビルロートにお礼を言っておいてください。わたしのハインツを心にかけてくださるのは大変親切です。 さようなら。すてきなお手紙もう一度感謝します。フラウ・シューマンがソナタについてどう言われるか聞かしてください。彼女とヨアヒムの演奏を聴きに行けたら。言っておきたいことがもう一つあります。荷造りが面倒でなければ、わたしは何でも、編曲でも移調でも大歓迎です。最初の調を知っていますので、移調はかえられます。 後ほどリーズライで役に立ちます。 フラウ・フランツによろしく。親切なお手紙をいただきました。ファーベル夫妻にも書きます。 昔からの友人で崇拝者であるあなたのリーズル・ヘルツォーゲンベルクより (1)書簡234。 (2)1887年に出版。 (3)「ワーグナーの場合、1887年5月チューリン書簡」。この書簡でニーチェはかっての偶像と決別した。彼はブラームス攻撃で書簡を締めくくっている。しばしば誤って引用されているが、次の文で最高潮に達している。「彼は憂鬱症の不能者である。」しかしニーチェの判断は個人的な偏見に満ちたものである。ワーグナーもブラームスも彼の作曲を認めなかった。 (4)ブラームス。 (5)1886年に出版。 (6)ニーチェは、オペラ、管弦楽、室内楽作品の作曲家である友人のペーター・ガスト(Peter Gast, [Heinrich K??selitz], 1854―)のことを指している。1888年6月28日、二―チェは手紙で喋りまくり、ガストが唯一残された優れた人物であり、彼のオペラ「ヴェニスのライオン(L??we der Venedig)」は陽気かつ感動的で、様式の優れた現代オペラの最初の作品であり、ワーグナーように素人くさくないという趣旨を述べ立てた。 (7)合唱と管弦楽のための「人生賛歌(Hymnus an das Leben)」。ニーチェはブラームスに献呈したが、ブラームスはこの名誉を辞退し、丁重な言葉を名刺に書いて送った。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...

