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この詩は蝶番や敷居、格子扉と建築物の用語が出てくるが、風の詩である。エミリーは窓や扉の動きで一日の風を描写した。ディキンソンならではの詩である。午前と午後で風向きが変化する。風向きが分岐する正午を扉の蝶番に喩える。夕ぐれの凪を格子扉で暗示する。朝は東の風で敷居が軋む。 この情景を原詩では出てくるはずの wind, breeze, blow の単語は一切省略されている。 Noon -- is the Hinge of Day -- Evening -- the Tissue Door -- Morning -- the East compelling the sill Till all the World is ajar – Emily Dickinson (1830-86) 正午は日中の蝶番 正午――日中の蝶番―― 夕暮――夕陽は扉を飾り―― 朝――朝陽が窓を開けさせ 外の景色を見渡す―― エミリー・ディキンソン(1830-86) 網戸(screen) は19世紀中葉には発明され、マサチュセッツ州でも普及した。だが Tissue Door という英語は辞書にもない。彼女の発明した言葉だろう。風を通す格子戸(lattice window)としておいたが、網戸の可能性もある。
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2009年10月30日
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三歩格のキビキビした韻文詩。ハーディは何を言いたかったのか。やはり「偶然」であろうか。 Had he and I but met By some old ancient inn, We should have set us down to wet Right many a nipperkin! But ranged as infantry, And staring face to face, I shot at him as he at me, And killed him in his place. I shot him dead because-- Because he was my foe, Just so: my foe of course he was; That's clear enough; although He thought he'd 'list, perhaps, Off-hand like--just as I-- Was out of work--had sold his traps-- No other reason why. Yes; quaint and curious war is! You shoot a fellow down You'd treat, if met where any bar is, Or help to half a crown. Thomas Hardy (1840-1928) なじみの古い飲み屋のそばで 奴と俺が出会ったとしたら 二人して腰をすえて ビール何杯か引っかけたろう! だがともに歩兵に配属 たがいににらみ合い 俺は奴を、奴は俺を撃ち 俺でなくて奴が死んだ。 俺が奴を撃ったのは 仲が悪かったから、そう 奴とは仲が悪かった。 それは確かだけど。 奴はさっそく無心を考えた 多分――俺もだが―― 職がなく――携帯品を売っている―― ほかに理由はない。 うん。戦争てのは奇妙奇天烈さ! バーの近くで会えばおごるか 半クラウン余分に払うような 仲間を撃つのだからな。 トマス・ハーディ(1840-1928)
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...


