ヘ短調作品34

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誰もが若かりし頃を懐かしむ。エミリーはフィービーのように感性豊かだった。ただフィービーのように高い所に住んでいたら!フィービーのように恥ずかしがらない性格だったら!フィービーはみなから誉めそやされている。


I was a Phoebe ― nothing more ―

I was a Phoebe ― nothing more ―
A Phoebe ― nothing less ―
The little note that others dropt
I fitted into place ―

I dwelt too low that any seek ―
Too shy, that any blame ―
A Phoebe makes a little print
Upon the Floors of Fame ―

Emily Dickinson (1830-86)


私はフィービーだった

私はフィービー――以上でも――
フィービー――以下でもなかった――
人が聞き逃した可愛い調べを
私はきれいに整理した。

私は誰もが見つける処に棲んでいた――
誰もがとがめる臆病者――
フィービーは可愛い足跡を
表彰室につけている――

エミリー・ディキンソン(1830-86)

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フランク・オハラという詩人は私にはもちろん初めてだが、日記みたいにダラダラと書き綴り、最後の数行でハッとさせるのがお得意だそうである。彼は1959年7月17日の行動を記述する。この日は過去であるが、ピリオドのない現在形で書く。最後の二行だけが過去形であり、それ以前の出来事である。

この詩は容易に剽窃できる。私にも詩が書けるかもしれない。


The Day Lady Died

It is 12:20 in New York a Friday
three days after Bastille day, yes
it is 1959 and I go get a shoeshine
because I will get off the 4:19 in Easthampton
at 7:15 and then go straight to dinner
and I don't know the people who will feed me

I walk up the muggy street beginning to sun
and have a hamburger and a malted and buy
an ugly NEW WORLD WRITING to see what the poets
in Ghana are doing these days
I go on to the bank
and Miss Stillwagon (first name Linda I once heard)
doesn't even look up my balance for once in her life
and in the GOLDEN GRIFFIN I get a little Verlaine
for Patsy with drawings by Bonnard although I do
think of Hesiod, trans. Richmond Lattimore or
Brendan Behan's new play or Le Balcon or Les N??gres
of Genet, but I don't, I stick with Verlaine
after practically going to sleep with quandariness

and for Mike I just stroll into the PARK LANE
Liquor Store and ask for a bottle of Strega and
then I go back where I came from to 6th Avenue
and the tobacconist in the Ziegfeld Theatre and
casually ask for a carton of Gauloises and a carton
of Picayunes, and a NEW YORK POST with her face on it

and I am sweating a lot by now and thinking of
leaning on the john door in the 5 SPOT
while she whispered a song along the keyboard
to Mal Waldron and everyone and I stopped breathing

Frank O'Hara (1926 – 1966)


彼女が死んだ日

金曜日、12:20、ニューヨーク
バスティーユ・デイの3日後、そう
1959年のこと、僕は靴を磨きに出かける
イーストハンプトンを4:19に発ち
7:15にはディナーに直行の予定だから
食べさせてくれる人は誰だろう

日が照りはじめ、蒸し暑い街を歩き
ハンバーガーをミルクでつめこみ、不細工な
ニュー・ワールド・ライティングを買い
ガーナの詩人の最近の仕事ぶりを見る
         そのまま歩いて銀行に行くと
ミス・スティルワゴン(名前はリンダと聞いた)は
僕の残高を一度だって見たことはないが
さらにゴールデン・グリフィンでヴェルレーヌを
買う、子供だましのボナールのスケッチ付き
リッチモンド・ラティモア訳のヘシオドスか
ブレンダン・ビーアンの新しい芝居か
ジャン・ジェネのル・バルコンかル・ネグルも
考えるが、迷ったすえにヴェルレーヌにする

それからマイクにと思い、パーク・レインの
リカー・ストアに行き、ストレガを一本買い求めて
シックス・アヴェニューからきた道をもどり
ジークフェルト・シアターのタバコ屋に行き
いつものようにゴロワーズを一カートンと
ピカユーンを一カートンたのむが、彼女はうつぶせ

これでずいぶん汗をかき、ファイブ・スポットの
男子便所の扉にもたれようかと考えるが
ここで彼女は鍵盤の前でマル・ウォルドロンに
ささやきかけ、聴衆も私も息を止めたのだった

フランク・オハラ(1926 – 1966)


最後に「彼女」と言っているのは、女性歌手のビリー・ホリデイのことである。マル・ウォルドロンといえば、ホリデイとなるのであろう。タイトルの「彼女が死んだ日」とマル・ウォルドロンなる人物名から、この詩が彼女への追悼と悟らなければいけないらしい。実際調べてみると彼女の死亡年月日は1959年7月17日であった。

この詩の登場人物:

黒人女性歌手ビリー・ ホリデイ

伴奏ピアニストのマル・ウォルドロン

ニューヨークの地名や本屋の名前が出てくるが、私にはさっぱり分からない。滞在された方やブロードウェイあたりのブラブラ歩きを楽しまれた方には見当がつくであろう。最後のファイブ・スポットはライブの店であろうか。

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