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私が購読しているネット新聞「ワシントン・ポスト」の記事に目が触れたが、今年でメンデルスゾーンの生誕200年になるという。早速調べてみると彼は1809年の2月3日にハンブルクで生まれている。「ワシントン・ポスト」が記事にしたのは、ワシントンで彼の生誕200年祭が開かれるからである。ドイツからはこの催しを感謝するメッセージが届いているが、母国ドイツで200年を本格的に祝うのは、彼が生活の拠点としていたライプチヒだけのようである。 彼はモーツアルトの生まれ変わりとして持て囃され、老ゲーテにも寵愛された多才な神童であり、その名声は遍くヨーロッパに鳴り響いていた。特に音楽後進国のイギリスには生前十回も訪問し、熱狂的な歓迎を受けた作曲家である。イギリスの風景を表題とした交響曲を作曲した。もっともヴィクトリア的な存在になり、最終的にはヴィクトリア女王とアルバート公は彼の熱烈なファンになり、宮廷でのピアノ演奏会に彼を招待した。ヴィクトリア女王とアルバート公はさらに、長女とプロシアの皇太子との縁組で、「結婚行進曲」を結婚式で演奏させた。以後世界中で結婚式場の定番音楽になっている。だがイギリスでは、この極めてイギリス的なドイツの作曲家の200年を祝う催しが目に付かない。ヴィクトリア女王が大好きだったからか。彼女およびその時代への嫌悪感からか、忘れられた芸術家、忘れたい芸術家なのだろうか。彼が創設したライプチヒの音楽院に多くの学生を送ったイギリス人は今では、「凡庸な作曲家」に夢中になっていた過去を恥じ、古傷を蒸し返したくないのか。 19世紀を代表するといわれた偉大な作曲家がいつから忘れられたのだろう。メンデルスゾーンを中傷したワグナーのように20世紀につながる仕事を彼はしていない。後世に影響して始めて音楽史に名を連ねることができる。音楽史家は自分の「歴史観」にそぐわない作曲家は取り上げない。その結果メンデルスゾーンは耳当たりの良い通俗名曲を残しただけの作曲家になる。ただ目に付くのは彼の生誕200年で在庫一掃の機会を狙うレコード会社の宣伝である。これもあまり期待できないように思える。 私が半世紀前に始めて聴いたクラシック音楽はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲であった。演奏者はフリッツ・クライスラーだった。この曲はヴァイオリニストにとって甘味の匙加減が難しいというだけの曲になってしまった。私は、郷愁のせいであろうか、この高貴な曲は古今のヴァイオリン曲中の名曲だと思っている。この曲を絶対に弾かないヴァイオリニストがいるとしたら誰であろう。シゲティあたりを調べてみようか。 「ワシントン・ポスト」の記者も「保守的」とされる彼の音楽を褒めるに苦労している。彼がバッハの「マタイ受難曲」を再演したことに触れ、彼は現代の音楽家の先駆者であると持ち上げている。古い音楽を取り上げた事こそ「現代的」であるという。彼以前の音楽家は古い音楽を演奏しなかったそうである。だが一見気が利いたこの評論も彼の音楽界での功績に触れているだけであり、彼の音楽そのものを評価してはいない。不景気極まりないご時世に、こんな生ぬるい調子でメンデルスゾーン生誕200年祭を迎えようとしている。
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