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連作歌曲「窓」の第五曲「春」を再度投稿したが、これを機会にテニスンの「窓」の序文を紹介しておこう。 今日の上の写真は1871年にイギリスで出版された「窓」の表紙である。サリヴァン作曲、アルフレッド・テニスン作詩とある。この出版を企画したのはグローブ音楽大辞典を出版したジョージ・グローブである。グローブはイギリスを代表する芸術家が共同して音楽先進国のドイツに負けないような作品を生み出せないものかと考えていた。彼の念頭にあったのは詩と音楽が結びついたドイツの歌曲であり、彼が示唆したのはシューベルトの「美しき水車小屋の娘」のような連作歌曲である。最終的には本にして出版したかった。 選ばれたのがグローブと懇意であった作曲家サリヴァン、桂冠詩人テニスン、画家のミレイである。後にテニスンは男爵になり、サリヴァンもミレイもサーになっているから、グローブの企画は人選に関する限りこの上なく高貴であった。「美しき水車小屋の娘」という示唆もサリヴァンの大陸旅行のお手柄と無関係ではないと思われる。サリヴァンは1867年ウィーンで、シューベルトの貴重な自筆原稿を手に入れ、意気揚々と帰国している。時間的には今日紹介するテニスンの「序文」の内容と符合している。 この企画が上手くいけば、桂冠詩人のテニスンと画家ミレイの名声はますます上がり、ロンドンのオッフェンバックであるサリヴァンはロンドンのシューベルトになるはずであった。四年経過してこの「窓」の出版という企画は完成をみたが、テニスンの「序文」からは、彼の忸怩たる心境が読み取れる。彼にしては謙虚で自分の詩集を「操り人形」と呼んでいる。 序文 すでに4年が経つが、サリヴァン氏が彼の芸術の幅を広げたいので、ドイツ風の連作詩集を書いてくれないかと依頼してきた。氏は「オルフェウスの竪琴」の付曲で成功を収めてきた。私は彼の依頼に応えて「操り人形」に古風な衣装を着せた。この人形の取り柄といえば、サリヴァン氏の曲に合わせて踊るくらいのものである。昨今の暗い日々に、私の四歳になる人形を舞台に登場させるのは残念であるが、音楽は完成したし、私にははたすべき約束があったのである。 1870年 12月 A.テニスン
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2009年02月15日
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この「春」という詩がサリヴァンとテニスンの連作歌曲集「窓」の一部であることを知らずにブログに投稿してしまった。この訳は「窓」の構成順序を尊重して再度投稿する。 テニスンは連作の題を「ミソサザイの歌(The Songs of the Wrens)」とする予定であった。作曲者の意向であろうか「窓(The Window)」になった。前回同様に、学術名ミソサザイは少しうるさい感じなのでサザイとした。 Spring Birds' love and birds' song Flying here and there, Birds' song and birds' love And you with gold for hair! Birds' song and birds' love Passing with the weather, Men's song and men's love, To love once and forever. Men's love and birds' love, And women's love and men's! And you my wren with a crown of gold, You my queen of the wrens! You the queen of the wrens -- We'll be birds of a feather, I'll be King of the Queen of the wrens, And all in a nest together. Tennyson 春 鳥の歌と鳥の恋 此処も彼処に 鳥の歌と鳥の恋 君の金色の髪! 季節ごとの 鳥の歌と鳥の恋。 人生一度の 男の歌と男の恋。 男の恋と鳥の恋 女の恋と男も恋 君が戴く金の冠 君は僕のお妃! 君はサザイの女王 − 僕らは同じ鳥 僕はサザイの王様 同じ巣に篭ろうよ。 テニスン
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



