ヘ短調作品34

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回想録 第一章 若き日々(1)

才能の萌芽――お父さんとお母さん

私の子供時代から話を始めることにします。この時代が私の生涯を暗示しているからです。私の絵への愛情はこの早い時期に明らかだったからです。6歳で寄宿舎に入れられ、11歳までそこにいました。その間私は自分の帳面だけでなく、友人の帳面まで、顔の正面や横顔を描き込みました。寄宿舎の壁に色チョークで顔や風景を描きました。私がどれだけ叱られてパンと水を絶たれる罰を受けたかご想像できるでしょう。外での自由時間を利用しては思いついた絵を地面に描きました。7歳か8歳のころ、ランプの光りを頼りに、ひげを生やした男性の絵を描いた記憶があります。この絵は今でも私はとってあります。お父さんが喜んでしまい、叫びました。「お前は間違いなく絵描きになれるよ!」

生まれつき絵に対する情熱を持っていたことをお話ししたかったのですが、この情熱は失われることなく、ますます強くなる一方でした。私はこの魔法にかかったままですし、死ぬまで続くと思っています。私はヨーロッパの高貴の方々に巡りあわせていただく幸運に恵まれましたが、これもひとえに私の並はずれた情熱のせいだと思います。

寄宿舎にいた頃、私は体が弱く、両親は度々私を引き取りに来ては家で数日すごしました。これは私には好都合でした。お父さん(Louis Vig醇Pe, 1715-1767)は達者なパステル画を描きました。かの有名なラトゥール(Maurice Quentin de La Tour, 1704 –1788)に匹敵するような絵も描いたこともあります。お父さんは彼のスタイルで似顔を描かせてくれました。実際一日中クレヨンを使わせてくれました。お父さんは絵に没頭していた人なので、ときどき奇妙なことをしました。私が記憶していることがあります。ある日町での晩餐に出かけましたが、すぐに戻ってきました。描き始めた絵を直したくなったのです。お父さんはカツラをとり、キャップをかぶりました。そしてこの帽子のままで金ぴかの上着を着て出かけました。近所の人が注意してくれなかったら、町中をこの格好で歩いたことでしょう。

お父さんはお洒落な会話が上手でした。この天性の気質で非常に人気がありました。お父さんとおしゃべりをしたくて絵を描いてもらいに来る人もいました。かなりきれいな女の人の肖像を描いていた時のことです。口を描き始めました。口を小さくしようとして、この女の人は顔をしかめました。とうとうお父さんは我慢がならなくなって言いました。

「どうぞご心配なく。ご注文とあれば、口のないあなたを描いてご覧にいれますよ」。

お母さん(Jeanne Massin, 1728 -1800)は大変きれいなひとでした。お父さんが描いたパステル画やずっと後になってから私が描いた油絵から判断して頂けると思います。お母さんは無駄使いもしないものですから、お父さんはお母さんを女神のように思っていました。それに心底から信仰心があり、私もそうでした。いつも歌ミサは欠かさず、ほかのミサもきちんと出ていた。レントのときは決められたお勤めをすべて果たしました。私は神聖な歌が好きで、この当時オルガン音楽を聴くと涙が出ました。

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