ヘ短調作品34

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第3章 制作と楽しみ(3)

この中でも夕食会にご招待した最も聡明な方々は、アッベ・デリーユ(Abb?? Delille)、詩人ルブラン(Ponce Denis ??couchard Lebrun , 1729 –1807)、シュヴァリエ・ド・ブフレール(chevalier de Boufflers, 1738 –1815) 、セギール子爵(Viscount de S??gur)およびその他の方々が、この集いをパリで最も楽しい夕食会にしてくださいました。1日の仕事から解放されて、15人ばかりの人たちがホステスの家に集まり、楽しい夜を過ごした時代をご存知ない方は、どんな社交界がフランスにあったかお分かりにならないと思います。このような軽い夜の食事のくつろぎと楽しさ、これはどんな豪華な晩さん会にもないものです。お客さんの間には信頼と親密があったものです。パリの良き社交界が全ヨーロッパの社交界に勝るのは、このような夕食会なのです。わが家では、例えば9時ごろに集まります。政治の話をする人は誰もいません。文学を語り、その時々のエピソードを話しました。時にはシャレード(Charades)で気晴らしをしました。アッベ・デリーユや詩人ルブランが詩を朗読することもありました。10時すぎにはテーブルにつきました。わが家の夕食はいたって質素なものでした。メニューは鳥、魚、野菜、サラダでした。時はあっという間に過ぎ、深夜には解散でした。

自宅で夕食会をするだけではなく、私は時々外の夕食会にもまいりました。ダンスになることもありました。今日のように人出でむせ返るようなことはありませんでした。8人でスクエア・ダンスをしました。ダンスをしない女性は見物していました。男性はそのうしろに立っていました。私はザクセン大使ムッシュー・ド・リヴィエール(M. de Rivier)のお宅で夜を過ごすことがありました。ユーモアと品位では傑出した人物でした。

ここで喜劇か軽いオペラを演じたことがありました。ムッシュー・ド・リヴィエールのお嬢さんは歌がお上手でした。女優としても通用したでしょう。ムッシュー・ド・リヴィエールのご長男は、喜劇役に向いておられました。オペラや演劇の本職の方にも出ていただきました。マダム・ラルエット(Mme. Laruette)は舞台から引退して数年になりますが、われら劇団員を軽蔑したりはしませんでした。彼女は私たちのオペラに出てくださいました。彼女の声は依然として若々しいものでした。私の弟ヴィジーは主役を演じ、好評でした。ようするに、われら全員はいい俳優でした。タルマ(Fran??ois-Joseph Talma,1763- 1826)はまるでダメでした。こういうと読者はきっと笑わらわれるでしょう。タルマは恋人役を演じましたが、非常にぎこちなくて内気で、彼が偉大な俳優になろうとは誰も思いませんでした。ですから、われらの主役がラリヴ(Larive)をしのぎ、あのルケン(Lekain ,1728 - 1778))にとってかわったのにはビックリしました。他の分野に比べて演劇的才能を完成させるには時間が必要なのだと私は思いました。

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