ヘ短調作品34

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戦中・戦後の「第九」

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年末になると「第九」の放送がNHKで聞く機会があるが、最近は「紅白」も「第九」も聞かなくなって久しい。外国に滞在していた時に、「紅白」は一ヶ月遅れぐらいであろうか、ビデオの録画が聞く機会はあった。滞在先で「第九」を聞く機会はあったのかも知れないが、聴こうとも思わなかった。
 
帰国後バブル景気の頃、チョット洒落たビアホールがあり、数人のジプシーを呼び演奏させたりしていたが、年末だったのか、「第九」の最終楽章のポピュラーな一節をバイオリンで弾いてみせた。日本でバイオリン弾きをしていると「第九」が受けると知っていたのである。
 
「第九」は第一次世界大戦後の板東俘虜収容所でドイツ人捕虜によりアジア初演されたことで有名である。私はもう一つのエピソードが全く語られていないのが気にはなっている。そのエピソードとは第二次世界大戦中のことである。「第九」の原盤がU-Boot で極秘裏に日本に運ばれたのである。これは「戦う日本国民に献呈する」というヒトラー総統のメッセイジであった。物資が不足する中、特別の計らいでSPレコードが発売された。このレコードは戦後も聴かれていたはずである。非軍国主義化と非ナチ化の流れであろう。公然とは語られていなかったのではないか。
 
実は60数年前になるが、私は知りあいの家でドイツ製の蓄音機と竹製の針でこの「第九」を聴いている。そして処分されていなかった軍国主義時代の音楽雑誌を読んだ。その中に「第九」の原盤の話が書かれていた。それにしてもあの蓄音機と「第九」のレコード、それに役目を果たし、日本を離れたU-Boot の運命はどうなったのか。
 
意外なことに指揮者は第三帝国の代表的指揮者フルトヴェングラーではなく、日本では当時無名のオイゲン・ヨッフムであった。多少の落胆はあったものの、ナチの新進気鋭の指揮者であると喧伝されていた。ヨッフムの「第九」の録音記録を最近みたが、日本に輸送された原盤を特定できなかった。YouTube に彼の「第九」の全曲盤があった。


         

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