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知り合いの家にあったので印象に残っているのはシューベルトの「冬の旅」である。これも豪華な装丁だったので記憶に残っている。バリトンは当時のドイツの第一人者ゲルハルト・ヒュッシュである。冬の旅全曲はとてもでないが、小学校か中学校で教わった「菩提樹」を、竹針を削りながら繰り返し聴いた。蓄音機はドイツ語で歌い、音痴の私は小声の日本語で和したものである。
そのせいか、30数年後にドイツのビヤホールで何か歌えと言われた。歌わなければ全員(十人くらいだったか)にビールをおごれという。「カラオケ、カラオケ」と急かされた。大学での第二外国語はドイツ語であったから、教科にあった訳ではないが、「菩提樹」の出だし程度なら、ドイツ語版を何処かで読んだ記憶があった。そこで「リンデンバウム」を歌うことにした。第一詩節は記憶していたが、その後の記憶はなかった。だが心配することはなかった。私が歌い始めた途端に全員の大合唱であった。外来の文部省唱歌が原作の地で忘れられていることはあるらしいが、「リンデンバウム」はまさにドイツの文部省唱歌であった。今でもそうだと確信している。カラオケの苦手な人も出だしだけで充分なはずである。大いに盛り上がり、全員におごることなく隣に順番を譲ることが出来た。
ちなみに第一詩節は以下の通りである。
Am Brunnen vordem Thore
Da steht einLindenbaum:
Ich träumt’ in seinem Schatten
So manchen süßen Traum.
第三帝国で全盛期を迎えた人は戦後苦労したらしい。ヒュッシュも例外ではないらしい。バイロイトの指揮者、歌手同様の苦労をしている。彼は共産主義者に暗殺されたナチ党員を偲び賛美する「ナチ党歌」を吹き込んでいるから、言い逃れできないナチ協力者である。戦後本国で大変苦労したが、同様の辛酸を舐めた日本から招待され音大の教授になったようである。 |

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