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"My Life had stood - a Loaded Gun - " はすでに訳出したが、釈然とはしていない。この詩はエミリー・ディキンソンの難詩中の難詩とされ、学会でも決定的な結論が出ていない。今回の投稿は改訂版である。
正解はないのに試験問題になっている。その方がアメリカ人好みのディベイトのネタにはなるのだろう。この詩に関しては珍しく多くの教養豊かな学者先生の評論がネットを賑わしている。ざっと目を通したが、共通しているのは Gun という言葉にとらわれてか、不遇な女の「怒り」について触れている。
私は素人であるが、この詩は彼女の好きな「火山」について学のある所を披露した詩ではないかと思った。
a Loaded Gun :噴火寸前の側火山、Owner:主火山と解釈してみた。
身近な例としては富士山を主火山とすると、宝永山は側火山である。
火山の主火山と側火山の関係について記述した詩と考えると簡單である。彼女は悪戯っぽいが、意外に単純な詩を書いた人ではないかと最近思うようになった。学者先生が彼女の詩を論文ネタにし、意識的に難解にする。そのため不可解な評論が多数出てきたと思う。
いつものように「憧れの死」の問題が最後に出てくるが、あとは当時の「火山学」の知識に従って、読者をからかう詩にしたに過ぎないのではないか。
My Life had stood - a Loaded Gun -
My Life had stood - a Loaded Gun -
In Corners - till a Day
The Owner passed - identified -
And carried Me away -
And now We roam in Sovereign Woods -
And now We hunt the Doe -
And every time I speak for Him
The Mountains straight reply -
And do I smile, such cordial light
Opon the Valley glow -
It is as a Vesuvius face
Had let it’s pleasure through -
And when at Night - Our good Day done -
I guard My Master’s Head -
’Tis better than the Eider Duck’s
Deep Pillow - to have shared -
To foe of His - I’m deadly foe -
None stir the second time -
On whom I lay a Yellow Eye -
Or an emphatic Thumb -
Though I than He - may longer live
He longer must - than I -
For I have but the power to kill,
Without - the power to die -
Emily Dickinson
私は噴火寸前の側火山――
私は弾込めた銃――(私は噴火寸前の側火山)
主人が通りかかり――(主火山が通りかかり)
私に気付く迄立ちっぱなし――(噴火の機会を与えられず)
彼は私をさそった――(同時に噴火しようと誘った)
一緒に王家の森を探し回り――(溶岩はともに流れ)
狙った牝鹿を狩る――(狙った村を破壊する)
主人に声をかけると――(私が爆音を発すると)
山々は直ぐに応える――(山々はこだまする)
私が微笑むと谷間の (私が噴火すると)
光は暖かく輝く――
ヴェスヴィウスが満面の
笑みを浮かべたよう――
大成功の狩りを終えた夜――(大爆発で村々を破壊した夜)
主人の頭を守る――(主火山に代わり私が噴火する)
白鴨の枕をともにするより (白い火山灰で一緒に寝るより)
この方がずっと良い――
私は主人より恐ろしい――(若い側火山は主火山より恐い)
私が黄色い目を向け―― (黄色い火を放ち)
親指を突き出すと―― (噴煙を向けると)
誰もが凍りつく――
私は主人より長生きだろうが―― (若い側火山は主火山より活動的だろうが)
主人は私より長生きしてほしい――(主火山は私より永く活火山であってほしい)
私は主人を殺せるが(私は主火山を死火山にできるが)
死ぬことはできない――(私は死火山になれず、安息の日はこない)
エミリー・ディキンソン |
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2017年11月28日
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