ヘ短調作品34

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ピープスの日記

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ロンドン大火1a

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1666年9月2日   サムエル・ピープスの日記


昨夜から今日のごちそうの準備のために夜遅くまで起きていた女中がいた。ジェーンは朝の三時頃に私を起こして、シティーに大きな火が出ているといいにきた。私は起きあがってガウンをはおり、窓に出た。マーク横町のずっと裏側の方だと思った。しかしその後におこった火災は経験したことがなかったし、わが家からははるかに遠い火事と思い、寝室にもどりまた就寝した。七時頃起きて窓から見わたした。火事はそれほどではなく、遠いのを見届けてから、昨日の掃除で位置が変わったものを直しておいた。

ジェーンがまもなくきて今晩の火事で300軒の家が燃え落ちたという噂を伝えにきた。ロンドン・ブリッジそばのフィシュ街がすべて消失したという。私は出かける支度ができていたのでタワーまで歩いていき、高いところにたどり着いた。サー・ロビンソンの息子が私に同行した。ロンドン・ブリッジのたもとの家がすべて火に包まれており、私はロンドン・ブリッジの両岸の家の巨大な火焔を目撃した。この橋ぞいに住んでいるミッチェルやサラのことが心配になった。大変心配になって、タワーの警備隊長の所にいってみたが、今朝プッディング横町の王室御用達の菓子屋から火が出て聖マグナス教会とフィッシュ街の大半を焼き尽くしたという。

私は川渕に降りて、船にのり、橋を通り抜けた。何ともすざまじい火焔である。ミッチェルの家ははるかオールド・スワンのあたりだが、その方面は燃えており、私が見ているうちに、火はさらに進んで、ほんのわずかの時間でスティ−ル・ヤードにまで延焼した。人々は家財を運ぼうとして、川に向かって投げ込むやら、はしけに入れたりしていた。火が間近に迫るまで家に閉じこもり、それから船に向かって走り出したり、川岸の階段から階段へと逃げている人もいた。なかでも鳩が巣を離れたがらず、窓やバルコニーの周りで羽ばたき、ついには全身を燃えたり、翼を焦がし、落ちていった。

立ち止まり、一時間もしないうちに火はあらゆる方向に燃え広がり、見る限り火を消そうとする人はいなく、家財を持ち運び、やがて家財道具をすべてのこしていった。火はスティ−ル・ヤードに広がり、強い風がまいあがり、シティーにまで及んだ。長期の乾燥により、あらゆるものが燃えやすく、石造りの教会までもが燃えた。哀れなのは教会の塔で、そこにはきれいな――夫人が住んで、私の学校以来の旧友であるエルボロが牧師をしていた教会も上まで火に包まれ、崩れ落ちた。

私はホワイト・ホールに向かったが、ある人物も私と一緒にタワーからさらに火の様子を見に船に乗ることを希望した。ホワイト・ホールに向かい、チェペルの王の間に向かった。私の周りに皆が集まってきてが、私がした話にみなは大いに悲観した。この話は王に伝えられ、私は王に呼ばれた。王とヨーク公に見たままを話し、陛下が家を取り壊すご命令を出されないかぎり、火は収まらないでしょうと申し上げた。お二人とも困った様子であったが、王はロンドン市長に行くように命令を下された。火の手が向かう方向の家は一軒のこらず引き倒すように市長に命令を出すようにいわれた。ヨーク公は兵隊がいさえすれば、自分もそうするといわれた。後でアーリントン卿もそういわれた。これは内密の話。

ロンドン大火

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今日はちょうどロンドンの大火災から340年にあたる。ところがピープスのブログは現在は1663年9月1日である。あと3年後にならなければピープスの大火災の目撃証言はブログにあらわれない。あの世にいるピープスのブログ、この世での代理管理人は地震だけは起こりそうもないロンドンに住む人らしい。

私のブログが三年以内に閉店するか、私自身がそれまでに大地震の犠牲者になるか、どちらも大いにありうることである。9月3日から連載でピープスの日記を訳すことにする。この日記はすでに権威ある研究者によって和訳されている。私ごときが出る幕ではないかも知れない。

すでに権威ある研究者によってピープスの和訳は完成している。本は購入可能である。図書館ではどうだろうか、県全体で全集が二つ以上そろっていれば文化的な県である。私の誤訳まみれの訳でも参考になると思われる方にのみお付き合いを願う次第である。

なおこの間、印象派とドレフュスの記事はバジールの群像画でのこされた最後の人物ルノアールでいったん中断する。どうも記事の内容がお粗末なので時間をいただきたいこともある。

それにしても昨晩もう少し長い文章をワードで作成し、コピー・ペーストしたが、ヤフーさんに拒否された。どうしてだろう。私の1966年9月2日のピープスの日記の原典は以下にある。

http://www.pepys.info/1666/1666sep.html

Happy Stone Day!

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時差のこともあるが、ついうっかりしたのは世界で一番人気のあるブログ Pypes' Diary である。3月26日はピープスの Stone Day であった。神の思し召しで、彼は5年前のこの日乱暴な膀胱結石の手術から生還したのである。その後寒いときなどに痛むことはあっても、まずは健康に恵まれ、お役人の仕事に励むことが出来た。ただただ神に感謝の祈を捧げるのみである。今年は夫婦ともに体調不良で、例年のようにレント中でも催していた Stone Day のパーティーはなかった。パーティーがあれば、コメントはさらに増えていただろう。結石の再発を促す料理や酒が山盛り出てきたはずである。

今みたら、25のコメントが寄せられていた。ピープスがトスカニーニのようにあの世から一々答えていたら、コメント数は50になる訳である。コメントは300年以上前のピープスの英語よりも分かりにくいのもあるが、24番目のコメンターの英語は分かりやすく、興味深かった。

彼の手術は親戚の家で行われたのだが、麻酔はなかったというのが定説である。このコメンターによれば、アルコール、ハシッシュ、阿片原料の薬物の摂取があり得た。次に頭に一発食らわせて気絶させる。あるいは首を絞めて気絶させる。もちろん縛り付けは一番肝心な処置である。

Happy Stone Day!

詳しくは

http://www.pepysdiary.com/

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現在のサムエル・ピープスのブログはまだ1662/3年の2月13日であるから、明日にならなければこの年の彼のバレンタイン・デーを知ることは出来ない。だがサムエルの細君エリザベスは明日のバレンタインのことで気にしているようであった。

http://www.pepysdiary.com/

将来のブログを先取りするようだが、私の種本である The English Year に引用されている1667年のピープスの日記から、王政復古時代のバレンタイン・デーの様子である。当時のバレンタインは毎年クジできまる。相手は異性であるが、古代ローマの祭りのように、適齢期の異性とは限らない。坊やであったり、幼女であることもあるし、お爺さん、お婆さんであることもある。またバレンタインは1対1とは限らず、ピープス夫妻の場合二人のバレンタインがクジで決まった。1667年のバレンタイン・デーはピープスにとって面白いものではなかったが、預金残高を気にする彼には経済的な相手であったようである。

「今朝私は服を着ているところだったが、まだベットにいる妻のところに今年の妻のバレンタインに決まったマーサー家のビル坊やがやってきて、青い紙に金の文字で妻の名前を書いて持ってきた。大変上手に出来ていたので、夫婦で大喜びした。だが今年は私自身が妻のバレンタインである。もしバレンタインの相手が妻でなかったら、そのため5ポンドの出費になるところだった。」

二日後に彼は書いている:

「ピアース夫人の幼い女の子も今年のバレンタインであることがわかった。別にがっかりはしてない。他の女性よりも楽だからである。私は名前とモットーを書く流儀に従った。ピアース氏は私の妻のモットーを当てた。この女の子は私のモットーをひいたのである。私の書いたモットーは忘れたが、妻のモットーは『礼儀正しく、美しく』であった。」

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イギリスの日記魔のサムエル・ピープスの日記についてはクリスマスのときに紹介した。昨日のJanuary 1662/63 の日記では、彼の弟が膀胱結石で痛がっていると書いてあった。「神よ弟を助けたまえ」と祈っている。ピープス自身若くして膀胱結石の手術を受けている。 March 26, 1658 のことであり、毎年この身の毛のよだつような手術からの生還を祝して宴を設けているので、私も期待して3月26日付けの日記を待つことにしよう。この結石の話はピープスのブログでもっとも興味のある記事の一つであり、コメンターはいつも盛り上がる。当時の医学や生活習慣を知る上で貴重な資料である。

弟がなったのは遺伝的な要素もあるのかもしれないが、兄貴のような食生活をしていたら、結石になっても無理からぬ。とにかく野菜をほとんど食べないで肉ばかり食べている。恐ろしい手術から生還してお祝いに肉をたらふく食べている。

麻酔をかけず、ベッドに縛り付けられ、手術を受けるのである。消毒という観念は17世紀にはなく、その日一番最初の患者だったので、医者の手も道具も比較的きれいだったのだろうというのはあるコメンターの意見。非常に幸運な患者であり、よくショック死せずに生きて帰ってこれたものであるという話やら、賑わしい。事実彼は、この医者の手にかかって帰らぬ人になった人物の葬儀に参列している。

興味のある方、いくら麻酔が発達したといっても誰だって手術を受けたくはないだろう。医療関係者と思われるコメンターの食生活に関する貴重なコメントもあるので、今日掲載してある27日付の日記で stone と書いてあるところをクリックされるとよい。

http://www.pepysdiary.com/

あるいは直接コメントに行くと一杯書き込みがある。

http://www.pepysdiary.com/p/346.php

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