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Savior! I've no one else to tell —
Savior! I've no one else to tell —
And so I trouble thee.
I am the one forgot thee so —
Dost thou remember me?
Nor, for myself, I came so far —
That were the little load —
I brought thee the imperial Heart
I had not strength to hold —
The Heart I carried in my own —
Till mine too heavy grew —
Yet — strangest — heavier since it went —
Is it too large for you?
Emily Dickinson
主よ!迷惑を掛けますが 主よ!迷惑を掛けますが 他に話す方を存じません。 私は汝を忘れた一人です―― 汝は私をご記憶ですか? 私は今迄忘れていました―― 以前は軽い荷でしたが―― 今や自分では持ちかねる 巨大な心臓を持参しました―― 私が維持してきた心臓は 肥大化し今や重過ぎますが―― 妙ですが、打ち明けたら 一段と心は重くなりました―― 汝には大き過ぎましたか? エミリー・ディキンソン |
Emily Dickinson
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Many a phrase has the English language —
Many a phrase has the English language —
I have heard but one —
Low as the laughter of the Cricket,
Loud, as the Thunder's Tongue —
Murmuring, like old Caspian Choirs,
When the Tide's a' lull —
Saying itself in new infection —
Like a Whippoorwill —
Breaking in bright Orthography
On my simple sleep —
Thundering its Prospective —
Till I stir, and weep —
Not for the Sorrow, done me —
But the push of Joy —
Say it again, Saxon!
Hush — Only to me!
Emily Dickinson
英語には多くの語法がある――
英語には多くの語法がある――
私が聞いたのは唯一度――
蟋蟀の笑い声のように低く、
雷の音のように大音響――
潮が凪いだ時、古い合唱の
如きカスピ海の潮騒――
鳴き出したら止められない――
ホイップ夜鷹の如く――
明瞭かつ正しい発声法で
私の眠りに割り込み――
先まで予測できる雷鳴に
動揺し泣き出す始末――
悲嘆でなく歓喜のせいで 泣き出したのだった―― もう一度、サクソン語を! シーッ、私にだけよ! エミリー・ディキンソン
この詩には、蟋蟀、雷、カスピ海、ホイップ夜鷹と彼女お気に入りの歌手が多数登場したが結局の所、雷の様な自然現象も英語を母語とする人達にしか理解できないとのこと。独特な音の響きがあり、とりわけ英語的な雷鳴を一度だけ夜中に聞いたと主張する。となれば、日本人のみが正しく聞き取れ、その先まで予測できる雷鳴もあると考えていいのだろうか。
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Tie the Strings to my Life, My Lord,
Tie the Strings to my Life, My Lord,
Then, I am ready to go!
Just a look at the Horses —
Rapid! That will do!
Put me in on the firmest side —
So I shall never fall —
For we must ride to the Judgment —
And it's partly, down Hill —
But never I mind the steeper —
And never I mind the Sea —
Held fast in Everlasting Race —
By my own Choice, and Thee —
Goodbye to the Life I used to live —
And the World I used to know —
And kiss the Hills, for me, just once —
Then — I am ready to go!
Emily Dickinson
主よ、私の命を守りたまえ、
主よ、私の命を守りたまえ、
では私は準備できました!
ちょっと馬の歩調を見ます――
速いわ!調子は上々です!
安全な場所を取って下さい――
私が落っこちないように――
最後の審判までに着かねば――
それに、一部下り坂です――
私は急勾配を気にしません――
荒海も苦にはなりません――
永遠に続く行程で私と主が――
選ぶ速度で参りましょう――
私の懐かしき過去の人生と――
知り尽くし、キスした丘――
さらば、私に一度のキスを――
それでは出発しましょう!
エミリー・ディキンソン
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I like a look of Agony,
I like a look of Agony,
Because I know it's true —
Men do not sham Convulsion,
Nor simulate, a Throe —
The Eyes glaze once — and that is Death —
Impossible to feign
The Beads upon the Forehead
By homely Anguish strung.
Emily Dickinson
私は苦痛の表情が好きだ、 私は苦痛の表情が好きだ、 なぜなら真実だから―― 偽って痙攣する人はない、 激痛の真似する人も―― 両眼が一旦霞む――それが死―― 振りをするのは無理 額に滲み出るガラス玉は 痛苦糸で結ばれた。 エミリー・ディキンソン |
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Mute thy Coronation —
Mute thy Coronation —
Meek my Vive le roi,
Fold a tiny courtier
In thine Ermine, Sir,
There to rest revering
Till the pageant by,
I can murmur broken,
Master, It was I —
Emily Dickinson
汝の戴冠式、お静かに――
祝祭が終了するまでは
私の王様万歳に辛抱を、
汝のアーミンで、この
小さき廷臣を包み給え、
途切れながら呟けます、
主よ、それこそ私です――
エミリー・ディキンソン
イエスを諸王の王(King of Kings)とする記述は聖書にある。王であるからにはイエスは天国で戴冠され、祝典が華やかに執り行われてもよさそうではある。
戴冠式と言えば、聖母マリアの被昇天後に父と子と聖霊の見守る中で、天の女王として冠を授かるという話が有名である。これもカトリック教会が推進したマリア信仰の一環であって、聖書にそのような記述がある訳でない。
さらにキリストの戴冠式となるとGoogle Image を検索しても、それに相応しい名画は登場してこない。わずかにアメリカ的な宗教団体が作り上げたキリストの戴冠の画像があるのみである。
エミリーの会衆派教会ではキリストにせよ、マリアにせよ、王権を認めていたとは思えない。派手な式典を嫌う会衆派教会にディキンソン家が属していたという先入感を持つのは危険だが、見世物になるのはあと暫くですから、我慢してくださいと言っている、と解釈した次第である。だが今一判然としない。
注記:小さき廷臣とはエミリーのことである。イエスは華やかな式典を苦々しく思っているとエミリーは考えている。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



