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彼女からの返事がある。どうも彼女は手紙を持参してきたらしい。私はそう解釈した。技巧的には特にどうということはない。テニスンは take と break を繰り返し使っている。単純な言葉を繰り返し使うことで「音楽的」効果を出すのはテニスンが始めだそうである。自分自身を剽窃するのは差し支えない。この二語は[eik] を含んでいるから、内部韻が成立するから、繰り返しによりリズム感が出るといえようか。 ただしここでのbreak は(手を)開くと、(心を)壊すという意味がある。イギリス人には語呂合わせ(pun)ではないかもしれないが、我々にははなはだ困る。この break に対応する言葉がない。 THE ANSWER. Two little hands that meet, Claspt on her seal, my sweet! Must I take you and break you, Two little hands that meet? I must take you, and break you, And loving hands must part— Take, take—break, break— Break—you may break my heart.
Faint heart never won—
TennysonBreak, break, and all’s done. 返事 可愛い両手を合わせ 封を抑えたまま! 合わせた両手を 拝借して開いても よろしいでしょうか? 拝借して開きますよ 両手を開きましょう− 取って、取って−開いて、開いて− イイエだったら−僕は絶望だ。 恥ずかしがっていたらダメ― 開いて、開いたら、それでよし。 テニスン |
テニスン
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彼氏はまた彼女の返事を待っている。テニスンはこの詩集であまり韻の配慮をしてこなかったが、今回は韻の形跡が見受けられる。歌曲集全体に無韻と有韻が混在して、様式に統一性が感じられない。いい加減ウンザリする愛の言葉、歯の浮くようなセリフを考えてもよくなる見込みはない。 NO ANSWER. Winds are loud and you are dumb: Take my love, for love will come, Love will come but once a life, Love will come but once a life. Winds are loud and winds will pass! Spring is here with leaf and grass: Take my love and be my wife, Take my love and be my wife! After loves of maids and men Are but dainties drest again. Love me now, you'll love me then. Love can love but once a life, Love can love but once a life. 返事なし 風は荒れ狂い、君の返事はない 僕を愛して!愛はやって来る 人生に一度だけ、愛はやって来る。 人生に一度だけ、愛はやって来る。 荒れ狂う風も去っていく! 葉が茂り、春はやってきた。 僕を信じ、奥さんになって。 僕を信じ、奥さんになって。 男女の二度目の愛は とても素敵なんだよ。 愛して、君はまた僕を愛するはず。 人生に一度だけ、愛はやって来る。 テニスン |
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彼氏は彼女からの手紙を待っている。逆上せ上がった彼氏は「ハイ?イイエ?ハイ?イイエ?」と恋占いの毎日。 NO ANSWER. The mist and the rain, the mist and the rain!
Is it ay or no? is it ay or no?
And never a glimpse of her window pane!
And I may die but the grass will grow,
And the grass will grow when I am gone,And the wet west wind and the world will go on. Ay is the song of the wedded spheres,
No is trouble and cloud and storm.
Ay is life for a hundred years,
No will push me down to the worm,
And when I am there and dead and gone,The wet west wind and the world will go on. The wind and the wet, the wind and the wet!
Wet west wind how you blow, you blow!
And never a line from my lady yet!
Is it ay or no? is it ay or no?
Blow then, blow, and when I am gone,The wet west wind and the world may go on. 返事がない 霧と雨、霧と雨! ハイ?イイエ?ハイ?イイエ? 窓はキラリともしない! 僕は枯れ、草は茂り 草は茂り、僕は枯れ 西の雨風はいつまでも。 ハイなら新婚さんの歌 イイエなら雲と嵐の災い 僕があの世に往く。 ハイなら人生は百年 イイエなら人生の終り。 西の雨風はいつまでも。 風と雨、風と雨! 西の雨風は強く吹く! 彼女からはまだ一言も! ハイ?イイエ?ハイ?イイエ? 風よ吹け!僕が死んだら。 西の雨風はいつまでも。 テニスン |
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彼氏はラブ・レターをだそうか、直接会って愛を打ち明けようか迷っている。テニスンはこの逡巡する気持ちを短い詩行の繰り返しで表現する。大家らしからぬ素朴な歌だが、作曲の邪魔をしないという配慮かもしれない。 The Window No. 6: The Letter Where is another, sweet as my sweet! Such another beneath the sky? Fine little hands, Fine little feet, Fine little heart and dewy blue eye. Shall I write to her? Shall I go? Ask her to marry me by and by? Somebody said that she'd say no, But somebody knows that she'll say ay! Ay, ay, Ay, ay, Ay, ay! Ah, my lady, if asked to her face; Might say no, for she is but shy. Fly, little letter, apace, apace, Down to the light in the valley fly. Fly to the light in the valley below, Tell my wish to her dewy blue eye; For somebody said that she'd say no, But she won't say no, And I'll tell you why: She will say ay, ay, ay! Tennyson 窓 その6 手紙 なんと気立ての良い娘 こんな娘は何処にもいない! 愛らしい手 愛らしい足 潤んだ優しい瞳。 手紙を出そうか? 行ってみようか? 結婚してくれないと訊く? イイエだよと言う人も ハイだよと言う人も! 直に訊いたら、ああ 恥ずかしいからイイエかな。 手紙よ、飛んでいけ 谷間の光に飛んでいけ。 潤んだ瞳に告げておくれ。 イイエだよと言う人も でもイイエではないはず。 理由はまた話そう。 返事はハイさ、ハイさ、ハイさ! テニスン 紹介が遅れたが、ギルバート・サリバンのアーカイブなるサイトを見つけた。サリヴァンの節の MIDI 版と画家ミレイの挿絵が鑑賞できる。 |
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連作歌曲「窓」の第五曲「春」を再度投稿したが、これを機会にテニスンの「窓」の序文を紹介しておこう。 今日の上の写真は1871年にイギリスで出版された「窓」の表紙である。サリヴァン作曲、アルフレッド・テニスン作詩とある。この出版を企画したのはグローブ音楽大辞典を出版したジョージ・グローブである。グローブはイギリスを代表する芸術家が共同して音楽先進国のドイツに負けないような作品を生み出せないものかと考えていた。彼の念頭にあったのは詩と音楽が結びついたドイツの歌曲であり、彼が示唆したのはシューベルトの「美しき水車小屋の娘」のような連作歌曲である。最終的には本にして出版したかった。 選ばれたのがグローブと懇意であった作曲家サリヴァン、桂冠詩人テニスン、画家のミレイである。後にテニスンは男爵になり、サリヴァンもミレイもサーになっているから、グローブの企画は人選に関する限りこの上なく高貴であった。「美しき水車小屋の娘」という示唆もサリヴァンの大陸旅行のお手柄と無関係ではないと思われる。サリヴァンは1867年ウィーンで、シューベルトの貴重な自筆原稿を手に入れ、意気揚々と帰国している。時間的には今日紹介するテニスンの「序文」の内容と符合している。 この企画が上手くいけば、桂冠詩人のテニスンと画家ミレイの名声はますます上がり、ロンドンのオッフェンバックであるサリヴァンはロンドンのシューベルトになるはずであった。四年経過してこの「窓」の出版という企画は完成をみたが、テニスンの「序文」からは、彼の忸怩たる心境が読み取れる。彼にしては謙虚で自分の詩集を「操り人形」と呼んでいる。 序文 すでに4年が経つが、サリヴァン氏が彼の芸術の幅を広げたいので、ドイツ風の連作詩集を書いてくれないかと依頼してきた。氏は「オルフェウスの竪琴」の付曲で成功を収めてきた。私は彼の依頼に応えて「操り人形」に古風な衣装を着せた。この人形の取り柄といえば、サリヴァン氏の曲に合わせて踊るくらいのものである。昨今の暗い日々に、私の四歳になる人形を舞台に登場させるのは残念であるが、音楽は完成したし、私にははたすべき約束があったのである。 1870年 12月 A.テニスン
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



