ヘ短調作品34

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ヘルツォーゲンベルク書簡集

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227.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ

ルガーノ、1888年9月23日

 親愛なる友へ

  あなたのご親切な手紙は、わたしたちが休息している当地に転送されてきましたが、わたしは非常に悲しくなり、すっかり考え込んでしまいました。この短い人 生で僅かの時間も共に過ごせないことがいかに不条理であるか、あなたには感じることができないのです。わたしたちは(ひょっとしたら、あなたも)つくづく そう感じております。わたしがあなたを充分理解している友人は多くないと本気で考えたとしても、どうか生意気だなどと思わないでいただきたいのです。芸術 的、人間的側面からあなたをこれ以上評価できる人は絶対にありません。でもわたしたちが共に過ごす時間を集計して合計いくらになると思います。もし改善の 余地があるなら、もしあなたが後悔するなら、方法はあるでしょう。わたしたちは帰郷の前にあなたの手紙を当てにしました。バーゼルでお会いできなくて非常 に悲しい思いをしました。

 わたしたちのニースの宛先はブールバール・カラバセル 27です。

  とくにお薦めの家をここで見つけました。南向きで適当な温度ですので、わたしたちはすぐに決めたのはこの理由です。わたしはまもなく(わたしたちは明後日 に行きます)あなたの歌を受け取り、少しばかりおしゃべり――その気になれば――するでしょう。あなたは今日明快に「これは決していい会話ではない」と言 われましたけど。このことをそれほど確信していなければの話です。わたしたちが体験した困難な時期にどれほど真の価値、親切心、友情を評価することを学んだが理解されるなら、あなたはそんなに言葉を惜しむことなく、あなたの書かれた声を聞かせてください。あなたは楽に良い手紙を書き、あなたの手紙はいずれも貴重な贈り物であることを知るべきです。事実は、わたしたちはあなたを非常に愛しています。とすれば、多少の煩わしさはいとうべきではないでしょう。

  あなたには歌をできる限り早く送っていただきたいのです。それから、これを今後自分の自由にしても構いませんね。わたしは今ではずっと時間があります。わ たしたちが契約した人は――悲しいことですが――優秀な介護人となり、わたしの義務を免除してくれます。ハインツは徐々に松葉杖の使い方をおぼえ、いつものように、上手に利用する努力をしてきました。わたしは時々感ずるのですが、月に向かって叫びたくなります。わたしは地より出でて地に帰ります。再び、幸福で快活になりたい気持ちを抑えられません。結局、この懇願は共通の本能です。

 あなたは毎年イタリアに行きます。ニースには来られませんか。あなたに忠実な夫婦を幸せにすることでしょう。

ヘルツォーゲンベルク夫妻より!

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226.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ

[ウィーン、1888年9月]

 親愛なる奥様へ

 あなたのお手紙はウィーンの私のもとに届きました。これはトゥーンに届いた――あなたはバーゼルに――その間私は戻る途中でベルンとチューリッヒの間を散策していた。私はこの不毛の問題を追求する気はありません。まったくじれったい話です。あなたの葉書は長い別れの挨拶になっています。私に関する限り、手紙を書くことは大した慰めにはなりません。

 しかしいずれにしても、あなたの宛先がいただきたいのです。そして――しかし、これは決していい会話ではないことは同意していただけると思います。状況を折にふれ知らせてください。あなたを知る人は皆関心があるし、同情しています。私に関していえば、その筆頭です。

 私が無価値な歌の本を数冊送ったとしても、行かれるときには置いて行かれるかもしれません。私がまたハインツと衝突したことを知れば、多分あなたの関心を引くでしょう。――私はグロートの「秋(Herbst )」(1)に挑戦しています。取り組むのは困難でうっとうしいものです。

 私は荷をほどいているところで、あたりは混乱しています。雑然とした手紙になり許してください。どうか私に一言お手紙を下さい。私のことを優しく考えてください。

大変誠実なあなたのJ.Br.より







(1) 「秋(Im Herbst)、作品105第5曲」。

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225.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ

[トュン、1888年6月12日]

 あなたがシュツットガルトに行く計画を少し早くに知っていたら、私も行きたくなったでしょう。実のところ私はあなたにぜひ実行されることをお薦めすることで満足しなければなりません。私はたくさんのお友達に会える事を知っているだけにぜひお薦めします。

 私は確定的な事は何も知りませんが、コンチェルト(1)は第二日に入っています。その後であなたの所にたどり着きます。この曲は恥ずかしがり屋ですぐには行けなかったのです。

 それで計画を立ててください。シュツットガルトで休養と気晴らしをなさってください。――あなたのハインツによろしく。またお便りを下さい。

あなたのJ.Br.より

 注記――私は数日外出しています。







(1)「二重協奏曲、作品102」は音楽祭(1888年6月)の二日目に、インマヌエル・ファイスト(Immanuel Faisst)指揮の下で、ヨアヒムとハウスマンにより演奏された。

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224.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ

[トュン、1888年6月7日]

 あなたはまだこの住所(1)ですか。ハインツはいかがですか。先の手紙を書いてから、私はイタリア、両海岸とローマ(2)で非常に美しい時を過ごしました。こんなに多くの手紙や物が目の前になければ、どんなに見事であったか書くところですが。私はお二人の健康について知りたいのです。少しでも時間の余裕があれば(宛先はトュンだけで)書いてください。私はいつものきれいな部屋に落ち着いていますが、あなた用に建てた家に思えます。

いつも誠実なあなたのJ.Br.より



(1) 葉書の宛先はミュンヘン、ヘス・シュトラーセになっている。

(2) ブラームスは5月をイタリアで過ごした。彼の6度目のイタリア訪問である。彼はウィドマンとヴェローナでおちあった。ウィドマンはこれまで行っていない町の案内役を務めた。ブラームスは彼と一緒に夏の休暇のためにトゥンに戻った。ウィドマンの「ブラームスの想い出(Brahms Erinnerungen(pp.144-158))」にはボローニャ、リミニ、サン・マリノ、アンコーナ、ロレート、ローマ(フラスカーティ、ティヴォリ、ダンチオ)、フィレンツェの旅行の出来事を魅力的に描写している。

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223.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ

[ウィーン、1888年4月22日]

 申し訳ないですが、ゴンペルツ夫妻はこの物件を考えてはいません。ですから、待っていないで他の人に当たってみてください。私はいつも小さな家のことを人に話しています。本当です。私はマイニンゲン公夫妻が宮廷の女官たちを慰安するためにこの家を借りてくれたらと希望していました。私のでも他人のものでも、あなたに楽しんでいただける何か良い物があればとは思っています。ですが視線のさまようところはいずれもゴミです。メーデーと夏が快適でありますよう。

誠実なあなたのJ.Br.より

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