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186.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ
ベルリン、1886年2月26日
親愛なる友
わたしはあなたの心優しい葉書が欲しいのです。魅惑的なホ短調にもかかわらず、ライプツィッヒ(1)から帰って急に憂鬱になりました。古き良き時代の後では、やっと生きていくだけの手当では満足できなかったのです。良い地位から追われたような気持ちでした。ああ、フンボルト・シュトラーセ。ツァイター・シュトラーセ。ああ、ここですら。汝の梢のなんと暗いことか(2)。 すすけた町の一訪問者として押しのけられ、ハウフェ・ホテルにいる親愛なる人物に面会もできないのは――家で面倒をみることも、コーヒーを沸かすことも、 家に迎えてくつろいだ話をすることも――あまりにも気の重いものでした。わたしは呆然として、大好きだったはずのヴァッハ家の贅沢な昼食の時間も楽しくありませんでした。とくに、ホ短調に熱狂してあなたのところに押し掛けることは不可能に思われました。それ以外の場合では、忍耐強く、防御を破り、私が感じていることを痛感させることには成功しました。一度となく手紙を書いていますから、あなたはすべて理解していたと思います。ただ、それを言って、口頭で感 謝し、握手をすれば満足なのです。しかしあなたの場合には、その機会をうかがい、大胆に突撃しなければなりません。行動中のあなたを捉えるなんて、とくに わたしのようなへまな女には絶対無理です。わたしが真剣にそうしたいことをあなたは知っています。ですからわたしは、この最近作の創作でわたしたちの人生 を豊かにしてくれたことに当然の感謝を表明できたらと思っています。しかし、それはさておき、あなたの優しい笑顔でこれを読まれ、わたしたちの幸福を考え て喜んでくださることを想像することにします。
あなたはシューベルトの件を考えすぎです。考えてもご覧なさい、女学生にへつらうようなものではありませんか。わたしはその頃、あなたが盗む価値のあると思われるものはなんでも手に入れることができました。わたしがあなたに差し上げたとのは――事実あなたに「アンセルモ」(3)を 差し上げました――そうしたらいいと思ったからです。でもどうぞ送り返さないでください。それではわたしは本当に傷つきます。それよりすてきなブラームス の自筆原稿を頂戴できませんか。いいですか、わたしは受け取れるものは何でもいただく気でおります。――なぜいけないのですか。あなたは数多く下さいまし たので、わたしはもう赤らめたる頬なぞありません。わたしは正真正銘のモルモットです。あなたの成果が上がれば上がるほど、わたしは幸せというものです。 でもわたしの忘恩を非難する理由はないはずです。わたしのような宿無しがどうやってベートーベンを持つのですか。たとえ受け取るべきとしても、わたしがお返しできるのは限りない尊敬の念ですが、あなたはそれには無頓着です。
ヴィッケンブルク家がシューベルトを売りに出す話を聞いても驚きはしません。この世代の人には敬虔さもないし、気が咎めることもないのです。オルシニス家はベンベヌート・チェルリーニのドアの鍵を売ったではありませんか。所有者の手にあったからといって財産になりますか。でもヴィッケンブルク家には結局音 楽的伝統がないのです。売りに出されてもわたしは気にはしません。それなりの事情がおそらくあって、そうせざるを得なかったのでしょう。子供のある人は非 実用的な綺麗事を言っておれないのです。これはなくて幸せに思った唯一のことです。心からの願望にたいしてわたしたちは少なくとも非実用的であることが可 能でしたし――実際そうです。
昨日ヨアヒム家で、協奏曲の好きなさわりを弾いてくれとお願いしました。
{楽譜挿入}(4)
B. ではどうしても上手く弾けないところです。あなたがいて彼に言うときにはかなり上手く演奏できます。彼は洗練された演奏家ではありません。なぜなら、あのフリッチュが彼をあなたの協奏曲の「無条件で最高に相性のいい解釈者」だというのですから。ブルックナー熱を傍観したときと同様、こんな大間違いを聞くたびに腹が立ちます。わたしはあなたの冷静さに敬服します。セント・ジョージのように人々に降り下り、怒鳴りつけないのが不思議です。わたしたちはヨアヒムに(要請で)ブルックナーのホ長調を弾きましたが、哀れになって止めました。この病気がどれほど深く根を下ろしているかいい例をあげましょう。シュピッタのところで学んでいるウィーン出身の若者が彼にひどく不満をもらしました。世間はまだ若いブラームスを小さな神様にしているのに、高齢のブルックナーの偉大な天才を認めていないというのです。これ以外の点ではこの若者は熱心でいい学生なのです。
すこしは神聖な憤りを覚ますつもりでわたしは申し上げております。
さようなら。親愛なる友人。夏――夏――が到来したら、わたしたちが小さな家を持っていることを思い出してください。かまわなければ、あなたのことで騒がせていただきたいのです。
ハインリッヒからの愛をあなたに。彼はゲバントハウスのコンサートでわたしの後ろに座っていました。わたしはとくにさわりの所で何度も振り返りましたか ら、みなさんは頭がおかしいと思ったかもしれません。でもわたしたちはたまたま「正しい」所に座っていたのです。ここでは関心を示すのは不作法とされています。昨年、ゲバントハウス・コンサートの幕開けで、あなたの崇拝者であるライプツィッヒの少女が耳にしたのですが、別の少女が「音楽はデコルテより二倍 も良かったでしょう」と言ったそうです。
この取って置きのお笑いで閉じることにします。わたしはこのお話をこれ以上直せませんから。
今後とも優しくわたしたちのことを考えてください。
ヘルツォーゲンベルク夫妻より
注
(1) ブラームスはゲバントハウスでホ短調交響曲を指揮した。ブロドゥスキーは同じコンサートでバイオリン・コンチェルトを演奏した。
(2) ”O Tannenbaum, O Tannenbaum, wie gr??n sind deine Bl??tter“ から。
(3) シューベルトの「アンセルモの墓にて(An Grabe Anselmos)」の写本。
(4) バイオリン・コンチェルトの総譜の60ページ第3小節。
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