ヘ短調作品34

ルブランの回想録の link 先はゲストブックを御覧ください。

ヘルツォーゲンベルク書簡集

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266.ブラームスからヘルツォーゲンベルクへ

[ウィーン、1892年3月19日]

 親愛なる友へ

昨日のいただきました小包深く感謝します。この美しい感動的な楽譜(1)をお友達に送られるのはなんと幸せなことでしょう。多くの質問がどれだけか寄せられることでしょう。作品自体はもちろんのこと、私なんぞはその存在すらも知りませんでした。もっともあなたの歌曲の一、二曲は奥さんに由来しているとはうかがっていましたが。

私は歌曲(とくにセルヴィア歌曲)を調べてみましたが、無駄でした。どれが奥さんのものか決めかねました。

あなたは彼女の友人たちに、彼女の手紙の抜粋を発表することを許可されたいのでしょう。私は彼女の手紙を、人生のもっとも貴重な想い出として、機知と感受性あふれる本質的価値のゆえに一番大事に保管しています。しかしこれらの手紙は私個人に宛てられたものです。私だって、彼女の他の手紙、他人を論じた手紙をぜひとも読みたい気持ちはありますよ。

今年の春の計画はまだ立ってはいません。フィレンツェ、シエナ、オルヴィエトを考えますが、あまり興味がわくものではありません。でもあなたが行かれるのであれば。私もその気になるかもしれません。

今年の夏はどうされます。オーストリアのご家族があなたを引き留めるでしょうか。

さて。今日はそのくらいにして。心からの感謝とご挨拶を。

あなたのJ.Br.より







(1)彼女の死去の後、ヘルツォーゲンベルクはエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクによる「8つのピアノ曲(Acht Klavierst??cke )」を出版した。曲集は彼女の友人に献呈されている。この中にはフラウ・エンマ・エンゲルマン-ブランデス(Frau Engelmann-Brandes )、フラウ・リリー・ヴァッハ、旧姓メデンデルスゾーン・バルトルディー(Frau Lili Wach geb. Mendessohn-Bartholdy)、フラウ・ヘドウィク・フォン・ホルシュタイン(Frau Hedwig von Holstein) 、フロイライン・ヨハンナ・レントゲン(Fr??ulein Johanna R??ntgen)、クララ・シューマン(Clara Schumann)の名前があった。第6曲は献呈されていないが、第7曲は作曲者の死去の前にフラウ・ルイーゼ・フォン・ベツォルト-エンゲルマン(Frau Luise von Bezold-Engelmann)に献呈されている。

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265.ブラームスからヘルツォーゲンベルクへ

[ウィーン、1892年3月6日]

急ぎに手紙で失礼します。あなたの宛先は同じですか。私はあなたに小品の総譜(1)を二つ送りました。ペーターはずいぶん前に送りましたが、私はベルリンに送られたものと推察します。押しつけがましくて申し訳ありません。ご挨拶のつもりと考えてください。

いつまでもあなたのJ.Br.より




(1)13のカノン、作品113。

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264.ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ

[フィレンツェ、1892年2月2日]

 私のそばに居てくださることで私にも元気がでることでしょう。私たちは私の愛妻の想い出を共有しております。私たちは共に楽しく集う時をいつも勘定していなかったでしょうか。ライプツィッヒ、ケルンテン、ザルツブルク、ツァイツァー・シュトラーセで共に過ごした幸福なクリスマスの日々。

{楽譜導入}(1)

――私の考えがさまようあらゆる場所で、あなたは記憶すべき時に私たちの人生の織り込まれておりました。私たちはこの想い出で生きてきました。あなたは実生活以上に私たちの想いの中で大きな空間を占めてきました。

 その時々の事についてすべてお話しできますが、最後の残酷な一週間だけは勘弁してください。彼女の苦痛は今なお私を悩ませ、私は自分を支えることも、紛らわすこともできません。苦悩で私のおかれた位置を確認する時間もなく、うなされないようにと、私はただ仕事に打ち込んでおります。

私には隠遁僧の生活が合っていますので、当地には五月までとどまります。私はヒルデブラントと時々会います。彼は暗黒の日々兄弟のような存在でした。妻の死亡の一週間前に、私の義母が死んだことをご存じですか。どちらも互いの状況を知りませんでした。私はリーズルには秘密にしてきました。恐るべきことでした。気が狂っても不思議ではありません。

エプシュタインに会われたら、この事をお伝えください。また私からよろしくとの伝言をお願いします。現在は手紙を書く気がしません。

この春にはイタリアにはいらっしゃる予定はありませんか。ご一緒できれば幸いです。ささやかなる友情を今後ともお願いします。

いつまでもあなたのヘルツォーゲンベルクより

ヴィア・デイ・バルディ 22





(1)バイオリン・ソナタ、作品78の主題。ブラームスはこの写本を1878年8月にザルツブルクに持参した(書簡62と63)。

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263.ブラームスからヘルツォーゲンベルクへ

[ウィーン、1892年1月]

 親愛なる友へ

 私はあなたのことを思い手紙が書けません(1)。今の私の気持ちをうまく表現しようとしても無駄です。あなたは悲嘆にくれ、ただ沈黙を守り、人の話も望まずにただ一人腰をおろしているでしょう。

 どうか信じてください。あなたを想うとき、私は悲しみと深い同情で心がいっぱいです。おたずねしたいことが限りなくあります。

 お分かりとは思いますが、奥さんを失ったことで、私は声も出ないほどの苦しみを味わっております。あなたを思う時の私の感情をお測りいただけるものと信じます。あなたは彼女ときわめて堅い人間的絆で結ばれておりました。

 あなた自身と他の人を考える気になられたら、あなたの健康だけではなく、どうかお知らせください。どこで、どのようにして人生を生きて行かれるおつもりでしょう。

 今はただ、私はあなたの隣に座り、あなたの手を押さえ、素晴らしい女性を共に想うことにします。

あなたの友人J.ブラームスより







(1)ブラームスはフラウ・フォン・ヘルツォーゲンベルク死去(1892年1月7日)の知らせを電報で受け取った。5月10日からこの日までの手紙は存在しない。

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262.ブラームスからヘルツォーゲンベルクへ

[ウィーン、1891年5月10日]

  小包を感謝します。ちょうど良い時に着きました。待ってください。この曲は私自身のレクイエムが完成したように響きます。いや。イシュル行きの私の荷箱は梱包してあるので、その上に置くことにしましょう。あなたのお骨折りの果実を賞味させていただきます。私は幸い暇にしております。奥さんはあなたと一緒にライプツィッヒに行かれたと聞いております。とすれば、良くなられたに違いありません。一緒に楽しい時を過ごすことができます。私はあなたと北海に行きたいのですが、私は怠け者ですから、イシュルにとどまることになるでしょう。

 ではよろしく。良い夏休みでありますように。

あなたのJ.Br.より

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