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241.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ [フィレンチェ、1889年5月14日] 親愛なる友へ わたしたちは大喜びで、フラウ・シューマンからあなたの伝言と良い知らせを聞きました。あなたはわたしたちに会いたいのですって。ではその目的で旅行を計画しなくては。わたしたちがグラーツに立ち寄るのであれば、そこに来てもいいし、今年の夏の家からも遠くないので、ベルヒテスガーデンに喜んで行くというのですね。約束を守ってもらいますよ。そのつもりで行動してください。グラーツよりはリスレイに来ていただいた方がずっと良いですよ。グラーツは親戚をほんの短い期間訪問するだけで、わたしたちの部屋も満足にありません。でもリスレイでしたら、快適な部屋と立派なベッドもあります。そこへついにあなたをお迎えできるとはなんと嬉しいことでしょう。わたしたちの運命の支配者シュミット博士が反対しませんので、わたしたちは六月の終わりか七月の始めに移ります。急いで書きますので、まもなくご返事をいただけるものと期待します。 フラウ・シューマンをこちらとニースでお迎えして、わたしたちは非常に楽しい時を過ごしました。でも彼女が少し骨休めされて土地の美しさもっと満喫できたらとは思いました。この方は人より10年分は多い責任を背負ってきました。不潔や嘘や不快も無視してイタリア人と完全に楽しく過ごしたら、だれでも陽気になれるのですが、苦労のせいでしょう、彼女の気性は明朗ではありません。たとえ強烈ではあっても、新しい多くの印象を吸収するには、彼女の周遊券が――ぞっとする発明――許す以上の暇が必要です。シニュレルリだかヴェロッキオの前で哀れな格好で座っているのを見ました。彼女は手を神経質にこすり、情熱を感じようと強く試していました。間違いなく感受性のある方なのに、彼女は何にも熱中できませんでした。実は、徹底した修業を経て、最高の芸術を評価できるようになるのです。わたしたちはこの世の多くのことを学ぶために7年間奉仕しました。しかし、この偉大な方がいったん理解すると、彼女の美しい灰色の目は感動で潤み、若々しい情熱で光り輝きます。わたしたちはこの目が見たいのです。この彼女のまれな幸福の瞬間にわたしたちは大喜びしました。彼女はサン・フランチェスコのヒルデブラント(1)に会いに行き、彼の新作を見たときにはずっと楽しそうでした。あなたも彼に会って彼の作品を鑑賞すべきです。 あなたのニ長調(2)についてどれほど話をしたか想像できますでしょう。お互い他人の言葉を先取りしてしゃべりました。フラウ・シューマンはこの高貴な曲をアマンダ・レントゲンと演奏し、アマンダが大変お気に召したようです。 昨日ライプツィッヒで、あらゆる好意を演奏に注いで、ハインリッヒの雅歌(3)がオーケストラなしで演奏されました。ハインリッヒは――賞賛されたことがない――バッハ・フェラインの1ヤードもの電文に大いに喜んでいました。その件についてあなたからは一言も聞いていませんでしたが、いっそう嬉しかったのでしょう。ルドルフの3月の公演(4)も非常に良かったそうです。 ここで止めなくては。ここでは時間がほとんどありません。ハインリッヒからよろしくとのことです。彼はあなたとリスレイで会えると思っただけで興奮しています。あなたの一番適した時をお知らせください。わたしたちの山に来ればよいのです。ではご機嫌ようといって傲慢なスイス(5)を後にすべきです。 ヘルツォーゲンベルク夫妻より ヴィア・ポンテ・ア・EMA リッコルボリ. (1)彫刻家。1874年以来、フィレンツェに在住。 (2)バイオリン・ソナタ第3番。 (3)ヘルツォーゲンベルク、作品60。 (4)ベルリンのStern Gesangverein で。 (5)ブラームスのトゥーン(Thun)の家は台無しになった。アール川(Aare)の堤沿いの新しい散歩道が家の窓の真下にできた。他人、特にイギリス人の観光客が彼の演奏を聴こうとして立ち止まってしまうのである。
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