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今日のドイツ語の詩はヴェデキントのErdgeist (地霊)である。ヴェデキントという名前も「春の目覚め」という小説と結びついて記憶していた。アルバン・ベルクがオペラ化に挑戦した「ルル」の原作者であることも知ってはいる。この度Lulu のフォーラムの資料を Web で見た。長大な資料なのでとても読めないが、ヴェデキントの劇「地霊」の議論の中で、同名の詩「地霊」があった。そして「地霊」なるものの一般的解説があった。 <<「地霊」とは北欧サガに登場する、地下深く宝を監視している小人である。いろいろ姿を変えることができる。女の場合は通常美人であり、男の場合は醜悪である。>> このサガと直接関係はないだろうが、錬金術師のバラセルススは世界を構成する四要素、水、火、空気、土にはそれぞれ霊があると主張したそうである。またヴィーナス(女性原理)は地霊である。またハインリッヒ・ハイネは、この説を擁護し、タンホイザー伝説を落ちぶれたヴィーナスと結びつけた。 結局、劇「地霊」と詩「地霊」との関係は明瞭ではなかった。娼婦ルルは地霊の化身として登場したのかどうかも分からなかった。この程度の知識で訳詩に挑戦するのが私の道楽である。いずれ誤訳ははっきりするだろう。そのときは改訂版を掲載しよう。 Erdgeist Greife wacker nach der Sünde; Aus der Sünde wächst Genuß, Ach du gleichest einem Kinde, Dem man alles zeigen muß. Meide nicht die ird´schen Schätze: Wo sie liegen, nimm sie mit. Hat die Welt doch nur Gesetze, Daß man sie mit Füßen tritt. Glücklich wer geschickt und heiter über frische Gräber hopst. Tanzend auf der Galgenleiter Hat sich keiner noch gemopst. Frank Wedekind 地霊 勇気をふるって罪を犯すのだ 罪を犯して喜びが生ずるのさ。 お前さんは教える必要がある そこらの子供と同じだね。 地上の富に躊躇することはない そこにあれば盗んでくるのさ。 世間には法律があるが そんな物は踏みにじるのさ。 向いているのは器用で身が軽く 出来立ての墓の上で跳びはね 絞首台の階段で踊りまわり いつまでも飽きない奴さ。 フランク・ヴェデキント 絵は John Cpllier のヴィーナスにひざまずくタンホイザーである。
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独詩和訳
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ヘルダーリンは発狂して以来、文学愛好家で彼の崇拝者であった大工と家族の世話になり、ネッカー川を見下ろす塔にこもって長い晩年を送った。ブリタニカでは短くて、断片的な詩を十数篇書いたとある。彼を有名にした大作よりも、世俗的には不毛の晩年の詩がトラークル等世紀末の詩人に影響を与えたそうである。彼については何も知らないが、今日の詩が晩年の一編なのかどうか。 Hälfte des Lebens Mit gelben Birnen hänget Und voll mit wilden Rosen Das Land in den See, Ihr holden Schwäne, Und trunken von Küssen Tunkt ihr das Haupt Ins heilignüchterne Wasser. Weh mir, wo nehm ich, wenn Es Winter ist, die Blumen, und wo Den Sonnenschein, Und Schatten der Erde? Die Mauern stehn Sprachlos und kalt, im Winde Klirren die Fahnen. Friedrich Hölderlin 人生の片側 梨がたわわになり 野バラ咲き乱れる 海に浮かぶ島 白鳥は口づけに酔い 愛らしき頭を沈める 動かざる聖なる水。 悲しいかな、冬になれば 何処にて花を摘み 何処にて陽光と 日陰を求めん? 無言の城壁は 風に向かい 冷ややかなる旗の音。 ヘルダーリン 写真は狂気の人生を送ったヘルダーリン・チュルム(Hölderlinturm)である。 後記 「緑の森」さんのコメントにより、明白な入力ミスに気付くと同時にヘルダーリンをかじってみた。知らないことばかりであった。ただこの詩の最初の行を入力してみると、ヘルダーリンが通ったラテン語学校が今はヘルダーリン・ギムナジウムとなり、この詩を教材にした授業の資料がウェブにあった。資料の最後に3通りの英訳があった。 私の訳詩は満足すべき物ではないが、一つ気になっていた部分がやはり誤訳であることがわかった。それは Und Schatten der Erde? である。つい木陰と訳したが、さらに冬の風を避けるための陰であるらしい。 もう一つは Klirren die Fahnen である。Klirren は相良編の独和辞典を調べたところ、カタカタ鳴る音、擬声語とあった。Fahnen は5番目ぐらいに風見旗という訳があった。布の旗は金属的な音を立てない。ここは英訳に従って風見鶏にすべきであることがわかった。風見鶏により前半の白鳥との対比が明確になり、納得できた。 そういうわけで訳詩の後半を改定する次第である。このきっかけを与えてくださった「緑の森」さんのコメントに感謝する次第である。なおこの詩は1805年にシラーが彼の主宰する雑誌に掲載されているとのこと。制作の年は分からないので、発病後の詩かどうかはまだ定かではない。 人生の片側 梨がたわわになり 野バラ咲き乱れる 海に浮かぶ島 白鳥は口づけに酔い 愛らしき頭を沈める 動かざる聖なる水 悲しいかな、冬になれば
何処にて花を摘み 何処にて陽光を求め 風を避けん? 無言の城壁は 風に向かい 冷たき風見鶏の音。 |
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私が十数年前にはドイツに行った時には、クララ・シューマンの紙幣があった。私が覚えているくらいだから、大した金額ではないだろう。私はドイツ女性で初めて紙幣にのったのは、クララだと思いこんでいた。だがもう一人いたのである。それは今日紹介する、19世紀前半に活躍した女流詩人アンネッテ・フォン・ドロステ・ヒュルスホフである。彼女は切手にもなっていることをドイツのウィキペディアで確認したが、私には初めて聞く詩人である。 内容は当たり前のことで、自戒の念を込めて書いた詩であろう。彼女の真骨頂は、彼女が生活した北海に面する北ドイツの荒涼たる湿地帯の風景の描写に特徴があるそうである。また訳に挑戦してみよう。 今日は所用があるので早めに投稿する。 An meine Mutter So gern hätt‘ ich ein schönes Lied gemacht, Von deiner Liebe, deiner treuen Weise, Die Gabe, die für andre immer wacht, Hätt‘ ich so gern geweckt zu deinem Preise. Doch wie ich auch gesonnen mehr und mehr, Und wie ich auch die Reime mochte stellen, Des Herzens Fluten rollten drüber her, Zerstörten mir des Liedes zarte Wellen. So nimm die einfach schlichte Gabe hin, vom einfach ungeschmückten Wort getragen, Und meine ganze Seele nimm darin; Wo man am meisten fühlt, weiß man nicht viel zu sagen. Annette von Droste-Hülshoff 母に捧げる お母さんの愛情や誠実な振る舞い きれいな詩にするのは楽しかった。 次々に湧き出てくる贈り物 褒められて、私はつい詩作に励んだ。 でももっと書こうと思うほど 韻を踏もうと思えば思うほど 心の笛は上滑りしてしまい 詩の波の形を壊してしまう。 単純素朴な贈り物を受け取って 単純な飾りのない言葉から 私の心を汲み取ってほしいの。 感じたことを多く語らないもの。 アンネッテ・フォン・ドロステ・ヒュルスホフ
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戦後ドイツ・イタリア合作でアルプスを背景にタリアビーニが歌い日本ではヒットした「忘れな草」という映画があった。ひょんなことから作者不詳としてグーテンベルクに抄録された原詩があった。さらに替え歌だろうが、脚韻をいじり、方言を入れ替えたとだけの似たような詩があった。 あいにく上田敏の「海潮音」に訳があるとういう。それでももう怖いものなしの年寄りはトライしてみた。題名は意外なことに Das Vergißmeinnicht ではなく、Der Veilchen であった。スミレ色というのも民族によって受け取り方が違う。ここは「忘れな草」としておいた。もうひとつの版は、忘れな草とはいっていないので「青き花」としておいた。直訳を心がけたが、「青き顔」だけは避けたいと思い、「青き花」にした。 Der Veilchen Auf dem Berge steil und trutzig Blümlein angewachsen hat sich, ist ganz blau von Angesicht und es heißt Vergißmeinnicht. Anonym 忘れな草 高く険しき山の頂 咲き乱れる小さき花 清みて碧き花の色 名は「我を忘るな」 作者不詳 kleines Baum gewaxen hot sich. Immer blau ist sein Gesicht Wie er haißt - das weiß ich nicht. Fritz von Herzmanovsky-Orlando 青き花 緑の大いなる牧場 小さき木生えたる。 永久に青き花の色 我はその名を知らず。 フリッツ・フォン・ヘルツマノフスキ・オルランド
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今日はフリードリヒ・リュッケルトの「棘のせいで(仮題)」である。リュッケルトは作曲家に愛好され、歌曲になったが、この詩は誰も作曲してないようである。 バラは棘があるから自身を守り、花を咲かせてられるというのでは面白くない。リュッケルトは一ひねりして、彼独特の生態系理論を展開した。棘のおかげでバラはナイチンゲールの歌が楽しめる。だからバラの花は咲くのだそうである。 Ursprung der Rose Den Rosenzweig benagt ein Lämmchen auf der Weide, Es tuts nur sich zur Lust, es tuts nicht ihm zuleide. Dafür hat Rosendorn dem Lämmchen abgezwackt Ein Flöckchen Wolle nur; es ward davon nicht nackt. Das Flöckchen hielt der Dorn in scharfen Fingern fest; Da kam die Nachtigall und wollte baun ihr Nest. Sie sprach: "Tu auf die Hand und gib das Flöckchen mir, Und ist mein Nest gebaut, sing ich zum Danke Dir. Er gab, sie nahm und baut, und als sie nun gesungen, Da ist am Rosendorn vor Lust die Ros entsprungen! Friedrich Rückert 棘のおかげ 牧場の子羊はバラの枝をかじるが 食べたいからで、苦しくはない。 バラの棘が子羊から得るものは 毛クズ。でも子羊は裸にならない。 棘は鋭い指で毛クズを握り締める。 ナイチンゲールはここで巣を作る。 鳥はいう。「手にしている手クズをくれたまえ 巣ができたら、君に感謝して歌うよ」 バラは与え、鳥は受け取り、歌う だからバラは喜んで棘から咲き出る! フリードリヒ・リュッケルト
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...

