ヘ短調作品34

ルブランの回想録の link 先はゲストブックを御覧ください。

エミール・ネリガン

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

今日のエミール・ネリガンは “Coeurs blasés” 邦題を「倦んだ心」とした。私のフランス語の実力のせいもあるだろうが、文化的な意味でよく理解できなかった。「青白き天使」とは「死の天使」と言い切れるのか。そうであれば「青白き天使」は「左」に来ることは死を意味する。「青白き天使」おそらく右手を使って誘導するであろう。私は文脈からそう解釈したが、調べ切れなかった。

絵はデューラーの銅版画の「メランコリー」である。私には寓意が分からない。羽根があり、あまりお会いしたくないタイプの天使であるので選んだ。

Coeurs blasés

Leurs yeux se sont éteints dans la dernière Nuit ;
Ils ont voulu la vie, ils ont cherché le Rêve
Pour leurs coeurs blasphémants d'où l'espoir toujours fuit.
Ils n'ont jamais trouvé la vraie et bonne sève.

En vain ont-ils tué l'âme dans la débauche,
Il reste encore, effroi ! les tourments du Remords.
L'Ange blême se dresse et se place à leur gauche,
Leur déchire le coeur râlant jusqu'à la Mort.

Emile NELLIGAN (1879-1941)


倦んだ心

昨晩彼らの目の輝きは消えた。
彼らは人生と希望が必ず去る
彼らは冒涜の心に夢を求めた。
真実も成果も得られなかった。

空しく放蕩に憂さを晴らしたが
残ったのは恐怖!慙愧の念だけ!
青ざめた天使が彼らの左に来て
彼らは絶望し喘ぎながら死んだ。

エミール・ネリガン

イメージ 1

今日のネリガンはある古い教会(フィクションであろうが)で見たディプティック(両開きの祭壇画)の神聖なる絵を解説する。幼子イェスが百合の花を聖母マリアに差し出すという平凡な題材の絵でもネリガンは上手く処理したであろう。だが今日のネリガンの幼子イェスは「お手伝い」をする感心な子供を通り越して、人類の贖罪のために生を受けた使命を果たすべく、辛い労働に励んでいる。早熟なネリガンのように気負った幼子イェスである。

もちろんこの詩に相応しい絵を知らない。不勉強だが、フランドルの画家にそんな絵があるとは思えない。労働と関係しているイェスというとついラファエル前派のミレイ Millais (1829 – 1896)の聖家族の絵を思い出してしまう。この絵ですらイエスは幸福そうである。

Diptyque

En une très vieille chapelle
Je sais un diptyque flamand
Où Jésus, près de sa maman,
Creuse le sable avec sa pelle.

Non peint par Rubens ou Memling,
Mais digne de leurs galeries ;
La Vierge, en blanches draperies,
Au rouet blanc file son lin.

La pelle verdelette peinte
Scintille aux mains grêles de Dieu ;
Le soleil brûle un rouge adieu
Là-bas, devers Sion la sainte.

Le jeune enfant devant la hutte
Du charpentier de Nazareth
Entasse un amas qu'on dirait
Etre l'assise d'une butte.

Jésus en jouant s'est sali ;
Ses doigts sont tachetés de boue,
Et le travail sur chaque joue,
A mis comme un rayon pâli.

Quelle est cette tâche sévère
Que Jésus si précoce apprit ?
Posait-il donc en son esprit
Les bases d'un futur Calvaire ?

Emile NELLIGAN (1879-1941)


ディプティック

すごく古い教会で僕が見た
フランドルのディプティック
イェスがお母さんのそばで
シャベルで砂を掘っていた。

ルーベンスやメムリンクの
作品でないのに合っていた。
処女マリアは白い衣を着て
糸車回しイェスの麻を紡ぐ。

うす緑で描かれたシャベル
主のか細い両手に光り輝く。
別れ告げる太陽は赤く燃え
シオンの山の手前には聖母。

幼子のイェスはナザレトの
大工の仕事場の小屋の前
まるで丘のように積み上げ
その小山の上に座っている。

イェスは遊んで汚れている。
彼の指には泥がついている
そして両方の頬から疲労が
青白い光のように出ている。

こんな厳しい疲れの跡とは?
幼子イェスは何を習うのか?
こうまでしてイェスは未来の
ゴルゴダの丘を築くつもりか?

エミール・ネリガン

イメージ 1

エミール・ネリガンは「ショパン」に引き続き、憧れのピアノの先生を登場させた。詩に登場する人物は想像上の人物である場合がほとんどである。彼の伝記については何も知らぬに等しいが、音楽は好きだったかもしれない。詩は音楽に最も近い文学作品である。

絵はワトー(Jean-Antoine Watteau ,1684 –1721)の道化師メッツェティーノである。リュートを弾きながら恋する女性への想いを歌う道化師はフランス象徴派のお気に入りのテーマである。

Clavier d'antan

Clavier vibrant de remembrance,
J'évoque un peu des jours anciens,
Et l'Eden d'or de mon enfance

Se dresse avec les printemps siens,
Souriant de vierge espérance
Et de rêves musiciens...

Vous êtes morte tristement,
Ma muse des choses dorées,
Et c'est de vous qu'est mon tourment ;

Et c'est pour vous que sont pleurées
Au luth âpre de votre amant
Tant de musiques éplorées.

Emile NELLIGAN (1879-1941)


古い鍵盤

鍵盤は想い出に震えて
蘇えった僕の昔の記憶
僕の幼年時代の楽園は

春になるとは立ち上がり
幼い希望と音楽への夢に
優しくそっと微笑みかけた ...

貴女は死んでしまった。
黄金の女神だった貴女
僕のこの上ない苦しみ。


恋人がリュート爪弾いて
貴女を偲んで歌われた
数知れぬ悲しみの詩歌。

エミール・ネリガン

イメージ 1

今日のエミール・ネリガンは “Devant deux portraits de ma mère” 邦題は「母の肖像画」である昔の母親の肖像画と現状の母親を見比べて、一層母親への愛着の情が深まったというお話である。今回も14行詩ソネットであろうけど、十代の少年の作品として達者なものである。

絵も詩中にあるように輝くばかりに美しかったお母さんの肖像画にすべきであるが、結局現状の母親像になってしまった。今日の詩を口実にウィスラーWhistler (1834 – 1903)の有名な母親像をブログに載せたかったからである。


Devant deux portraits de ma mère

Ma mère, que je l'aime en ce portrait ancien,
Peint aux jours glorieux qu'elle était jeune fille,
Le front couleur de lys et le regard qui brille
Comme un éblouissant miroir vénitien !

Ma mère que voici n'est plus du tout la même ;
Les rides ont creusé le beau marbre frontal ;
Elle a perdu l'éclat du temps sentimental
Où son hymen chanta comme un rose poème.

Aujourd'hui je compare, et j'en suis triste aussi,
Ce front nimbé de joie et ce front de souci,
Soleil d'or, brouillard dense au couchant des années.

Mais, mystère du coeur qui ne peut s'éclairer !
Comment puis-je sourire à ces lèvres fanées !
Au portrait qui sourit, comment puis-je pleurer !


母の肖像画

僕はお母さんの昔の肖像画が好きだよ
華やかだった若い娘時代に描かれた絵
顔の色は百合のようで眼差しは輝いて
まるでヴェネティアン・グラスのようだ!

お母さんはすっかり変わってしまったね。
美しい大理石の額に皺が刻みこまれた。
結婚を祝いバラ色の詩が歌われたのに
お母さんの昔懐かしい輝きは失われた。

今日比べてみると、僕も悲しくはなるよ
顔には喜びのオーラ、悲しみのオーラ
黄金の太陽、長い年月で降りた深い霧。

それでも不思議に心が明るくならない!
この皺の寄った唇を見てとても嬉しい!
この微笑みの肖像を見てとても悲しい!

エミール・ネリガン

イメージ 1

今日のエミール・ネリガンは “Clair de lune intellectual” 「思考を照らす月の光」である。彼の思考は暗闇の中遥かなる光に照らされて、地下にも、海底にも出かけ、ついには天上にも昇る。羨ましいことである。詩の中には「月の光」は出てこないが、タイトルに「月の光」を選んでいる。彼のフランスへの傾倒ぶりが窺える。

写真は一度紹介しておきたかったネリガンの20歳ぐらいのハンサムな肖像写真である。ヴェルレーヌに会わなくて良かった。


Clair de lune intellectual

Ma pensée est couleur de lumières lointaines,
Du fond de quelque crypte aux vagues profondeurs.
Elle a l'éclat parfois des subtiles verdeurs
D'un golfe où le soleil abaisse ses antennes.

En un jardin sonore, au soupir des fontaines,
Elle a vécu dans les soirs doux, dans les odeurs ;
Ma pensée est couleur de lumières lointaines,
Du fond de quelque crypte aux vagues profondeurs.

Elle court à jamais les blanches prétentaines,
Au pays angélique où montent ses ardeurs,
Et, loin de la matière et des brutes laideurs,
Elle rêve l'essor aux céleste Athènes.

Ma pensée est couleur de lunes d'or lointaines

Emile NELLIGAN (1879-1941)


思考を照らす月の光

僕の思考を彩る遥か遠き光
地下聖堂から朧げな深淵へ。
太陽が触手を伸ばす湾から
思考に微かな命の光の点滅。

泉の嘆息に応える庭園の中
思考が息づく快い夕暮の香。
僕の思考を彩る遥か遠き光
地下聖堂から朧げな深淵へ。

思考が決して放浪に走らぬ
天使の国、情熱は高められ
思考は物質や醜悪と無縁な
天のアテネへ飛翔を夢見る。

僕の思考を彩る遥か遠き光

エミール・ネリガン

.
fminorop34
fminorop34
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

検索 検索

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事