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今日のリルケは “Traumgekrönt” 「白菊の夢」である。直訳すると、「冠を戴いた夢」となるが、花は冠に喩えられるので「花の夢」とも思ったが、意地を張るわけでもないが、最初思い付いた邦題にした。季節の詩はどうしても類型化するので易しいはずだが。 Traumgekrönt Das war der Tag der weißen Chrysanthemem, Mir bangte fast vor seiner Pracht... Und dann, dann kamst du mir die Seele nehmen Tief in der Nacht. Mir war so bang, und du kamst lieb und leise, Ich hatte grad im Traum an dich gedacht. Du kamst, und leis' wie eine Märchenweise Erklang die Nacht. Rainer Maria Rilke 白菊の夢 その日に咲いた白菊の花 その華麗さで気になった... その後深夜になるとお前は訪問し 私は心を奪われた。 私は気になり、お前は優雅になり 以来私は君を夢に見た。 お前が訪れ、夜は童話のように 優しく響いた。 リルケ
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リルケ
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今日のリルケは “Gott im Mittelalter” 「中世の神」である。ソネット形式の詩は神と人間の関係を皮肉っぽく描いている。キリストは死後よみがえり、天国に昇天したと福音書には書いてあるが、キリストは実は人々の要望で地上に残っていた。 キリストは各地の大聖堂を巡回して貴い教えを説かれた。人々はおそらく正装して、大聖堂の回りの市場も店を閉め、キリストをお出迎えしたのであろう。ところがキリストが突然やってきた。人々は大慌てした。キリストにお引取りねがったのである。こうしてキリストは天国に幽閉されたのである。 絵はピサロの描いたルーアンの町並みである。大聖堂が見える。 Gott im Mittelalter Und sie hatten Ihn in sich erspart und sie wollten, daß er sei und richte, und sie hängten schließlich wie Gewichte (zu verhindern seine Himmelfahrt) an ihn ihrer großen Kathedralen Last und Masse. Und er sollte nur über seine grenzenlosen Zahlen zeigend kreisen und wie eine Uhr Zeichen geben ihrem Tun und Tagwerk. Aber plötzlich kam er ganz in Gang, und die Leute der entsetzten Stadt ließen ihn, vor seiner Stimme bang, weitergehn mit ausgehängtem Schlagwerk und entflohn vor seinem Zifferblatt. Rainer Maria Rilke 中世の神 人々は神をそのまま傷付けまいとし 人々は神がいまし裁くことを希望し 人々は最終的には神に重しのように (神の天国に昇るのを妨げるために) 彼らの壮大なる大聖堂の重量と塊を 結びつけた。そのため神はひたすら 限りがない数の大聖堂に姿を表して 巡回して、時計のように合図を送り 行いと仕事を指示する必要があった。 だが、神はまったく突然に訪問した 青天の霹靂に青ざめた都市の人々は 神の恐ろしい声を聞き、吊り下げた 鐘を打ち鳴らして、神を他所に移し 神の時計盤から追い出したのである。 リルケ
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今日のリルケの詩は "Musik" 「音楽」である。リルケはウィキペディアではロダンを崇拝し、セザンヌに感動したとあるが、前衛音楽家との交流に触れていない。彼の好む音楽とはどんなものか、静かに流れてくるサロン音楽ではないかと思われる。到底作曲家好みの詩人とは思えない。バッハがこの詩に登場するが、脚韻の都合で登場したのかもしれない。今日のリルケは叙情的である。ドイツ語に堪能な方にはすらすら読めそう。それでも私は珍訳しているかもしれないが。 Musik Wüsste ich für wen ich spiele, ach! immer könnt ich rauschen wie der Bach. Ahnte ich, ob tote Kinder gern tönen hören meinen innern Stern; ob die Mädchen, die vergangen sind, lauschend wehn um mich im Abendwind. Ob ich einem, welcher zornig war, leise streife durch das Totenhaar... Denn was wär Musik, wenn sie nicht ging weit hinüber über jedes Ding. Sie, gewiss, die weht, sie weiss es nicht, wo uns die Verwandlung unterbricht. Dass uns Freunde hören, ist wohl gut -, aber sie sind nicht so ausgeruht wie die Andern, die man nicht mehr sieht: tiefer fühlen sie ein Lebens-Lied, weil sie wehen unter dem, was weht, und vergehen, wenn der Ton vergeht. Rainer Maria Rilke 音楽 僕は誰かに演奏して上げれたら! いつもバッハのように弾けたら。 死せる子は僕の内なる星の音が 響けば、喜んで聴きはしないか。 すでに逝ける乙女が夕べの風に 聞き入り、僕を思い、泣かないか。 僕は腹を立てていた死んだ人の 髪を優しくなぜて上げられたら... あらゆる物のはるか上を超えて 去らない物があるとすれば音楽。 確かに音楽は転換で我らが仕事を 中断するのに気付いてはいない。 友人同士会話するのは楽しいが― 音楽は声高に一人しゃべりせず 気付かぬあいだに変化している。 生命の歌曲を奥深く感じており 音楽は鳴るものにしたがい鳴り 音が鳴り止めば曲も静かに去る。 リルケ
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今日のリルケの詩は “Tränen, Tränen, die aus mir brechen” 「流れる僕の涙また涙」である。結局題名はなかったのであろう。リルケがこの時期に死に瀕するような病気になったという記述にはであっていない。死にそうな人は「死」を語らないものである。元気だったのだろう。 短いから選んだし、韻文を書く人の手の内は多少とも分かりかけてきたつもりであるが、ドイツ語の語彙は相変わらずお粗末である。たとえば” Mohr” であるが、辞書を引けば「ムーア人」である。すなわち色が黒く、異教のイスラム教徒をさす。この頃は罵倒語として使っていいのか、私には分からない。”schwarz” では韻律を損なうが。私の辞書では判断できない。 二度目になるかもしれないが、ブルーゲル父の「死の勝利」である。 Tränen, Tränen, die aus mir brechen Paris, Spätherbst 1913 Tränen, Tränen, die aus mir brechen, Mein Tod, Mohr, Träger meines Herzens, halte mich schräger, daß sie abfließen. Ich will sprechen Schwarzer, riesiger Herzhalter. Wenn ich auch spräche, glaubst du denn, dass das Schweigen bräche? Wiege mich, Alter. Rainer Maria Rilke 流れる涙また涙 パリ、1913年晩秋 流れる僕の涙また涙 嫌らしい死、僕の心臓を 握る死、その時は涙が流れるように 僕を傾けておくれ。僕はしゃべるからな 心臓を止めるこの嫌な大男に 僕がしゃべれば 死んではいないことに気付くだろう? 僕に優しくな、爺さん。 リルケ
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今日のリルケの詩は "Östliches Taglied" 「夜明けの歌」である。リルケ自身かもしれない、話者の男女関係のもつれと話者の感慨である。第一詩節は男女がともにするベッドとは何かという疑問である。なぜこんなつまらぬ疑問が生じた背景は第二詩節の「野獣が咆哮し、怒り狂っていた/吹きすさぶこの夜」が語っているように思われる。二人は一晩中大喧嘩したと解釈した。第三詩節は人間は相互に依存しているが、同様に不適合な組み合わせもある。第四詩節では人生は互いに騙し合って成立しているのだという悟りである。以上が読解力を独断で補った解釈である。 題名の"Östliches Taglied" はどう解釈したらいいのか。「東の歌」、「東方の歌」も釈然としない。東とは夜明けを暗示するような気がした。どの辞書もそれを支持はしない。"Taglied" も辞書にはない。またしても仮題になってしまった。 絵はロシアの画家イヴァン・アイヴァゾフスキーIvan Konstantinovich Aivazovsky (1817 – 1900)の「怒涛」である。 Östliches Taglied Ist dieses Bette nicht wie eine Küste, ein Küstenstreifen nur, darauf wir liegen? Nichts ist gewiß als deine hohen Brüste, die mein Gefühl in Schwindeln überstiegen. Denn diese Nacht, in der so vieles schrie, in der sich Tiere rufen und zerreißen, ist sie uns nicht entsetzlich fremd? Und wie: was draußen langsam anhebt, Tag geheißen, ist das uns denn verständlicher als sie? Man müßte so sich ineinanderlegen wie Blütenblätter um die Staubgefäße: so sehr ist überall das Ungemäße und häuft sich an und stürzt sich uns entgegen. Doch während wir uns aneinanderdrücken, um nicht zu sehen, wie es ringsum naht, kann es aus dir, kann es aus mir sich zücken: denn unsre Seelen leben von Verrat. Rainer Maria Rilke 夜明けの歌 このベッドは目指す陸地でなく 一服するための岸辺でないのか? 確実な物と言えば僕の目が眩み 興奮する君の豊かな胸だけでは? 野獣が咆哮し、怒り狂っていた 吹きすさぶこの夜、特に僕らに 驚くべきのであろうか?例えば。 屋外でゆっくり始まる一日だが 夜よりも理解しやすいだろうか? 人間は相互に依存しあっている 花弁はおしべを包み込むように。 同様に不適合はどこにでもあり 積もに積もり、互いに衝突する。 だが互いに圧力を懸けている時 ぐるりと取り囲まれて見えない 君のせいなのか僕のせいなのか。 虚偽で成立している僕らの人生。 リルケ
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



