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エリオットは都会生活者の日常を描いてきたが、「プレリュード」の時間帯は朝である。一日の始まりである。必ずしも爽やかではない黒ずんだ街の朝であるが、積極的に生きようという労働者の決意が伝わってくる。今日(9月26日)は彼の誕生日である。 Preludes I The winter evening settles down With smell of steaks in passageways. Six o'clock. The burnt-out ends of smoky days. And now a gusty shower wraps The grimy scraps Of withered leaves about your feet And newspapers from vacant lots; The showers beat On broken blinds and chimney-pots, And at the corner of the street A lonely cab-horse steams and stamps. And then the lighting of the lamps. II The morning comes to consciousness Of faint stale smells of beer From the sawdust-trampled street With all its muddy feet that press To early coffee-stands. With the other masquerades That time resumes, One thinks of all the hands That are raising dingy shades In a thousand furnished rooms. III You tossed a blanket from the bed, You lay upon your back, and waited; You dozed, and watched the night revealing The thousand sordid images Of which your soul was constituted; They flickered against the ceiling. And when all the world came back And the light crept up between the shutters, And you heard the sparrows in the gutters, You had such a vision of the street As the street hardly understands; Sitting along the bed's edge, where You curled the papers from your hair, Or clasped the yellow soles of feet In the palms of both soiled hands. IV His soul stretched tight across the skies That fade behind a city block, Or trampled by insistent feet At four and five and six o'clock; And short square fingers stuffing pipes, And evening newspapers, and eyes Assured of certain certainties, The conscience of a blackened street Impatient to assume the world. I am moved by fancies that are curled Around these images, and cling: The notion of some infinitely gentle Infinitely suffering thing. Wipe your hand across your mouth, and laugh; The worlds revolve like ancient women Gathering fuel in vacant lots. T. S. Eliot (1888-1965) プレリュード I 冬の夜が落ち着くのは 廊下でステーキがにおうとき。 六時 煙たい日々が燃え尽きる時。 そして強いにわか雨が包む 汚い屑 足元の枯れ葉 空き地の新聞紙。 にわか雨が打つ 破れたブラインドと煙突。 街の片隅では 孤独な馬車馬がイライラして踏み鳴らす。 そしてランプが点る。 II 朝が気付き始める 微かに古いビール 朝一番のコーヒースタンドに 詰めかけた泥靴で固めた おがくずの街から臭う。 この時間で始まる 着替えと同時に 思い付く手また手 そこら中の部屋で 汚いブラインドを上げる。 III 君はベッドの毛布を落としたね。 君は仰向けで寝そべり、待っていて うとうとして夜に現われる うす汚いお化けをたくさん見て 君はうなされただろう。 そいつらは天井で揺らめいていたろう。 そして世界が目を覚まし シャッターから光がもれ といのスズメの声を耳にしながら 君は街もビックリするような 街の幻を見たのだね。 座っているベッドの縁 君はそこで巻き毛の紙をとり 黄色い足の裏を 汚れた手の平で握ったよ。 IV 彼の魂は、今は街の後で 薄れゆく空をこえて伸びきり 4時、5時、6時と 絶え間なく踏みつけられた。 パイプつめる短いゴツイ指。 夕刊、それに目 確かな物を信じている 世界をすぐにも受け入れる 黒ずんだ街の良心。 僕はこれらの映像にまつわる 幻想に感動する。 限りなく優しく 限りなく苦しい事の観念。 手で口を拭い、笑うのだ。 空き地で燃料をとる老女のように 世界は回転するのだ。 TSエリオット
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TSエリオット
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ジェロンシオン 汝は若くもないし老いてもいない ただ食後の眠りのごとく 二つの夢を見ている。 うん、わしが乾いた月の老いぼれさ 雨を待ち、男の子に本を読んでもらっている。 わしは「熱い門」で闘ったこともなければ 暖かい雨の中で闘ったこともないし 塩辛い沼に膝まで浸かりカトラスを持ち上げ ブヨに咬まれて闘ったこともない。 わしの家は崩れそうだ。 ユダヤ人が敷居にしゃがんでいるのが大家さ アントワープのどっかの飲み屋でわいたのさ ブリュッセルでふくれて、ロンドンで継ぎを当て、一皮むいたのさ。 山羊は夜になると上の原っぱで咳をする。 岩、コケ、マンネングサ、鉄、糞 女は台所仕事をし、茶をわかし 夜になるとキゲンの悪い溝をつつきながらクシャミする。 吹きさらしの所にいる頭の鈍い男。 徴は奇跡と思われている。「われら徴を見んことを願う!」 言葉の中の言葉、一言では言えずに 暗闇に包まれる。この一年も早いころは キリストは虎だったよ。 転落の五月には、ハナミズキ、栗、ユダの木に花が咲く 食っちまうか、分けちまうか、飲んじまうが ひそひそ話をしていたのは 手をさすりながら、ミスター・シルヴェロ リモージュでこの人は一晩中隣の部屋を歩いた: ハカガワはティツィアーノにお辞儀をした: マダム・ド・トーンキストは暗い部屋で ろうそくの場所をかえた:フロイライン・フォン・クルプは 片手で広間にはいった。空のシャトルが 風を織りおる。わしには魂なんぞないのさ 吹きさらしの丘の すきま風の家にすむ老いぼれさ。 こんなこと知ったって、許されはしない。考えてくれ 歴史にはいろんな通り路、わざとらしい廊下や 事件があり、わしらの野心にささやいてわしらを騙し 見栄でわしらを導く。考えてくれ 歴史はわしらの注意がそれると恵むが 歴史が恵むものは混乱していて 恵んでも切望は飢え死にしている。遅すぎる恵み 信じてもいないものを恵む。信じていたとしても 記憶にしか残っていない、考え直した愛情を恵む。早すぎる恵み 拒否で恐怖が広がるまでは、なしで済むと 考えられる物を弱い手に恵む。考えてくれ 恐くても勇気があってもわしらの救いにならないのだ。 生れつきでもない悪徳を生むのはわしらのヒロイズムさ。 わしらの犯罪によって美徳がわしらに押しつけられる。 この涙は恨みをいだく木から落ちたものさ。 年が明けると虎は元気になる。わしらを食う。最後に考えてくれ わしらは結論に達してはいないのだ、わしは借家で 硬くなっているからさ。最後に考えておくれ わしはわざと芝居をしているわけではない 後ろにいる悪が煽っているわけでもない わしはこの点でまたお会いしたいと思う。 あんたの心に近づいたおかげで、わしは 恐怖、審問の恐怖で美を失うことはなくなった。 わしは情熱をなくした:持ちつづければ混ぜ物になるだけ それをなぜ持ち続けなければいけないのかね? わしは見ても、嗅いでも、聞いても、食べても、触っても感じない: あんたともっとお近付きになるには、情熱をどう使ったらいい? 小さな思案が千と詰まったこの話 冷めた興奮の効果を長持ちさせ 感覚が冷えたときには細胞を ピリッとしたソースで刺激し、鏡の破片で 多様な映像を写す。クモは作業を先延ばしするだろうか? ゾウムシは遅らせるだろうか?デ・ビルハッシェ、フレスカ ミセス・カンメルは、原子を破損し、おののく熊座の軌道の外で ぐるぐる回っていた。カモメは風に逆らい、強風のベル島の海峡で ホーン岬で飛び続け 湾が望む雪の中の白い毛 貿易風で老人が行き着く先は 眠い片隅。 家の借家人 乾いた季節の乾いた脳の思考。 TSエリオット 2.「熱い門」とはギリシャ語の テルモピュライ"Thermopylae" のことである。テルモピュライの戦いでレオニダス指揮下のアテネ・スパルタ連合軍がペルシャの大軍を迎え撃った。「熱い門」で闘わなかったとは大きな戦争に参加していないという意味である。 3.カトラスは湾曲した刀であり、挿絵はウィキペディアを参照。 4.「われら徴を見んことを願う!」はマタイ伝12章の38節にある。パリサイ人がキリストに奇跡を見せよと迫る。 5.エリオット崇拝者は以下の人名が何を意味するかと騒ぐかもしれないが、ミスター・シルヴェロ、ハカガワ、マダム・ド・トーンキスト、フロイライン・フォン・クルプ等の人名には惑わぬ方がよいという説をネットで読んだ。別に意味があるわけではなさそうだ。最後に登場するデ・ビルハッシェ、フレスカ、ミセス・カンメルも同様である。注釈者はなにもふれていない。 6.ベル島はラブラドルとニューファウンドランドの間にある島である。ホーン岬は南アメリカの最南端にある岬。
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Gerontion II
After such knowledge, what forgiveness? Think now
Thomas Stearns Eliot (1888 - 1965)History has many cunning passages, contrived corridors And issues, deceives with whispering ambitions, Guides us by vanities. Think now She gives when our attention is distracted And what she gives, gives with such supple confusions That the giving famishes the craving. Gives too late What's not believed in, or if still believed, In memory only, reconsidered passion. Gives too soon Into weak hands, what's thought can be dispensed with Till the refusal propagates a fear. Think Neither fear nor courage saves us. Unnatural vices Are fathered by our heroism. Virtues Are forced upon us by our impudent crimes. These tears are shaken from the wrath-bearing tree. The tiger springs in the new year. Us he devours. Think at last We have not reached conclusion, when I Stiffen in a rented house. Think at last I have not made this show purposelessly And it is not by any concitation Of the backward devils. I would meet you upon this honestly. I that was near your heart was removed therefrom To lose beauty in terror, terror in inquisition. I have lost my passion: why should I need to keep it Since what is kept must be adulterated? I have lost my sight, smell, hearing, taste and touch: How should I use it for your closer contact? These with a thousand small deliberations Protract the profit of their chilled delirium, Excite the membrane, when the sense has cooled, With pungent sauces, multiply variety In a wilderness of mirrors. What will the spider do Suspend its operations, will the weevil Delay? De Bilhache, Fresca, Mrs. Cammel, whirled Beyond the circuit of the shuddering Bear In fractured atoms. Gull against the wind, in the windy straits Of Belle Isle, or running on the Horn, White feathers in the snow, the Gulf claims, And an old man driven by the Trades To a sleepy corner.
Tenants of the house,
Thoughts of a dry brain in a dry season.ジェロンシオン II こんなこと知ったって、許されはしない。考えてくれ 歴史にはいろんな通り路、わざとらしい廊下や 事件があり、わしらの野心にささやいてわしらを騙し 見栄でわしらを導く。考えてくれ 歴史はわしらの注意がそれると恵むが 歴史が恵むものは混乱していて 恵んでも切望は飢え死にしている。遅すぎる恵み 信じてもいないものを恵む。信じていたとしても 記憶にしか残っていない、考え直した愛情を恵む。早すぎる恵み 拒否で恐怖が広がるまでは、なしで済むと 考えられる物を弱い手に恵む。考えてくれ 恐くても勇気があってもわしらの救いにならないのだ。 生れつきでもない悪徳を生むのはわしらのヒロイズムさ。 わしらの犯罪によって美徳がわしらに押しつけられる。 この涙は恨みをいだく木から落ちたものさ。 年が明けると虎は元気になる。わしらを食う。最後に考えてくれ わしらは結論に達してはいないのだ、わしは借家で 硬くなっているからさ。最後に考えておくれ わしはわざと芝居をしているわけではない 後ろにいる悪が煽っているわけでもない わしはこの点でまたお会いしたいと思う。 あんたの心に近づいたおかげで、わしは 恐怖、審問の恐怖で美を失うことはなくなった。 わしは情熱をなくした:持ちつづければ混ぜ物になるだけ それをなぜ持ち続けなければいけないのかね? わしは見ても、嗅いでも、聞いても、食べても、触っても感じない: あんたともっとお近付きになるには、情熱をどう使ったらいい? 小さな思案が千と詰まったこの話 冷めた興奮の効果を長持ちさせ 感覚が冷えたときには細胞を ピリッとしたソースで刺激し、鏡の破片で 多様な映像を写す。クモは作業を先延ばしするだろうか? ゾウムシは遅らせるだろうか?デ・ビルハッシェ、フレスカ ミセス・カンメルは、原子を破損し、おののく熊座の軌道の外で ぐるぐる回っていた。カモメは風に逆らい、強風のベル島の海峡で ホーン岬で飛び続け 湾が望む雪の中の白い毛 貿易風で老人が行き着く先は 眠い片隅。 家の借家人 乾いた季節の乾いた脳の思考。 TSエリオット(1888 - 1965) 注 1.エリオット崇拝者は以下の人名が何を意味するかと騒ぐかもしれないが、ミスター・シルヴェロ、ハカガワ、マダム・ド・トーンキスト、フロイライン・フォン・クルプ等の人名には惑わぬ方がよいという説をネットで読んだ。別に意味があるわけではなさそうだ。最後に登場するデ・ビルハッシェ、フレスカ、ミセス・カンメルも同様である。注釈者はなにもふれていない。 2.ベル島はラブラドルとニューファウンドランドの間にある島である。ホーン岬は南アメリカの最南端にある岬。
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ゲロンシオンは1920年に出版されたエリオットの詩である。ゲロンシオンとは老人の意味である。第一次世界大戦を生き延びた老人に語らせる形式になっている。相変わらず注釈が必要な詩である。私は Representative Poetry Online の注を参照した。 注釈によれば、彼は依然として数多くの古典をこの詩に散りばめているようである。古典を織り込むことによってヨーロッパの歴史に思いをはせる詩人の真意をより深く理解できるのであろう。だが今回は単語を調べて機械的に訳した結果をといらえず投稿する。真意を多少とも垣間見るのはいつのことだろうか? 残念ながら、英文は文字数が多いので原文と訳を一度に投稿すると、ソフトの制約にひっかかる。適当な切れ目がないので困ったが、半分に分けることにした。 Gerontion
Thou hast nor youth nor age
Thomas Stearns Eliot (1888 - 1965)But as it were an after dinner sleep Dreaming of both.
Here I am, an old man in a dry month,
Blistered in Brussels, patched and peeled in London.Being read to by a boy, waiting for rain. I was neither at the hot gates Nor fought in the warm rain Nor knee deep in the salt marsh, heaving a cutlass, Bitten by flies, fought. My house is a decayed house, And the jew squats on the window sill, the owner, Spawned in some estaminet of Antwerp, The goat coughs at night in the field overhead; Rocks, moss, stonecrop, iron, merds. The woman keeps the kitchen, makes tea, Sneezes at evening, poking the peevish gutter.
I an old man,
A dull head among windy spaces.Signs are taken for wonders. "We would see a sign!" The word within a word, unable to speak a word, Swaddled with darkness. In the juvescence of the year Came Christ the tiger In depraved May, dogwood and chestnut, flowering judas, To be eaten, to be divided, to be drunk Among whispers; by Mr. Silvero With caressing hands, at Limoges Who walked all night in the next room; By Hakagawa, bowing among the Titians; By Madame de Tornquist, in the dark room Shifting the candles; Fraulein von Kulp Who turned in the hall, one hand on the door. Vacant shuttles Weave the wind. I have no ghosts, An old man in a draughty house Under a windy knob. ジェロンシオン 汝は若くもないし老いてもいない ただ食後の眠りのごとく 二つの夢を見ている。 うん、わしが乾いた月の老いぼれさ 雨を待ち、男の子に本を読んでもらっている。 わしは「熱い門」で闘ったこともなければ 暖かい雨の中で闘ったこともないし 塩辛い沼に膝まで浸かりカトラスを持ち上げ ブヨに咬まれて闘ったこともない。 わしの家は崩れそうだ。 ユダヤ人が敷居にしゃがんでいるが大家さ アントワープのどっかの飲み屋でわいたのさ ブリュッセルでふくれて、ロンドンで継ぎを当て、一皮むいたのさ。 山羊は夜になると上の原っぱで咳をする。 岩、コケ、マンネングサ、鉄、糞 女は台所仕事をし、茶をわかし 夜になるとキゲンの悪い溝をつつきながらクシャミする。 吹きさらしの所にいる頭の鈍い男。 徴は奇跡と思われている。「われら徴を見んことを願う!」 言葉の中の言葉、一言では言えずに 暗闇に包まれる。この一年も早いころは キリストは虎だったよ。 転落の五月には、ハナミズキ、栗、ユダの木に花が咲く 食っちまうか、分けちまうか、飲んじまうが ひそひそ話をしていたのは 手をさすりながら、ミスター・シルヴェロ リモージュでこの人は一晩中隣の部屋を歩いた: ハカガワはティツィアーノにお辞儀をした: マダム・ド・トーンキストは暗い部屋で ろうそくの場所をかえた:フロイライン・フォン・クルプは 片手で広間にはいった。空のシャトルが 風を織りおる。わしには魂なんぞないのさ 吹きさらしの丘の すきま風の家にすむ老いぼれさ。 TSエリオット(1888 - 1965) 2.「熱い門」とはギリシャ語の テルモピュライ"Thermopylae" のことである。テルモピュライの戦いでレオニダス指揮下のアテネ・スパルタ連合軍がペルシャの大軍を迎え撃った。「熱い門」で闘わなかったとは大きな戦争に参加していないという意味である。 3.カトラスは湾曲した刀であり、挿絵はウィキペディアを参照。 4.「われら徴を見んことを願う!」はマタイ伝12章の38節にある。パリサイ人がキリストに奇跡を見せよと迫る。
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今日の話者は以前に公園で「彼女」の写真でも撮ったのだろうか、彼女にポーズをとらせてからかったことがある。そして「彼」は行ってしまった。例によって「彼女」と「彼」の説明は何もなく、謎めいている。思わせぶりでもある。秋晴れの日になると記憶の中に「彼女」は登場する。本来はロマン派の専売特許だった想い出の話であり、話者は感傷に耽るところ。だが時代の先端を行く話者は自分自身を認知という用語で分析しようとする。フロイトの精神分析がはやった時代の知識人の性と言うことだろうか。 タイトルがイタリア語だから、作者は「彼女」がイタリアの女の子であることを示唆したののだろうか?また注釈があれば紹介する。一行の長さはまちまちに見えるが、一応脚韻は取れており韻文詩である。 La Figlia Che Piange Lean on a garden urn-- Weave, weave the sunlight in your hair-- Clasp your flowers to you with a pained surprise-- Fling them to the ground and turn With a fugitive resentment in your eyes: But weave, weave the sunlight in your hair. So I would have had him leave, So I would have had her stand and grieve, So he would have left As the soul leaves the body torn and bruised, As the mind deserts the body it has used. I should find Some way incomparably light and deft, Some way we both should understand, Simple and faithless as a smile and shake of the hand. She turned away, but with the autumn weather Compelled my imagination many days, Many days and many hours: Her hair over her arms and her arms full of flowers. And I wonder how they should have been together! I should have lost a gesture and a pose. Sometimes these cogitations still amaze The troubled midnight and the noon's repose. T.S. Eliot (1888-1965) 泣いている女の子 一番高い段に立ってごらん―― 庭園の壷にもたれてごらん―― 太陽の光を髪に織り込んでごらん―― びっくりして花を握りしめてごらん―― 地面に投げつけて、ちょっとの間 怒った目つきして振り返ってごらん。 でも太陽の光を髪に織り込んで。 こうして僕は彼を追い払ったのだろう こうして僕は彼女を立たせ泣かしたのだろう こうして彼は行ってしまったのだろう 魂が傷ついた体から出るように 心が利用した体を見捨てるように。 なんとか見つけなければ 比較的簡単で上手な方法 僕たちが分かり合える方法 笑みとか握手のような単純で不誠実な方法。 彼女は僕の想像を何日もかき立てる 何日も、何時間も。 腕にかかる髪と腕一杯の花。 どうして髪と花が一緒なのだろう! 僕はしぐさやポーズを忘れたらよかった。 寝付けない深夜と昼寝のときに こんな認知像に驚くことがある。 TSエリオット(1888-1965) 絵はモネが継娘に日傘を持たせた。この詩とは関係ないが、眩い明るさに共通点があるかどうか。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



