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閑さや 岩にしみ入 蝉の声 松尾芭蕉 En sérénité En sérénité Rien qu’un chœur des Cicadas Perce la roche solide Matsuo Basho 仏訳大意 静寂! ただ蝉の声が 一枚岩を透る。 芭蕉 発音記号を全部調べて俳句の音節数は5・7・5になったと思うが、大きな辞書を見ても、発音記号はあっても音節の分離記号がない。何となく不安である。意図としてはロマン派風の「なんと」表現を避けたかった。芭蕉は杜甫の崇拝者である。杜甫は他国語に翻訳すると見劣りする詩人の筆頭である。杜甫も芭蕉もロマン派ではない。 さらにフランスの詩の韻律はゲルマン語の韻律とは違う。フランス語のアクサン記号は有声であることは知っているが、アクセントはフランスの詩では無意味である。まだ初歩的な知識に欠けている。
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俳句
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閑さや 岩にしみ入 蝉の声 松尾芭蕉 Serenity Serene prevailing Cicadas' songs in chorus pierce Through rocks so solid. Matsuo Basho 英訳大意 一面の静寂 蝉の合唱が透る 硬い一枚岩。 芭蕉 今回の英訳は5・7・5の音節で構成すると同時に、英語としては比較的成立しやすいとされる弱強格(iambic)を工夫してみた。すなわち、非強調音節と強調音節の繰り返しである。一般に静かな調子が出るとされる。ただし各行の音節数が5・7.5と奇数である例は英詩ではあまり見たことがない。あくまでもパズルである。弱強格のパズルとしては成功している様だが、英語になっているのか。俳句の訳になっているとは思えないし、芭蕉の意図に反していることは明らかである。最後の行はわざとらしい。それにしても言語構造の違う詩の訳を改めて反省させられた。 ただこの失敗で勉強にはなったので、失敗例として投稿しておくことにした。俳句を訳すのにはまだ修行が足りないということであろう。奇数行と弱強格との相性の問題もあるのかもしれない。 以下は上の訳の音節分解とアクセントがある音節を大文字で表記した。 Serene prevailing
Cicadas' songs in chorus pierce Through rocks so solid. |
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閑さや 岩にしみ入 蝉の声 松尾芭蕉 Schweigsamkeit Schweigsamkeit im Wald Ein Chor der Zikade bricht Durch den feste Fels. Matsuo Basho 独訳大意 森の静寂 蝉の合唱透る 硬き岩。 芭蕉 西欧の音節は大まかに言えば、日本の詩歌と同じように母音で区切られる。正確には普通の辞書を見れば、中ポチ(・)で区切られているので分かる。母音だけで区切られていない場合もあるが、ドイツ語の場合はまずa,e,i,o,u に注目すればよい。日本語で言えばア、イ、ウ、エ、オである。ただし二重母音は一つと勘定される。したがってアイが含まれた場合は一音節である。 この詩の最初の Schweigsam の Schweig の構成要素ei と a の二つに分離された母音要素を含むので、音節数は二つである。俳句が5・7・5の音節数から構成されているからといって、言語体系の違うドイツ語訳に当てはめる必要性はないし、訳の質を高めるものではない。私が音節数にこだわったのは一つには遊びである。それに音節数は西洋の詩にも重要であり、初心者の私の練習になるからである。以下に音節に分けてみた。 Schweig・sam ist der Wald Ein Chor der Zi・ka・de bricht Durch den fest・e Fels. 難しいとされる俳句の訳を試みた。日本語で俳句をひねったこともない私は、ひたすら音節数を5・7・5にすることを目標にした。ただそれだけであり、それによる不自然さは承知している。音節数のため無理をした。格調にも不満はあるし、読者のイメージに訴えることもない。俳句の訳を日本人が試みること自体無意味であるといわれれば、その通りである。それにしても長ったらしく見えるドイツ語であるが、俳句をイマジネーションの詩と考えれば、日本語よりはるかに少ない音節数で一応表現可能ではないか。正直ビックリした次第である。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...




