ヘ短調作品34

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今日は「母の日」

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今日は「母の日」である。ただしイギリスの「母の日」である。今日はレントの第4日曜日である。キリストの受難にちなんで長い禁欲的な生活を送ってきた人々にとってようやくレントの中間点にさしかかったところである。ちょっと息抜きをしたいところだが、イギリスの教会もそれを大目にみた。イギリスの昔の「母の日」は日本でいえば、奉公人の藪入りといったところであろう。ただし、イギリスの奉公人、とくに女の子は年に一日だけ里帰りして母親の顔を見ることが出来た。

これを mothering といい、今日は mothering sunday である。移動祝祭日の復活祭に連動するので、移動祝祭日である。またレントの中間点であるので midlent ともいう。アメリカで出来た「母の日」も5月の第2日曜日であるから、移動するが、移動の幅はずいぶん違う。イギリスの「母の日」は教会歴を調べないと分からない。

The English Year によれば、このイギリスの mothering sunday は10歳になるとすぐに奉公に出た、つらい昔の習慣であるから、労働者の待遇改善が進むに連れて廃れてきたそうである。しかし第二次大戦中に連合国のアメリカ兵が一緒にナチス・ドイツと戦うためにイギリスにやってきた。彼らがアメリカ式の「母の日」を派手に祝うのに影響されてイギリスでも「母の日」が復活したそうである。

だがその日の性格は昔からのイギリス式の「母の日」とは違ってきたようだ。アメリカの「母の日」はお母さんのための日である。イギリスの「母の日」は本来お母さんに会いたくて仕方のない子供たちのための日だったのである。

このアメリカ兵がやってきた頃を思い出して、あるお婆さんが証言している。彼女のお母さんは、アメ公(Yanks)のけばけばしいやり方が気に入らなくて、昔を懐かしんでいたそうである。そこで彼女は弟と桜草を摘み、お母さんと一緒に、田舎の教会(ドーター・チャーチ)ではなく、町の大聖堂(マザー・チャーチ)に出かけてお祈りをし、帰ってから家族団らんを楽しんだそうである。

イギリスの古い時代の「母の日」にはシムネル・ケーキというフルーツ・ケーキを作ったそうである。典型的なのは上にあるケーキで11個丸いのがのっている。11個というのはキリストの12人の弟子から裏切り者ユダを除いた数である。すなわちイギリスの「母の日」はあくまでもキリストの受難に関係した宗教的な日であり、軽薄なアメ公たちの「母の日」ではないというのである。

本当だろうかと思って、イギリスのヤフーやらの「母の日」商戦を覗いてみたが、それほど宗教的とは思えない。私はアメリカの「母の日」の商戦を知らないのだけれど、イギリスでもグローバル化すなわちアメリカ化が進行しているように見える。私の思い込みぁもしれないが。

http://www.lastminute.com/site/deals/mothers-day/product_list.html?CATID=102822

アメリカの海兵隊が侵攻、あるいは駐屯する国々で、アメ公に反発しながらも、アメリカ文化はコカ・コーラとともに普及していく。今日は5月の第2日曜日ではないが、イギリスの「母の日」セールはアメリカ的ではないだろうか。イラクでもキリスト教的ではないアメリカ式の「母の日」が普及するのではないだろうか。

最後にレシピはあるが、セールの目玉商品ではなくなっている「シムネル・ケーキ」の古い詩を参考にしよう。解釈はいろいろあるかもしれないが、下の詩は、地主の奥さんが、行儀見習いというか、女中奉公の娘にシムネル・ケーキを恩に着せて持たせて帰すときの話と解釈するのが妥当であろう。娘にはケーキを作ったり、買って里帰りするような時間的・経済的な余裕はなかったはずである。これは地主からの格別のご高配だったのである。この時代の人々の生活が偲ばれる。

I’ll to thee a Simnell bring
‘Gainst thou go’st a mothering,
So that, when she blesseth thee,
Half that blessing thou’lt give to me.’

Robert Herrick 1648

言葉の配列を変えて現代的な英語に直してみた。

I will bring you a Simnel
Until you go a-Mothering,
So that when she blesses you,
You will give me half that blessing.

訳は

お前さんが里帰りするまでに、
シムネル・ケーキを渡してあげるわ。
お前さんがお母さんから感謝を受けとったら、
その感謝の半分は私のものだからね。

ロバート・ハーリック

受胎告知 その2

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Domine la
bia mea a
peries
Et os meum annun


tiabit laudem tuam

Deus in adiuto
rium meum
intende

受胎告知 その1

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今週末は明日が処女マリアの「受胎告知」の日に決まっている。明日3月25日に大天使ガブリエルがマリアを訪れ、その瞬間彼女は聖霊によって受胎し、12月25日にイエスを出産することになる。この日は固定祝祭日であるが、明後日はレントの中間の日であり、イギリスでは「母の日」となっている。「天上の母」と「地上の母たち」で忙しい週末である。また神聖な「受胎告知」の日のブログは私の雑文で汚したくないので、明日は最小限の文のきれいな「受胎告知」でしめたい。今日は明日のせるベリー公の時祷書にある「受胎告知」のフォリオにのっているラテン語について私なりの解釈を書いておこうと思う。このラテン語は「受胎告知」にふれているわけではない。

上の文章は教会の儀式の始まりにかならず司祭と会衆が交互に捧げる祈りであり、ベリー公の写本に対応させると次のようになる。

左側は

Domine la
bia mea a
peries
Et os meum annun

右側は

tiabit laudem tuam.

Deus in adiuto
rium meum
intende,

である。

これを句読点をいれ、改行を改めて分かりやすくすると次のようになる。

Domine, labia mea aperies,
Et os meum annuntiabit laudem tuam.

Deus in adiutorium meum intende,

英語では

Thou, O Lord, wilt open my lips,
And my tongue shall announce Thy praise.

O God come to my assistance,

という訳がある。

Domine は「主」の呼びかけ、labia は「唇」で変形して英語の lip になっているので覚えやすい。meum は 「わたしの」も同様に覚えやすい。os は「口」、「annuntiabit」 は宣言するだが、「受胎告知」の annuntiabit とはここでは直接関係ない。laudem は「讃美」、tuam は「あなたの」であることもフランス語を習った人には記憶しやすいだろう。

Deusu は「神」、intende も英語の intend とほぼ同じと私は思うことにしている。adiutorium は「援助」で、直訳すると「私の援助でそのつもりになってください」。

私の持っているピカピカの祈祷書での平易な訳に対応させると、

神よ、私の口を開いて下さい。
わたしは あなたに讃美をささげます。

神よ、わたしを力づけてください。

いずれにせよ、私の歳では、日本語の祈祷文から記憶して、英語、ラテン語の祈祷文への記憶へと行かなくてはいけない。私もこの文章を普通の活字で記憶した。ベリー公の写本職人の字も中国や日本の書に比べたら易しいものである。この祈りはいつも出てくるので、もう一つ、「父と子と聖霊に栄光あれ」を認識できれば、ベリー公の時祷書の少なくとも1パーセントを読んだことになる。

羊皮紙を節約させるために、極力空白は少しにするのが習わしであったが、この豪華な写本でもその慣行に従っている。空白を大きく取ると、中世の人には間延びして見えるようになったのであろう。ごくわずかな空白を見つけるのがコツである。

なお m に見える字があるが、孤立していた場合は必ずといっていいと思うが、in である。孤立していない場合は m にみえるが、 ni の可能性がある。ri が n に見えることになる。なお i の文字の上の点が付いたのは後世のことであり、これがあるとずいぶん楽であるが、ベリー公の時代の i は読解者を悩ませる。nn は mi 見えることがある。また e と c の違いは微妙であるが気を付ければ分かる。 t も実に微妙である。さらに a の筆記体と思っても ci であることもある。u と v の違いはないし、w という文字は存在しない。s は場所によって違う書き方をする。最後に左側の最後の n の上に記号が付いているのに気を付けよう。これは特殊な発音をする意味ではなくて、文章の構成上スペルの一部省略である。決まり切った祈祷であるから、省略しても読者は先刻承知の言葉である。また気が付いたら注意点を述べることにしよう。

なおこの古文書に興味のある方は下をクリックされることをお薦めする。この画像は26kの画像であるが、268kの large image を選択してこの部分に焦点をあてて解読されるといいと思う。

http://www.christusrex.org/www2/berry/f26r.html

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もっとも異教的な日本の菓子屋がでっち上げた「ホワイト・デー」のついでといっては罰が当たるが、「グリーン・デー」ともいうべき「セント・パトリック・デー」を取り上げておこう。明日はアイルランドの守護聖人セント・パトリック(Saint Patrick)の祝祭日である。宗教改革以前にカトリック教会により聖人になった人物に関しては、イギリス国教会は一応の敬意を払っているかと思っていたが、私の種本”The English Year”にも、Edith Holden の絵入り日記にも、セント・パトリックには一切ふれていない。

彼はアイルランドとの連想が強すぎてイギリスでは敬遠されたのであろうか。”The English Year”は古来からのイギリスの民俗を記述する本であり、長くカトリックと対立し、アイルランドとの長い抗争の歴史を持つイギリスでは、このアイルランドの守護聖人を祝うはずはなかった。習慣がなかったから、記述がないのも当然である。Edith Holden の絵本でも同様である。

本当はイギリスとアイルランドの民族的融和の象徴ともいうべき人物である。セント・パトリックは実は母の胎内に宿る時からイギリス人を憎んでいるとされるアイリッシュではなく、ブリティッシュであった。4世紀末、アイルランドの異教徒により誘拐されて奴隷生活の辛酸をなめた。彼は脱走に成功したが、アイルランド人に怨みを持つことなく、再びアイルランドに渡り、キリストの恩寵を説いて、アイルランドをヨーロッパ有数のカトリック教国にした人物である。ちなみにマザー・テレサはユーゴ出身であるが、アイルランドに渡り修道女になった。

セント・パトリック・デーは今や春のお祭りの一つであり、クローバーが生え、クロッカスが芽を出すと、セント・パトリック・デーの近いことを人々に思い起こさせる。バレンタイン・デー同様に宗派的色彩がほとんどない日である。事実、わたしはカナダに滞在したことがあるが、公立の小学校ではこの日にちなんで緑色の飾り付けをして、セント・パトリックの遺徳を讃えることなく、春を祝っていた。セント・パトリック・デーは「緑の日」なのである。

セント・パトリックが春あるいは緑の聖人になったのは、公式的には3月17日に死亡したということになってはいるが、彼がキリスト教の教義である「三位一体」の概念をクローバーなど「三つ葉」の植物を手にして説教をしたという伝説に由来していると思う。「三枚の葉はそれぞれ、父と子と聖霊であり、それらが一体となっている」という説教である。ニューヨークなどアイルランド系の移民の多い都市ではこの日、人々は緑の服を着たり、三つ葉を襟に差してパレードする。

脱線しそうであるが、Edith Holden は現代風にいえば、きわめてイギリス的なエコロジストである。彼女にはこの「緑の祭り」にふれるわけにはいかないもう一つの宗教上の理由がある。彼女はユニテリアン(unitarian)の家に育った女性である。ユニテリアンというのは聞いたことがあるが、私はよく知らなかった。キリスト教の宗派対立を非難する人たちかなと漠然と思っていた。今回勉強してはっきりしたのは、ユニテリアンとは神の唯一性を信じるキリスト教徒である。三位一体、キリストの神性をを否定する人たちである。キリストはこの人たちによれば、模範となるべき人間なのである。彼女には三つ葉のクローバーに特別の宗教的思い入れはそもそもないのである。

このセント・パトリック・デーも商業的意味があり、カード会社をはじめ張り切っている。ブローチやらの広告を見ることが出来る。「四つ葉のクローバーのブローチなら欲しいけど、三つ葉のブローチなんて要らない」という女性がいたら、その女性はセント・パトリックとは何の縁もない異教徒である。


http://www.terrysvillage.com/tvweb/application?origin=page.jsp&namespace=browse&event=link.externalBrowse&topLevelCategoryId=122655&parentCategoryId=122666&categoryId=122751&BP=7145

三月

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いよいよ3月、ローマ時代には新年であり、われわれが12月といっている月は10番目の月であったことは英語にも残っている。ローマでもっとも人気のあった戦いの神マルスに由来する。われわれが1月、2月と呼んでいる月には名前すらなかった時代もあるという。さらに教会歴では、3月1日からレントにはいる。昨日まで浮かれていたカーニバルが終わり、キリストの受難を偲び、肉をたたなくてはならない。

ベリー公のカレンダーではいよいよ農作業が始まる。

エディス・ホールデンによれば、3月1日、100年前のウォーリックシャーは”羊のごとく”であった。彼女が選んだ詩はラファエル前派の創設者のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti)の妹クリスティーナ・ジョルジーナ・ロセッティ(Christina Georgina Rossetti)の詩である。


As violets so be I recluse and sweet,
Cheerful as daisies unaccounted rare,
Still sunward-gazing from a lowly seat,
Still sweetening wintry air.

While half-awakened Spring lags incomplete,
While lofty forest trees tower bleak and bare,
Daisies and violets own remotest heat
And bloom and make them fair.

Christina Georgina Rossetti

私はスミレのようにひそやかで優しく
なぜか美しいヒナギクのように明るく
静かに謙虚に陽のあたる方向を見つめ
静かに冬の大気を和らげたい。

目を覚ましかけた春は遅く
高い森の木々は葉を落とし冷え切っている。
ヒナギクとスミレにはかすかな温もりがあり
花を咲かせ、美しく着飾る。

クリスティーナ・ジョルジーナ・ロセッティ

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