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地平線のオペラ
興行的に失敗するはずのないオペラばかりをやっていたのでは、アメリカのオペラに未来はない。さすがは世界の音楽の都ニューヨーク。新しいアメリカのオペラを上演すべく、大胆極まりない冒険に乗り出した。その代表例がニューヨーク・シティー・オペラの企画である。もっとも、幕を開けてみたら大失敗というのでは話にならない。
そこで見本市と言うか、評判がよければ本格的に売り出して行こうという資本主義国アメリカらしいやり方である。ショーケースに入れた見本として、抜粋を聞かせる試みである。シティー・オペラのオーケストラと豪華キャストの歌手による試験的興行である。見本市だから入場料はタダである。ニューヨーク・タイムスのクラシック音楽の編集長アンソニー・トマシーニの報告である。かなりはしょっているが大意は次のようである。
「未来のオペラの試演会」が先週の土曜日と日曜日に開かれた。会場はニューヨーク大学のスカーボール舞台芸術センターである。「未来のオペラ」の大胆さを自ら表現しているのは作曲家 ゴードン・ヴィハーマン のポスターである。彼はパンク風に刈り上げている。頭を刈り上げ、Tシャツ姿である。左腕には奇抜なタトゥーをしている。彼はおおよそ、クラシック音楽の愛好者のイメージするオペラ作曲家には見えない。
トマシーニ記者によれば、実際ミスター・ヴィハーマン作曲、シャーロット・ジャクソンの脚本によるオペラ「ネズミの国 “The Rat Land”」は複雑であり、現代的というか、大胆極まりない。土曜日に六つの作品が試演されたが、最高に頭脳的なスコアだそうである。
トマシーニ記者の評価であるが、この野心作に比べれば、1927年の シンクレア・ルイス の小説「エルマー・ガントリー」のオペラ化ははるかに常識的である。作曲はロバート・オルドリッチ、脚本はハーシェル・ガーフェインである。この作品は分かりやすい。音楽は運動的で、生き生きとしており、そのイディオムはアメリカ的である。物語の展開には無駄が無い。このオペラは聴衆を楽しませるのに熱心過ぎるように思われる。
「エルマー・ガントリー」は11月にナッシュビル・オペラで初演される予定である。だが、まだ未完成である。20分そこらの抜粋で、聴衆の反応を予測するのは難しいようである。 カーク・ダグラス主演の映画で知られた 「エルマー・ガントリー」以外の作品については、トマシーニ記者の紹介を聞くことにしよう。
「ネズミの国」は1980年代後半の中西部の郊外に住む家庭崩壊した家族の物語である。問題児が三人いるが、とりわけ若い女の子はペットのネズミを崇拝している。怒りっぽい病身の父親と拒絶的な生活を送る意志の弱い母親。閉所恐怖症的家族の生活が陰鬱なリアリズムで描かれ、激しいコミックが展開する。このスコアには会話が多すぎるようだ。話か叫び声である。ミスター・ヴィハーマンの気まぐれなメロディーと刺激的な無調は、落ち着きがなくて、面白い音楽だった。
作曲セルジヨ・セルヴェティー、脚本エリザベス・エスリスによる「王子に捧げるへレジー “Elegy for a Prince”」は、 オスカー・ワイルドのお伽話 「幸福な王子」を脚色したものである。ミスター・セルヴェティーのビデオ・インタビューによれば、この物語に「不可欠なのは愛であり、無調音楽では表現できない」。おそらくそうであろう。だが、おだやかなところでは妙に感傷的である。
ミスター・カレントは集中的な部分で、音声を楽器のように使っている。オペラ的な合奏というよりは音声との奇妙な混合物のようである。
「最後“The Endings”」がどうなって行くのか、音楽、脚本、 ジェニー・O・ジョンソンのビデオで判断するのは難しい。この20分の試演の段階で、ミズ・ジョンソンの言葉を引用すれば、「いつか念入りに作り上げたいオペラの試供品である」どこかしらないが、広大かつ茫漠たる冒険の旅の過程で、恋に落ちる若い二人の物語である。音楽は一様な響き、単調な音、楽器による着色(チベットのお椀のような異国的な音もある)それにレースのような抽象的で、意味もない音声の練習である。
ジョン・ゾーンのモノドラマ「存在の機械 “La Machine de l’??tre”」は全くオペラとは見えない。いずれ現れるであろう、物語と脚本を発見するという挑戦に対する彼の回答は、全く無から出発することだそうである。落ち着きのない、鋭く現代的で、心を捉える独唱とオーケストラのための音楽は アントナン・アルトーの素案に影響されたということである。まだ物語もテキストもない。ソプラノは呻きや、叫び声をちりばめた音節を発する。
キーラ・ダフィーはミスター・ゾーンの作品で勇敢に独唱した。多くの音声奏者は印象的であった。「エルマー・ガントリー」のエルマー役の ジェームズ・ボビック、シャロン・ファルコナー役の ジェニファー・リベラが、それに「王子のためのエレジー」と「ネズミの国」のスコット・ホグセドが、印象に残った。
ジェラルド・シュタイヘン、ブライアン・ガルマン、スティーブン・ジャルヴィ、マーク・レーベンシュタインは保証できる指揮者であった。シティー・オペラ・オーケストラの演奏家たちは、この新しい難曲の挑戦に見事にこなしていた。このショーケースの予算約40万ドルは主に基金でまかなわれたが、勤勉な演奏者の支払いを超えるものであった。
写真はニューヨークのリンカーン・センターにあるオペラ劇場。はたして今日紹介された試供品がこの会場で演奏される日が来るのであろうか?
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