ヘ短調作品34

ルブランの回想録の link 先はゲストブックを御覧ください。

音楽

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同様にナチ時代に大いに出世した指揮者カール・ベームの息子である俳優カールハインツ・ベームは主張している。ベームが国を出たら、家族全員強制収容所送りになると警告されたというのである。

読者が信じようと信じまいと、歴史学者は資料を探し回っている。だがパーマー氏は当事者に発言させていることは確かである。問題の人物に賛美の言葉も出てくる。映画には、8月3日に90歳で死亡したエリザベート・シュワルツコプも登場する。彼女はフルトヴェングラーのすべて ― 人柄、性格、芸術的誠実さ、洞察力 ― を語っている。「彼は私の心に生き続けています。」

私が文句をいいたいのは、この映画が不必要に長く、話の筋がややこしいことである。話題は第二次大戦後の数十年に移る。ザルツブルク生まれの恐い指揮者カラヤンが音楽祭の指導者になった。歴史家ミハエル・シュタインバーグは遠慮なく、カラヤンのことを「正真正銘のナチ」と言う。彼は二度入党している。最初はオーストリアで非合法であった時代に、併合後に再入党している。

セイジ・オザワ、リッカルド・ムーティ、ズビン・メータからは恩師カラヤンに対する長ったらしい賛辞がある。ジェイムス・リヴァインが登場すると、世間をいたく刺激した演出家ジャン・ピエール・ポンネーユとの共同作業の話になり、ついにはパーマー氏がインタビューで述べているように、シェーンベルクの「モーゼとアーロン」この「まさにユダヤ人のオペラ」の話になる。

しかしすぐにカラヤンのうるわしいお話しにもどる。彼の未亡人によれば、彼は非常にシャイで動物が大好きだった。娘のイザベラ・フォン・カラヤンによれば、お父さんは率直で自然愛好家だった。1989年のカラヤンの死とともに、大金持ちたちの憩いの場であった音楽祭は崩壊してしまった。1992年にはベルギーの芸術行政の任にあり、前衛芸術の擁護者であるジェラール・モルティェールが音楽祭の総監督に任命され、皆を驚かせた。この映画では、モルティェール氏がさっそうと大胆な演出により古い作品を現代の聴衆のために再生させ、新しい作品を育てると声明している。彼の10年間の任期中にはいろいろ物議をかもしたが、彼の功績をさかんに擁護するのは、総監督ピーター・セラーズ、指揮者サイモン・ラットル、ヴァレリ・ゲルギエフとその他である。

サー・サイモンはモルティェールの時代は狂っていた時もあることを認めている。たとえば大スキャンダルになった「バラの騎士」の演出の場面が出てくる。年老いた好色なオックス男爵が官能的な裸の女の幻影に付きまとわれる場面である。いずれにしても、サー・サイモンはモルティェール氏はザルツブルク音楽祭を救ったと主張する。「危険を承知でやらないで、どうして成果が得られるのかね?」

パーマー氏の映画が興行的に成功するかどうかは何ともいえない。ドキュメンタリーはオーストリアの現大統領ハインツ・フィッシャーの言葉でうまく締めくくっている。彼は、モーツアルト生誕250周年の1月27日はアウシュビッツ解放の61周年でもあることにふれている。人間の創造性と残忍性に思いをはせ、大統領は「信じ難いし、理解し難い」と述べている。

以上



後記:というわけで、ザルツブルク音楽祭の関係者からすれば、ふれて欲しくはない過去の古傷をザルツブルクの映画館で上映されたのは不愉快だったろう。だがこの記事を読むかぎり、不正確な箇所はあっても、一方的な非難中傷の映画ではなさそうである。

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トマシーニ記者まだザルツブルクにいるらしい。彼はザルツブルクで問題になっている「ザルツブルク音楽祭:小史」という映画のDVDを入手してその感想をニューヨーク・タイムス送ってきている。これを2回に分けて紹介したいと思う。音楽という本来最も非政治的な活動もナチの政治の影響を免れなかった時代、この時代を生きてきた音楽家たちの過去を振り返える一つの資料ではある。最近、戦争責任においてドイツとオーストリアは違うと言い切れるのかという反省が、オーストリアにあることをどこかで読んだ記憶がある。もう少し限定してバイロイトとザルツブルクは違うと言い切れるのか。


ナチとザルツブルク音楽祭:論議を呼ぶ歴史映画

アンソニー・トマシーニ記者

ニューヨーク・タイムス 8月15日

ザルツブルク ― 日当たりのよいアメリカ・ザルツブルク音楽祭友好協会(the American Friends of the Salzburg Festival)の本部建物は音楽祭会場の道路を隔ててちょうど向かい側にある。音楽祭と友好協会との関係は親密であった。すくなくとも今年の夏までは。

音楽祭の事務局は腹を立てている。当協会がイギリスの映画監督トニー・パーマーのドキュメンタリー「ザルツブルク音楽祭:小史」の上映を決定したからである。音楽祭当局がこの映画を否定しているのは、一つには音楽祭の理事会が、パーマー氏が音楽祭とナチとの絡み合った関係を誇張し、不正確な箇所があるからである。

最近の記者会見で、当局が言明したところでは、パーマー氏がドキュメンタリーを制作することは大いに結構ではあるが、決して依頼したわけでもなく、公式に推薦したわけではない。この映画、上映時間は3時間15分で小史とは言い難いものであるが、8月31日に終了する音楽祭の催し物として上映される予定ではあった。ところがアメリカ友好協会は地元の映画館でときどき上映したのである。

音楽祭を前にして、ウィーンの大手新聞社「デア・シュタンダルト」との会見で、ザルツブルク音楽祭の委員長のヘルガ・ラビ・シュタットラーは当然当音楽祭の歴史は「暗黒の時代にもふれるべきである」と述べたが、しかし彼女は「映像で嘘をつく」のはゆるされないと付け加えている。

彼女がとりあげたのは事実と称している場面である。指揮者ウィルヘルム・フルトヴェングラーが、ナチの旗で飾り付けたザルツブルク音楽祭でベートーベンの第九交響曲を演奏し、その後でヒトラーの宣伝相であるヨゼフ・ゲッペルスと握手していることになっている。実際は演奏はベルリンで行われた。

映画にはヒトラーとドイツ軍が1938年にザルツブルクになだれ込み、歓喜した群衆がスワチカの旗を振っているシーンもある。ドイツの軍人が音楽祭の演奏を聴いているシーンはほとんどない。たしかに、ある批評家が指摘するように、ヒトラーがじきじきに音楽祭にやってきたのはたった一度である。彼にとって最高の夏の音楽祭はドイツのバイロイト音楽祭であり、ワグナーのオペラ・ハウスこそがドイツ文化の聖なる神殿であった。

この映画の中で、ミズ・ラプル・シュタットラーがザルツブルクの反ユダヤの歴史について率直に述べたのは偉い。ザルツブルクはローマ・カトリック教会の大司教が統治する、聖職者による独立国家として建国された。彼女は「ヒトラーとナチが今なおいてくれたらと思っている人がいる」と述べている。

マリア・カラス、ジミー・ヘンドリクス、ワグナーと多様な人物の映画を制作したパーマー氏は、彼のドキュメンタリが基本的に公平なものであると主張している。出たばかりのDVDを私はみたが、一体何がそんなに大騒ぎすることがあるのか分からない。

興味深い映画と過去の有名人との会見を織りなして、パーマー氏はまず1920年の音楽祭の創設を取り上げる。これに積極的に取り組んだのは二人のユダヤ人であった。劇場演出の大者マックス・ライハルトと詩人で脚本家のフーゴー・フォン・ホフマンシュタールである。リヒアルト・シュトラウスはこの計画に親身になった。文化をとおしてオーストリアが第一次大戦後の荒廃から、ある目的意識を取り戻せるという希望があった。その後15年間ザルツブルク音楽祭ヨーロッパの指導的な知識人や文化人を惹きつけたのである。

アルチューロ・トスカニーニが音楽祭で指揮している感動的なシーンもあった。ヒトラーが1933年に権力を握ってからはバイロイトで演奏するのを拒否し、ザルツブルクに移り、1938年までここで活動した。1938年は当時の国民投票によれば97%の支持でドイツはオーストリアを併合した年である。ユダヤ人である偉大なるブルーノ・ワルターが、クルックの「オルフェオとユーリディーチェ」を演奏するわくわくするシーンもある。

やがて焦点はナチ時代に移り、30分ほど続く。気味の悪いシーンがあった。ウィーン・フィルハーモニックの非公式の演奏中であるが、指揮者クレメンス・クラウスが目を輝かせたドイツの将校を指揮台に昇らせ、指揮をさせた。記憶に残るシーンとしては、1934年70歳のリヒアルト・シュトラウスが「バラの騎士」の第二幕の終わりをうんざりした表情で指揮しているところである。

当時の非ユダヤ系の芸術家の直面した道徳的ジレンマも適切に描かれている。撮影されたフルトヴェングラーの未亡人、90歳代のエリザベスによれば、彼女の夫はナチを毛嫌いしていた。彼はゲッペルスがドイツのオーケストラに偏った関心があり、ウィーン・フィルハーモニックを解体させ、団員を軍隊に送ろうとしていると聞いた。彼女の話によれば、彼はヒトラーの所に行き、この計画が実施されればドイツを出ると申し出た。フルトヴェングラー夫人が主張するには、彼女の夫がウィーン・フィルハーモニックを救ったのである。

テロ騒動と演奏旅行

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今回のテロ計画騒動で一番被害を受けたのは演奏家である。とくにイギリスで演奏旅行を計画していた小規模なオーケストラの悲劇の物語。

警備強化で演奏旅行も大変

ダニエル・ウェイキン記者

ニューヨーク・タイムス 8月15日


クラシックの演奏家にとって、空の旅はこれまでも楽ではなかった。

空洞のチェロにも航空券は必要だった。警備の強化のせいである!金で買えない貴重なストディヴァリを大事に監視するため?ダブルリード奏者は?彼らがとっくに機内持ち込みをあきらめているのは、必要不可欠なナイフや息をリリカルな音にするケインの型を整える道具である。さらに報道されているイギリスのテロ計画の結果、機内バッグにも注意が向けられ、空の旅はいっそう大変になった。

先週の規制の強化により、ニューヨークのセント・ルーク・オーケストラは久しく待ち望んでいた週末からのイギリス演奏旅行をキャンセルした。フィラデルフィア・オーケストラやピッツバーグ交響楽団やミネソタ・オーケストラは急遽新しい規則に合わせて乗りこむことになった。

「とっても悲しい」とセント・ルーク・オーケストラの代表で常務であるマリアンヌ・C・ロックウッドは昨日言った。「私の人生で一番苦しい72時間だった。」オーケストラは先週の木曜日に出発して、エディンバラ国際音楽祭とロンドンのロイヤル・アルバート・ホールのBBCプロムスのコンサートに参加する予定であった。BBCプロムスは夏の音楽祭としてはトップクラスである。

イギリスでは旅行者は機内持ち込み禁止に従わねばならなかった、これは昨日緩和され、小さな持ち込みは許可されるようになった。しかしすべての旅行者が何世紀前の木、馬の毛、貴金属でできた大事な工芸品で仕事をしているわけではない。演奏家にすれば他の荷物と一緒にはしたくない貴重品である。

規則はもちろん流動的である。合衆国交通安全管理局はウェッブ・サイトで、楽器は機内持ち込みバッグと私物以外にキャビンに持ち込むことは許可されると述べている。しかし楽器のサイズには要件があり、航空機に持ち込む許可がいる。さらに警備員は楽器を注意して扱うことを約束している。

演奏家、とくに弦の奏者にとってこれでは慰めにはならない。バイオリンは頭上に入れておけるとはいっても、彼らはいつも傷つくことを心配し、自由に機内に持ち込めないのではと思っている。


バイオリンの名手で指揮者のピンカス・ズーカーマンが言うには、警備員に1742年製のグアルネリ・デル・ジェスの弦を外すようにいわれたそうである。「飛行場によっては信じられない口論をしたよ。」彼は電話で、アトランタ空港で彼の夫人でチェリストのアマンダ・フォーサイスと搭乗を待っていたが、「連中は私の楽器に手を出して『私の仕事でね』と言ったよ。」

チェリストは最悪だった。ミズ・フォーサイスは「チェロの席を買ったのに、連中は私たちをヤクザの手下みたいに扱うのだから」と言った。

新規制は現在のところややこしくなっている。

ボリショイ・オペラ・バレー団はロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで公演してきたが、規制が緩和されなければ、週末にはオーケストラの楽器はフェリーとトラックでモスクワに送り返されることになるだろうと、ボリショイの興行主ヴィクトール・ホッホハウザー・プレゼントのスポークスウーマンであるフェイス・ウィルソンは述べた。ボリショイ・オーケストラの主任指揮者のアレクサンドル・ヴェデルニコフは演奏家の契約では楽器は演奏家自身が持ち運ぶことになっているといったとされる。ミズ・ウィルソンは「たしかにこれは異常な状態であるけれど、現在直面しているこの規制に対処しなければならないとは思いもよらなかった。」

ミネソタ・オーケストラは日曜日にはヨーロッパ演奏旅行に出発するが、エディンバラとプロムスも予定に入っている。他の一流オーケストラ同様、楽器は特別仕様で詰め物をした木枠に入れた。

ハープやコントラバスを入れる最大の木枠は縦6.5フィート、幅4フィートになる。95人中20名の演奏者は楽器や高価な弓を機内に持ち込むようであるが、今回はさらに詰め物をする予定であると、スポークス・ウーマンのグエン・パッパスは述べた。大箱は演奏会場に直行し、ホテルで練習したい人には楽器はすぐには使えない。

フィラデルフィア・オーケストラは九月初旬にプロムスで演奏する。大箱は全楽団員の楽器を詰め込むスペースがあるが、10名前後は他の演奏やバカンスに出かけてオーケストラと一緒に帰らないので、その人たちにも使われることになる。

これらのコンサートには、まだ時間がある。これらの楽団は大規模で演奏旅行に慣れており、独自の木箱を所有している。

セント・ルーク・オーケストラはそうはいかない。高く評価された合奏団であるが、頻繁に演奏旅行に出かけているわけではない。今回の演奏旅行でイメージアップをと考えていた。この演奏旅行の計画に二年をかけ、プログラムに磨きをかけてきており、合衆国で放送される予定であった。

この演奏旅行はオーケストラの主任指揮者ドナルド・ランニクルには特別の意味があった。彼はスコットランド人である。代表のミズ・ロックウッドはイギリス生まれである。

ミズ・ロックウッドは他の方法を探そうと、テイクアウトの中国料理を食べながら電話をかけまくった三日間の話をした。演奏家は小さい楽器は手に持って行く計画を立てた。飛行機のチャーターは高すぎる。約30万ドル。費用は2倍になる。フィラデルフィアからボストンと、大箱を借りに大オーケストラをかけずり回った。どこも使われていた。セント・ルークは演奏者をパリに送り、列車でロンドンに送り、楽器はトラックで搬送することも考えた。しかし火曜日のリハーサルの時間がなくなる。

その後エディンバラから土曜日に楽器を貸そうという申し出もあった。しかしありとあらゆる努力は無駄だった。ブリティッシュ・エアウェイはその日の5時の飛行をキャンセルした。

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バイロイト第六日

ジークフリートあっての「指輪」

アンソニー・トマシーニ

ニューヨーク・タイムス 8月1日

ヴァージニア生まれのテノール、ステファン・グールドの経歴をお話ししよう。彼はジークフリート役をバイロイト音楽祭の新演出の「指輪」ではじめて演じた人である。つい最近まで彼はアンドリュー・ロイド・ウェバーの「オペラ座の怪人」の巡業で歌っていた人である。冗談じゃなく本当である。

グールド氏はボストンのニューイングランド音楽院でしっかり訓練された音楽家で、早くから成功を収め、将来を嘱望された。ロッシーニの「タンクレディ」では、なんと主役として、マリリン・ホーンを相手役にしたのですよ。彼の声の幅を広げていく時期に、「オペラ座の怪人」の巡業に加わったのである。私が想像するに、金には抵抗できなかったのだろう。

八年間ミュージカルにいた後、オペラに戻った、たんなるテノールではなく、ヘルデン・テノールで要求の厳しいワグナーのレパートリ、その他、パワー、スタミナ、明瞭なトップ・ノートを要求されるドラマティック・テノールの役を歌ってきた。最近の6年間、ヨーロッパの一流歌劇団、とくにドイツで、ベートーベンの「フィデリオ」のフロレスタンの役などの歌唱で、いい評価を得てきた。バイロイトでは2年前「タンホイザー」でデビュウした。44歳のグールド氏が「ジークフリート」も主役を土曜日に演じたが、非常な期待があった。しかも場所が場所だけに。

第一幕の後、グールド氏が一人で聴衆にお辞儀をしに現れ、やかましいブーイングがちらほらある中で、並のオベーションを受けたときの彼の心中を私は想像できる。バイロイトの聴衆はオペラ劇場の言論の自由を堂々と行使するのである。

ワグナーはオペラの境界をあらゆる要素で押し広げた。第一に人間の声に期待されるものである。「ジークフリート」を書いていて、ワグナーはその境界を見失ってしまった。ジークフリートは乱暴で、大胆不敵で、粗野な若者であり、熊と踊りはね、刀を作り、竜を殺し、自分を育てた陰謀を企てる小人を殺し、しかも自分の不思議な出生を考えるのである。その間テノールのためにかって書かれたもっとも大変な歌を歌い続けるのである。それから数時間後には山に登り、彼の最初にみた女であるブリュンヒルデに出会い、眠りの呪いから目覚めさせ、恍惚とした愛の感情を体験し、彼女とともに30分の疲労困憊させるデュエットを歌うのである。ジークフリートは歌い続けてきた。彼女の方は疲れていない。

第一幕でグールド氏はあきらかに自分のペースでうたい、控えていた。すこしばかりためらっており、もう少し声を使えたはずである。一方で彼の歌唱は高温部で不安定であったが、エネルギッシュであり、正確であった。たくましくせっかちな若者そのものであった。ラウリッツ・メルヒャーに次ぐか?遠く及ばない。ブーイングした人は言いたいのであろう。現在この役でグールド氏に敵う歌手はいるであろうか?多くのワグナー・テノール、例としてジョン・ヴィッカースは長年パルシファルやジークムントであったが、ジークフリートには見えなかった。ヴィッカースは狂ってはいなかった。

第二幕の後、ウォータンのファルク・シュトルックマンは彼と一緒に挨拶をし、また一人で聴衆に会わせなかった。あとさらに大変な一幕が残っていたからである。しかしグールド氏は確信していた。オペラが終わったとき、聴衆は思いやりのあるオベーションで彼の労を報いた。

「神々の黄昏」のジークフリートも手強い役だが、歌はなんとかなる。グールド氏は昨晩立派にやり遂げた。たしかにブラボーにブーイングが多少あったけれど。彼の声には疲れがあった。しかし、ジークフリートなくして「指輪」なし。だれかが登場するまで、バイロイトの聴衆は感謝すべきである。彼は結果に喜んでいたように見えた。そしてワグナーの音楽はアンドリュー・ロイド・ウェッバーの音楽をむち打った。

「指輪」は昨晩終わった。まもなく私の最終的な全体のレポートが載るはずである.。

私がうっかりトマシーニ記者の記事を見落としていたために、7月末から投稿すべきであった訳がおかしくなった。「指輪」の総評は以下にある。興味のある方はどうぞ。


http://blogs.yahoo.co.jp/fminorop34/40033300.html

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バイロイト第五日

中休み

アンソニー・トマシーニ

ニューヨーク・タイムス 7月31日

バイロイト ―  ワグナーの「指輪」のチクルスには二日の休日がある。昨晩、「ジークフリート」と「神々の黄昏」の合間の休みには、私が音楽のことは一切忘れて、街のカフェで何本もグラスを傾けて地元のピルスを味わっていだと思われるでしょう。

いや私は、洗練されたピアニスト、アンドラーシュ・シフのベートーベンの三曲のソナタのリサイタルを聴きに行ったのです。この選択はよかった。ベートーベンをかくも優雅に弾かれるのを聴くと元気が回復するというものである。私はブリュンヒルデ、彼女の馬、神々とともに、今晩焼身自殺する覚悟が出来た。

このリサイタルの魅力は、バイロイトの歴史地区にある、辺境泊のオペラ劇場で音楽が聴けることである。この建物は1744年にフリードリッヒ大王の姉である、大変教養のある辺境伯夫人ウィルヘルミーネの依頼で建てられた。便利な「レッツ・ゴー・ジャーマニー」本によれば、彼女は英国の王位継承者との結婚の話もあって進行しかけた。だが、両親はブランデンブルク−バイロイト辺境伯と結婚すべきとした。芸術的才能のあるウィルヘルミーネからすれば、バイロイトは文化的僻地であった。そこで彼女は入念に装飾を施されたバロック様式のオペラ劇場を建てた。彼女のオペラ作品も上演された。馬蹄形のリングになった聴衆席はわずか600であるが、完成時にはドイツ最大のオペラ舞台を誇ったという。

この劇場は辺境泊オペラ劇場を訪問したとき、彼の音楽祭の候補地を調べていたワグナーの目に留まった。高くて、奥行きがある舞台に、彼は興奮した。この劇場で音楽祭を催すことかんがえたが、いかんせん聴衆席が狭すぎる。ロココ風の装飾、金色の装飾、壁画は今なお見るべき物がある。そしてワグナーは遠いが、文化的なこの町バイロイトを音楽祭に理想的な土地としたのである。

このオペラ劇場はベートーベン・プログラムを演奏するには素晴らしく想像をかきたてる場となった。シフ氏は32曲のピアノソナタ全曲の録音を完成させているが、彼はこの夏にワイマールの特別企画の芸術祭で全曲をシリーズで演奏する予定である。この芸術祭はワグナーのひしゃごになたるニケ・ワグナーが取り仕切ることになっている。バイロイト音楽差は、このシフ氏の演奏を、彼のシリーズ演奏の予告番組として位置づけたのである。彼はワイマールで一定期間滞在して演奏するのである。ミズ・ワグナーはこのプログラムを紹介し、ワイマールとバイロイトの接点およびワグナーとリスト(彼女のひいお祖父さん)について、ワグナーのベートーベンへの傾倒を15分ばかり話をした。

シフ氏は3曲の幻想的なベートーベンの思弁的な作品を演奏した。2楽章の不思議なソナタ、作品27ホ短調、心にしみいるようだが、元気のあるイ調の28番のソナタ、おそろしいロ調のソナタ29番(ハンマークラヴィーア)を演奏した。演奏は柔軟で、洞察力に富み、明瞭であった。叙情的で伸びやかであるが、ベートーベンの鋭いリズムとメロディの変化に気を付けていた。シフ氏は、世界でもっとも素晴らしいバッハの演奏家の一人であるが、後期のソナタの複雑な対位法の曲の微妙な表現も自然であった。

「ほとんど歌唱不能な主役の「ジークフリート」と最後のフーガはほとんど演奏不可能な「ハンマークラヴィーア」を連日聞けるのはすごいことことである。ベートーベンもワグナーも実際の挑戦を考えずに未来の音楽をかいた。

「指輪」を私の近くで聞いていた人が何人かいるのに気づいた。休日の日にさらに音楽を聴こうというワグナー狂は私一人ではなかった。私は演奏会の後、この一週間で始めて涼しいマクシミリアン・シュトラーセをぶらぶら歩き、私のホテルのバーに立ち寄り、気分よくピルスを飲んだ。今夜は「神々の黄昏」、火曜日には、バイロイトで私の最後の一日、「トリスタンとイゾルデ」という「小品」である。


写真は辺境伯オペラ劇場である。


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