ヘ短調作品34

ルブランの回想録の link 先はゲストブックを御覧ください。

音楽

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バイロイト第四日

服装

アンソニー・トマシーニ

ニューヨーク・タイムス 7月30日

バイロイト ― 「指輪」のうち3つのオペラが終わり、一つ残っている。バイロイト音楽祭での緊急の課題に的を絞る時間はある。もし熱望していたこの排他的な音楽祭のティケットをなんとかして手に入れたとして、何を着ていったらいいのか。

何十年守られてきたフォーマルな服装規定は近頃はずいぶん緩くなってきた。この傾向はたぶん不可避であろう。それでも大多数の人はフォーマルな衣装で現れる。男はほとんど黒のタキシードであり、白の夏上着は着てこない。きわめて保守的な衣装を着た高齢で風変わりなババリア人を見かけることもある。先日、似合いの杖と十字騎士団勲章のメダルのついた金の首飾り、その他を身につけた夫婦を見かけた。

たしかにびっくりするが、かくも多くの裕福な人々が、湿度の高い七月に着飾り、懺悔者の沈黙を守り、肘掛けがなく、足も充分に伸ばせない硬い椅子に座り、ワグナーのオペラをずっと聴きにやってくるのである。さらに忘れてはならないのは、会場には空調がないのである。モーターの音が素晴らしい音響効果を損なうからである。まあいいでしょう。だがその結果として演奏中に扇ぐ人の音がかすかに聞こえるのはいかがなものであろうか?

大胆な若いカップルが気候を考えて思い切ってファンシーな衣装で現れた。木曜日の「ワルキューレ」、この日は蒸すような暑い日だったが、きれいなカップルがいた。バイロイトのファッションのペース・メイカーたるべく、彼女はシンプルなアクア・ドレス、彼はエリをはだけた絹のシャツ、ショート・パンツといういでたちであった。やや年齢のいった紳士はキルトをはいていた。これは賢明である。こんなことを言っても信じないかもしれないが、チノとTシャツで登場してもいいのですよ。快活な案内係、ほとんどは若者であるが、その格好である。

ありふれたワイシャツの上に少ししわの寄ったかえ上着をきて、メモをもち、ボーとして、悩んでいる人がいたら、数多い評論家の一人である。他の夜も同じピンクのワイシャツを着ていたら、その評論家は私である。

バイロイトのドレスのモードは変化しつつあるかもしれないが、絶対に変わらない慣習もある。60分の休憩の終わりが近づいたことを告げるために、ルードイッヒ王の別館のバルコニーに八人のブラス演奏者が現れ、ファンファーレか次幕のライト・モティーフを演奏する。ヴァルハラの主題、「アルベリヒの呪い」、ジークフリートの角笛 ― 「指輪」では選択には困らない。この抜粋の演奏は幕が開く一度は15分前に、10分前が二度、五分前が三度あった。

バイロイトでは何事も時間通りである。評論家は上演の60分前にティケットを受け取らなくてはいけない。聴衆は演奏会場が暗くなる数分前には着席するのが普通である。ただ昨夜、私の後ろの席で、イギリス人とドイツ人が近年バイロイトの聴衆の着席が遅いとこぼしていたのを聞いてしまった。おもにアメリカ人かイタリア人かで二人の意見は割れていた。

それが最悪の事態ではなかった。木曜日の夜音楽祭では起こりえないと思っていたことが起きた。「ワルキューレ」第二幕の最後の場面、野獣のようなフンディングをまさに殺そうとして、「ゲー・ヒン・クネヒト」と口に出したとき、携帯が鳴ったのである。ウォータンのファルク・シュトルックマンはちょっと口ごもったようだった。バイロイトに携帯!私はウォータンに「フンディングはどうでもいい、携帯を持っているやつに槍を投げろ。ゲー・ゲー」と叫びたくなった。


写真はフォーマル・ドレスの一例である。ヴォルフガング・ワグナーと二度目の妻、右手のいるのが二人の娘で、ヴォルフガングの後継者と目されているカタリナ・ワグナーである。

バイロイト第三日

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バイロイト第三日

ピットを覗く

アンソニー・トマシーニ

ニューヨーク・タイムス 7月29日

バイロイト ― ワグナーは劇場の設計にあたり、バイロイトのオペラ劇場のオーケストラ・ピットを覆ってしまう変わったアイディアを採用した。ワグナーは当初、視覚的な効果を考えてのことであった。オーケストラを聴衆から見えないようにしたかったのである。ピットからの光で舞台上のイメージを損ないたくなかったのである。オーケストラがそこにあることを聴衆が忘れ、どこからともなく聞こえてくる音に浸らせたかったのである。同時にピットからの音が音響的に素晴らしくなることを思いついた。彼が期待した以上に音響は素晴らしかった。

皆さんはピットを見ていないとでしょう。これが今日の主要な話題である。私は幸運であった。職業的関心から、音楽祭の不思議なピットを見たいと申し出た。そして新演出のワグナーの「指輪」の先頭をきる「ラインの黄金」の演奏の前に見学させてもらった。私を案内してくれたのは、報道関係の女性でであり、ここのオーケストラに明るい女性で7人のハープ奏者の一人であった。

ピットでは確かにまごついてしまう。ワグナーは舞台の奥深くに潜り込ませたかった。普通は半円で演奏するかわりに、巨大な階段のように、6段に段差がついた列で演奏する。弦は最上段、ブラスと打楽器は最下段である。ワグナーの偉大な独創的な発明は傾斜したピットを完全に演奏者を遮蔽し、音を舞台に戻すことである。これにより歌手は容易にワグナーの最大音量をだすオーケストラ以上に発声することが出来る。ソプラノがブリュンヒルデでなかったら、その歌手は役をまったく果たしていないのである。

たしかに、このアイディアは素晴らしい、音響効果もすごいとしよう。ではピットではどうやって演奏するのか?階段を上り下りするのは危なっかしい。組合に入っているアメリカのオーケストラの演奏家だったら、損害賠償の文書一式を楽器のケースに入れていることと皆さんはお思いでしょうが。祝典劇場には空調はないから、湿気の高い7月の夜、ピットで演奏する演奏家はまるで「鴨神の黄昏」の最後のクライマックスでヴァルハラ城と神々とともに焼身自殺を遂げる気分かもしれない。


私を案内してくれたこの親切なハープ奏者は光栄にも、オーケストラの一員になったのだが、演奏するには怖い環境であると打ち明けた。後ろの低い段の人は、他の楽器の音は非常に聞きにくいですよと、彼女は言った。フォルティシモで音が集まると、すごい音になりうる。演奏者を見下ろす席に座り、一番高い出っ張りの真下にいる指揮者でさえ、調整しなければいけないと彼女は説明してくれた。指揮者に聞こえるおとではなく、すべての音がどう劇場に響き渡るかを感じ取ってバランスを取らなくてはいけない。

この調整をしない指揮者もいる。音楽祭の歴史の本で、フレデリック・シュポッツはゲオルク・ショルティの言葉を引用している。「音楽学校在学中に、何も聞こえなく、演奏者がまったく見えないところにいることになるかもしれないよと言っていたら、私は医者になっていただろう。」しかし、ショルティは大編成の、新鮮で、力強いオーケストラの音、とりわけワグナーを好んでいる。バイロイトのワグナーの曲は、しかるべき指揮者が選ばれれば、豊かで、暖かみのある、光り輝く、よく通る音を無理なく演奏される。

ドイツのトップクラスのオーケストラから選ばれた音楽祭の演奏者にも対抗手段がまったくないわけではない。誰も演奏者をみないから、バイロイトのピットでは毎晩がカジュアル・フライデイ(普段着の金曜日)である。

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バイロイト第二日

「ワルキューレ」にヒトラーの影

アンソニー・トマシーニ

ニューヨーク・タイムス 7月28日

バイロイト ― 1994年に出版されたフレデリック・シュポッツの注目すべき ワグナー音楽祭の歴史の172ページには、気味悪いが思わず見てしまう全面写真が載っている。1930年代中頃に撮影されたものだが、ヒトラーがワグナーのパトロン、ルードウィッヒ二世のための祝祭劇場の別館の二階から姿を見せている。音楽祭会場のすぐ側の広場に集まったバイロイトの聴衆にヒトラーが応えており、熱狂的群衆のほとんどすべての人が右手を挙げナチ式の敬礼をしている。

熱狂的なワグナー派であるヒトラーは1933年から1939年まで欠かさず音楽祭に出かけた。シュポッツが指摘するように、近代国家の元首でヒトラーほどこの芸術にとりつかれた人物はいない。「戦いはつかの間である」が、「文化的価値は永遠である」と彼は言っている。

新演出の「指輪」を聴くために毎日、私はこの広場を通りがかった。毎回私はこのルードウィッヒ王の別館の窓を見上げたものである。

私はあの写真の記憶を消すことは出来なかった。写真で遠くにあるものはかすんでいた。写真ではヒトラーは遠すぎて小さく見えた。でも、皆さんも当時ヒトラーが立っていた姿をまざまざと見ることができる。間違いない。

実際には、経済的、芸術的観点から冷静に見て、彼の支配の初期にはヒトラーの擁護は音楽祭にとって最悪だったとシュポッツはいう。ユダヤ人がドイツの音楽愛好者に占める割合は高かった。外国人は来なくなったのは驚くべきことではない。聴衆があまりに少なくなったので、党の機関にどっさり買わせ、将校たちに、オペラに興味のない連中まで、強制的に聴かせた。

現在では、ここの演出のメリットを評価しようが、ワグナー音楽祭は民族を超えた配役を試みているのはまちがいない。新演出の「指輪」ではブリュンヒルデとジークフリードはともにアメリカ人であるし、エルダは日本人である。さらに1950年以降、音楽祭は急進的な演出概念の温床になってきた。


それでもヒトラーの熱狂がワグナーのコンセプトに影響を及ぼしてきた。これは複雑な問題である。ワグナーは信じがたいほどの天才であるが、ねじけた男でもある。しかし昨晩、新演出の「ワルキューレ」を聴き、このオペラが人間的であり、感動的であることを再認識した。芸術の逆説である。創作者たちは自身を超越し、卓越したものに到達している。たとえ、連中の人生が不愉快で、自己中心的で、つまらないものであっても。

「ワルキューレ」でわれわれが見たのは、神ウォータンが権力亡者の家長である姿である。ウォータンは同意した契約を破る。彼は見捨てられたが不屈のジークムントを操り、彼が犯した過ちを繕おうとし、自分の過ちをお気に入りの娘ブリュンヒルデのせいにしようとした。ブリュンヒルデは直情的で父を崇拝しているのに。このオペラを作曲した人物が深い父の愛、人間の弱さ、野望の悲劇的結末、喪失の不可避性を理解していないといえるだろうか。

「ワルキューレ」の最後の20分間、ウォータンはブリュンヒルデに眠りの呪いをかける。娘を罰することで自らを罰するかのようである。この音楽にはかって構想された曲の中でも、最高に痛ましく、最高に美しいものがある。クリスティアン・ティーレマンは最後のシーンを実に見事に指揮した。私はこの演奏をバイロイトで聴いていたのである。この複雑な音楽祭の歴史とともに、私を突き動かせたのである。

昨日の「ワルキューレ」の前とどう繋いだらよいのだろうか。私はティケット売り場で二人をまっていたが、「ラインの黄金」の払い戻しティケットを手に入れようとして折りたたみ椅子で何時間も待っていた二人の熱心なワグナー・ファンには会えなかった。いないということは、彼らは中に入ったということであろう。4オペラ通しの「指輪」は一枚チケットで売られている。二人はそれを手に入れたのであろう。これから二人を探すことにしよう。

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バイロイト第一日

ビロードのロープの後ろで

アンソニー・トマシーニ

ニューヨーク・タイムス 7月27日

バイロイト ― 水曜日、バイロイトでの私の最初の一日は、有名なワグナー音楽祭で新演出の「ニーベルンゲンの指輪」を聴くことにある。まず朝は「ヴァーンフリード」に直行した。この堂々たる二階建ての石の建物は、1870年にワグナーのために建築された。私は少し遅れて「ヴァーンフリード」の裏手の緑の公共の土地に到着した。ここにワグナーと妻コジマが葬られている。犬もここに葬られ、墓石がある。

毎年夏になると、ワグナーの墓標の前の儀式とともに音楽祭は開幕する。今回、バイロイト音楽祭合唱団と合奏団のブラス部門がモーツアルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」とワグナーの「タンホイザー」の合唱を演奏した。「ヴァーンフリード」は「平和の夢」とでも訳そうか。ここは1945年の連合軍の爆撃で甚大な被害をこうむった。今日念入りに再建され、この家は展示館になっている。音楽室ではコンサートが催される。黒っぽマホガニーのシュタインウェイがあるが、1876年の第一回ワグナー音楽祭を祝して、シュタインウェイ社から贈られたものである。

「ヴァーンフリード」を出るとき、10代のドイツの男の子が10代の女の子の気をひこうと、代わる代わる建物の前庭にある芝をしきる刈り込んだ生け垣を飛び越えていた。爽やかな光景であった。バイロイトに向けられる非難は、音楽祭が宗教になってしまい、オペラ劇場が神殿になっているというものである。もちろん、これはすべてワグナーから始まったことである。彼は自分の二つの情熱、神話と芸術を合体させ、芸術の宗教「クンスト・ミュトス」にした当事者である。

これに対する私の反応は複雑である。われわれにとっては、芸術は宗教のようなものである。音楽祭の宗教的装飾や儀典 ― 聴衆は硬い、肘掛けのない椅子に早くから腰掛け、咳も聞こえない ― にもかかわらず、芸術がかくも厳粛に扱われるところで、思弁的な任務を体験することには、ある満足感をおぼえる。

一方で、宗教はすべての人に開かれたものではないだろうか?この音楽祭は世界で最も排他的である。世界的なオペラ劇場と同列でないのは、ティケットの価格ではない。価格は天井桟敷の30ドルから250ドルまでである。問題はティケットを手に入れることにある。批評家でも、支持者でも、コネのある金持ちでなければ、将来の音楽祭の名簿に名を連ねるのみである。7年以上の待ちはざらである。

水曜日の夜「指輪」の最初のオペラ「ラインの黄金」の上演を前にして、私は音楽会場のティケット売り場の外で腰を下ろすか、折りたたみ椅子にすわっているワグナー信者の一団をみてホットした。全員が払い戻しティケットを買いたいのである。私は最上級の記者席のティケットを持っている。すまないという気持ちを感じながら、自己紹介をしたものである。

行列の先頭はドイツの青年で、バイロイトの住人であった。彼は午前一時から座っていたそうである。二番目は中年のニューヨーカーであり、午前八時にここに着いた。彼が言うには、長年バイロイトにやってくるが、だいたいの公演は入れたそうである。わずかながら払い戻しティケットがある。二人ともこのチクルス全曲を見るつもりである。私は「ワルキューレ」の始まる前に、ティケット売り場に行って、「ラインの黄金」に入ったかどうかお教えしよう。

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バイロイト詣で11年計画

バイロイトに詣でるのには現時点で11年の長期計画を立てなければいけない。バイロイトは値上げを考えているそうだが、そんなことで待ち時間は一向に短縮されるわけではない。代替案としては10倍の値段を払うことがあることはすでにご紹介した。うかつだったが、トマシーニ記者のバイロイト関連の記事がまだあった。

彼のザルツブルク市内の話題を取り上げるシリーズがありご紹介した。ザルツブルクの辻音楽師、モーツアルト一族の墓、話題のソプラノ歌手、モーツアルト・ハウスのテーマで4回にわけた記事があったが、それのバイロイト版があったのである。それを見逃していた。ニューヨーク・タイムスで7月27日から6回にわけて連載した記事であるから、私が「指輪のCD」を三回に分けて訳し始めていた頃である。CDはいつでも入手可能である。それよりも、ひょっとしたら安く当日にティケットを入手する方法があったかもしれない。じじつそういう幸運な人もいたそうである。

それでは6回に分けて記事を紹介していくことを約束しよう。

私が若ければこの方法教えないのだが。


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