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高遠城・太鼓(時鼓)櫓
高遠城・太鼓(時鼓)櫓 (kazeさん提供)
7年ほど前、桜の名所と喧伝される信州・高遠(現在は伊那市)を訪れた。桜はともかく、交通の不便な山裾の田舎町でしかないこの町に、心の核が惹かれてしまった。それから数年、取り憑かれでもしたかのように、信州とこの町について勉強した。
旧時代、三万三千石の城下町であった。このささやかな町から、保科正之が出る。そのことは別項で、おいおい書いていくことにする。
さて、この町の段丘上に、中世の古城に武田信玄の配下、山本勘助が縄張りしたと伝う高遠城がある。天守とよべるほどのものはない。ただ、中世以来の深い空堀、掻き揚げ土塁、梯郭式の曲輪配置が、ほぼ荒されないまま今日に遺る。武田氏、保科氏(正光、正之)、鳥居氏を経て、内藤氏の治世に近代を
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アルバイト
2011/1/23(日) 午前 1:35
入学したばかりのまだ有髪の中学生( http://blogs.yahoo.co.jp/fnj8823/37823591.html ) は、部活は剣道をと思った。大昔の運動部、特に剣道部では特有のしごきやら不条理やらを経験させられた。若いうちに不条理を経験するというのはあながち悪いことではない、人生を学ぶひとつであろう。馬齢を重ねるとそう思う。
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コーヒー
2010/10/25(月) 午前 1:27
コーヒーとは自身のセピア色の歴史以来の付き合いである。長い。
学齢前であった。焦茶地にシロヌキで「ブラジル コーヒー」と記された缶が、食器棚にあった。食後の一時、父母が飲んでいたであろう。自分も飲んでみたいとねだったか。日頃要求することの少ない子の求めに「子供には刺激が強すぎるが‥」言い訳しながらミルクと砂糖たっぷりで与えられた。カップからた
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お静地蔵
2010/9/17(金) 午前 2:35
《 「お静地蔵尊 由来」 東京・目黒 成就院境内在 》
この石仏像は徳川二代将軍秀忠の側室お静の方の発願で奉納されたものです。お静は江戸城大奥にあがり将軍の寵愛を受け「お腹さま」となることを願い、三体の観音像を納め奉りその素願叶い慶長一六年(一六一一年)に男子「幸松麿」を授かります。
その後、秀忠公正室浅井常源院の威勢を畏れながらも
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