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西洋の何処かの国の風習に、女性から男性にその思いを伝える日があるという。それに便乗して、媒介としてチョコレートを贈る。これはチョコレートメーカーの市場戦略であったろう。この風習’60年以降、瞬く間に列島を席巻する。多分にテレビの影響によるところが多かったであろう。
古畑の中学生時代にもむろん、その市場戦略に乗せられた風習は成長期にあった。
わが中学は、群古墳の台上にある。運動場の拡張や通学路の整備の度、無数の須恵器の破片が出てきた。家から学校に通うにはいくつかのルートがある。最短は等高線を垂直に辿るものである。その道は「がけ道」と呼ばれていたか。道筋は、樹叢を纏った神社があり、大きな屋敷の廃墟があったり、墓地があったりで、ほとんど人気のない雰囲気の暗い、不気味な印象があった。
思いは住民の誰も同じであったらしく、がけ道の利用者は殆んどいない。未舗装の狭い道は、秋は落葉で埋まり、雨の日はくるぶしまで沈むほどぬかるんだ。このがけ道で、人攫いがあった、神隠しがあった、殺人があったというふうな忌わしい噂が、まことしやかに一人歩きしていた。好奇心が旺盛だったのか、怖いもの見たさだったのか、今となっては知るヨシもない。
どういう了見だったか、ともかく一時期、*曜日の下校時だけ、がけ道を下った。夏場はともかく、外灯とてない冬場は、油断ならない。目と鼻の先を、いたちだか、狐だかが走り抜けることすらあった。林の間の闇に妖しく光る双眸を見たこともある。
クラブ活動が終わって竹刀を肩に、トロトロとこの曜日もがけ道を下った。
がけ道がゆるやかになり、さらに下ると、人や車の往来が豊かになる。人々が群れなす集落に至る。集落に出る少し手前に看板だけは大きく「ほうらい屋」と上げた商店があった。乾物、飼料、肥料、薪、錬炭ほか多少の日用品を扱っていたようであるが、喰い気盛りには視野の外の店だった。
数段の石垣積みの上の建屋はこころもち傾いていたであろうか。「ほうらい屋」の前を過ぎ、人の賑わいが遠目に入ってきたとき、背後の高い所から、甲だかい禽獣の遠ぼえを聞いた、と思った。一瞬身を堅くする。身構える。竹刀を肩から外した。一度だけでない。耳を澄ますと禽獣ではなく、人声であった。それも我が名を呼んでいるようである。
それと思しき方を振り返ると、杉の大木の枝に腰を掛け、足をブラブラさせる「人影」がある。闇を透かし観察すると、同級生の「ほうらい屋」の娘だった。地黒ですすけた印象の、この「ほうらい屋」の娘は、気の毒なことに、少し知恵の成長が遅れていた。
枝の上から、
「今日はバレンの日じゃろォ」
バレンとはバレンタイン・デイのことを言っているらしい。黙って首を振るしかない。
「うちんくはチョコレート売っとらんき、これあげる」
木の上からなにやら放って寄越した。重量感がある。ビニール袋に入った干しイモであった。
生来、人からモノを貰うのは苦手である。
「俺はええよ、イラン!投げ返すけん、受けとれよ」
「いかん、いかん、バレンのプレゼントは、断ったらいかんチ」高いところの声が跳ね返った。
「それにウチね、古畑君がここ通るまで、ずっと待っちょったんやきにね」
「‥何で俺が、がけ道通るがわかる?」
「そいぢゃて、*曜にはたいてい、うちんくの前通るがいね」知らないところで行動を読まれている。
(ふ〜ん、バレンタインのプレゼントは、拒否しちゃいけないのか、面倒なことじゃナ)
「ほな、もろとく、ありがと」きびすを返して、また歩き始めた。
一日四食食べても、なお足りないくらいの成長期の腹に、この思わぬ差し入れは有りがたかった。
ムシムシ齧りながら家路をたどった。
このころは、まだ現在のようにホワイトデーは影が薄い。バレンタインの贈り物は「お返しなし」であったように思う。
これは古畑にとって、大変さいわいな事であった。
もし、現在のように1月後のお返しをしなければならなかった場合(おもわぬ律儀な面もあるので)、あの手間の掛る娘にどのような方法で、どんな顔をして、それを実行したであろうか、片意地張った、不器用な少年、古畑が。と、今思い返しても、自らのことながら可笑しく、微苦笑を誘われるのである。
印象に残る、セントバレンタイン・デイにまつわる思い出である。
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ぶんちゃん
古畑さんが何やら強張ったような顔をして渡すのか・・なんて想像すると」自分でもそう思いました^^。不遜にも、子供の頃から自分一人で生きてるような気持ちがありました^^;(本当は人一倍、他人様の心や形での厄介になっているのに)、上手な人間関係を構築するのに時間が掛って‥。
2009/2/22(日) 午後 10:44
クニちゃん
「人が特別に自分を気にしてくれたという事が私は嬉しい」これ大変崇高な心根のありかたですね。
2009/2/22(日) 午後 10:46
バレンタインが始まったころのほろ苦い思い出ですね。
私の国ではそれほどチョコレートにこだわらないですけど、
日本はチョコレート一色ですごいですね。
方言が妻の実家の方に似ています。幅広く使われているんでしょうか?
2009/2/22(日) 午後 10:51 [ エルモ ]
りょうさん
なるほど、なるほど、云われてみると、そうか。「ほうらい屋」は下町娘気性か。物おじしない、ストレートな言葉で我意を通す、巡りのよい頭(もっとも「ほうらい屋」はそのところは弱かったかもしれないけど)、そして行動的にもフットワークが軽いと‥。
2009/2/22(日) 午後 11:17
侍さん
バレンタインデイ=チョコレートは、モロゾフかどっかのマーケット戦略が切っ掛けだと思います。今では少しずつチョコレート離れしているような気もしますが、確かにあの時期はチョコレート旋風ですね。方言は多分、奥様のご実家のエリアと近いところだからだと思います。しかし、侍さんは日本語にも敏感ですね。脱帽!
2009/2/22(日) 午後 11:19
この年頃は女の子の方がませてますからね、かわいいもんです w
2009/2/23(月) 午後 6:08
素敵な思い出ですね。ホワイトデーのことより、この少女の思いの方が気になりましたよ。僕ら男は無粋ですね。
2009/2/24(火) 午前 5:08
りょんさん
確かに、同学年でも精神年齢は同学年ではないですね。同学年でなくても、遥かに女の子は進んでいる。町のあちことで見かける風景でも‥^^;
2009/2/24(火) 午後 10:03
kodaizinさん
コメントありがとうございます。男衆の中には大変女性にこまめな方もいらっしゃるようですが、この朴念仁、古畑は昔から、様のない対処しかできませんでした^^;。kodaizinさん御指摘のように「少女の思い」に気がいかなかった、ですね。
2009/2/24(火) 午後 10:11
こんばんは♪
小説を読んでいるような気分です(^^)なんだかくすぐったいような・・・とっても純粋で、素敵な思いでですね♡
近頃は「友チョコ」というのが流行っていて、友達同士でチョコを交換するみたいです。息子はそのおこぼれを頂戴して喜んでいます(笑)
2009/2/27(金) 午前 1:43
「なんだかくすぐったいような・・・」うれしいコメントです。ありがとうございました。古来の風習、輸入風習が混然一体となった我が国ですが、そういうことはともかく、そうした中で同時代人は生きている。生きているなかに記憶として流れ去らないあわあわとした何かがある、それを今さら引っぱり出してどうするのか。記憶って何が支えているのだろう‥つまらないことを考えながら記事にしました。友チョコ最近良く聞く言葉になりましたが、これも、面白い風習になりそうですね。
2009/2/28(土) 午後 2:39
この年頃の女の子、確かにませてますよね f^^;
でもその世界の中に大人の目線で飛び込んでみるのも
なかなか味があって面白いです www
↑元来カスカスの自分の色気も、
彼女らの活気でよみがえるような気さえして来ます wwwww
2009/2/28(土) 午後 5:36
りょんさん
りょんさんは、ただいま下町コムスメたちと密接だからね。しかし、東京都辺り(だけじゃないかな)の公教育の崩壊が取りざたされている中で、一方では、りょんさんのようにコムスメの心底深く入り込んで、結果人間教育になっている。そんなステージを作っている。脱帽ですよ。「彼女らの活気でよみがえるような気さえして来ます」これ古畑よくわかります。人間とのコミュニケーションは、真面目であればあるほど、相互のエネルギーの奪い合いのようなところがありますからね。
2009/3/1(日) 午前 0:56
特に都心の人間関係は複雑ですからね f^^;
企業だって様々な土地からの寄せ集めで
なんとかやってるみたいな所がありますよね f^^;
下町こむすめ・・・w
彼女らも大人になれば気がつくでしょうが、
こましゃくれていてもまだまだ素朴な感情が強いので
かわいいもんです w
逆に下町の大人は洗練されていない上に
分かりやすいほど保身に回りますのでw
こちらの方が手つけられないどうしようもなさです f^^;
2009/3/1(日) 午後 11:46
うん、うん、それもあるし、教えられる者と、教える者の間のエネルギーの奪い合い。りょんさんは多くのコムスメや、小坊主から彼らが体中から発するエネルギーを受取る。彼らもりょんさんからエネルギーの放射を受取る、と。しかし、「町の大人は洗練されていない上に分かりやすいほど保身に回り」これぞ分かりやすい下町人評!
2009/3/2(月) 午後 8:05
こちらも奪われ損しないよう、
出来る限りこむすめ&ぼうずエナジーを吸収してます www
2009/3/2(月) 午後 9:41
で、「元来カスカスの自分の色気も、彼女らの活気でよみがえる」。重畳至極ですね^^。ほのかに、りょうさんと彼らのやり取りを感じますよ。
2009/3/4(水) 午前 1:01
お互い異文化・異世代のやりとりなので、
情報なども聞いていると面白いです www
2009/3/4(水) 午前 10:11
異文化間の親和関係を結ぶにもっとも適した、熟した年齢差なのかもしれませんね。目線が近くて。もっとも、りょんさんの彼らへの熱意、関心、接し方が全てですけどね。
2009/3/6(金) 午前 0:56
子供の仕事から長いこと離れていたせいもあり、
最初は子供が苦手で嫌だったんですけどね f^^;
子供の方は何の物怖じもせず
私の世界にスタスタ入り込んで来ましたからね f^^;
それに応えないわけにも行かず、現在の状況があるんでしょうね
f^^;
それはそれで楽しいと思えるようになりましたね www
2009/3/6(金) 午前 3:45