古畑 任次郎事務所・日誌。

東北関東大地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。古畑は元気です。

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坊主刈り

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 何時からこうした現象が風靡したものであろう。彼の昔、多くの男子中学生は坊主刈りであった。我が母校も例にもれなかった。学校規則には丸刈りにせよとの具体的な記述があった訳ではない。規則的な根拠は「中学生らしい品位のある服装、態度‥」との抽象的な記述だけだったと記憶する。多くの学校も多分そんなものであったのではないか。

 ともかく、小学校を卒業する前後からクラスに可愛らしい坊主頭が増えていった。多くは春休みの内に馴染んだ頭髪との訣別をした。いずれもが照れて眩しそうな顔で登校してきた。

 行き付けに「松竹館」という、銭湯の大きな構えの隣にちんまり建つ、床屋があった。ガラス戸に縁取りの薄くなりかけた「理髪松竹館」の金文字がおどっている。店の構えには大きに過ぎるほどのサインポールが三色縞をゆるゆると廻していた。

 店は小柄な中年婦人が独りでやっていた。几帳面な気の配りが、店の隅々まで張り詰めていた。引戸を引くと、強烈な整髪料の匂いが鼻をついた。

 大人たちはこの女主人を「松竹のチイさん」と親しく呼んでいた。チイさんは白いエプロンとマスク掛けが仕事着である。潔癖が過ぎて、口煩くもある。子供客には厳格な教育者の視線で接する。高じて皮肉にもなった。小さな頭に鋏を入れながら、訓戒を垂れた。

 口の重い古畑の場合、言われることは決まっている。「受け答えがきちんとできんようじゃ、いかん。世渡りで困ライ」「人には愛想よくするもんゾネ」‥。

 そう言われたところで性格である。これだけは如何ともしがたい。この間、窮屈である。しかし、近くには他に床屋がある訳ではない。むろん、チイさん本人は、大真面目に親切で言うのである。聞かされる身になってみれば、髪を切りにいったか、説教を拝聴しにいったんだか解らない。

 訓戒の内容は変われど、他の少年たちにも同じふうだった。指摘のひとつひとつは建て前である、徳目であった。腕白盛りには耳に煩くてかなわない。そうであったから、「うるそうてかなわん、小言ババじゃ」子供の世界で松竹のチイさんは極めて不評であった。

 松竹館の待ち合いは畳座敷になっていた。順番がくるとチイさんはマスク越しに客の名を呼ぶ。客が多くても間違えるということはなかった。待ちくたびれた子供たちが騒ぎ始めると、鋭い注意が飛ぶ。まさに、鶴の一声であった。

 中学の新学期が始まってもクラスで数人、坊主頭でない生徒がいた。古畑もその一人である。髪を残した他の生徒同様、坊主頭へのほんの僅かの抵抗以外、さしたる大きな理由はない。周囲の無言の圧力に屈服するように、月曜日を迎える度、非坊主頭の数は減っていった。
 
 髪がのびて、「松竹館」に行く。詰襟の有髪中学生は、チイさんの恰好の検断の対象である。「丸刈りにするじゃろ」プレッシャーを掛ける。「いや、せん!」激しく頭を振る。稚気ながら意地である。「中学生は坊主が規則ジャロ」「ほんに変わった子じゃね、他の子はみんな坊主にしとるちゅうに」「規則を守れンようじゃ人間としてダメぞね‥」(校則には”坊主にせよ”とは書いとらん‥)とは思うが、もちろん口にはできない。散々に坊主刈を薦めながら、それでも、チイさんはしぶしぶ若い頑固な客の注文に応えた。

 初夏の頃には、全校男子で古畑のみ頭髪が残っていた。その期間、坊主頭でないことに無風であった訳ではない。陰に陽に坊主頭にすることへの圧力がかかった。HRで、朝礼で、授業担当からことあるごとに注意される。担任や風紀係の体育の教師に何度か呼ばれもした。体育の教師には怖い顔で「今度、床屋に行ったら必ず切ってこい、エエかぁ!」髪を引っ張られながら恫喝された。

 この辺りから生来のつむじ曲がりのつむじがさらに曲る。一寸の虫にも五分の魂。(勉強に何の不都合がある、三年間は伸ばしちゃるワイ)有髪へのこだわりは、古畑の中で小さなイデオロギーになった。

 初めての夏休みのある日。松竹館の客となった。相変わらず坊主刈りか否かを尋ねられたが、当然のように現状維持を告げる。「‥ほんまに、変わった子ぉじゃ」首から白布が掛かけられる。

 話しかけられ言葉を返すという鬱陶しい作業から逃れるには、散髪の間、目を閉じることだった。これは長じても床屋政談をもちかけられることへの忌避の便法となった。現在でもそうである。松竹館で学んだ。

 この時もそうした。チイさんの言葉数が少なかった。いつもは鋏を使っての調髪であるはずなのに、背後で電気バリカンが唸る。後頭皮に冷ややかな金属を感じた。頭頂部に至った時、俄に頭が軽くなったような気がする。髪の塊が落ちた気配がある。(りゃ?!)慌てて目を開けた。大鏡を見る。頭の真ん中をバリカンの筋目が走っていた。

 あやうく声を上げそうになる。チイさんの目が笑っていた。(坊主にしてくれとは頼んどらんが!!)毒気を抜かれ、声にならない。俎の上の鯉である。

 よほど驚きと不満に満ちた表情だったであろう。その間も容赦なく作業ははかどっていく。僅かの間に見たことのない自分の風景が出来上がった。洗髪の後、チイさんは自分のポリシーを全うした満足感に満々としたふうであったが、こちらは感情の遣り場に困った。一瞥以上に鏡を正視できなかった。

 入口の引戸を開けて外に出るのに抵抗がある、勇気が要った。頭部にひとしきり暑い日差しを感じる。思春期のささやかなレジスタンスが不慮に挫折した。

「坊主にされた、髪がなくなった‥」手で頭の上で起こった現実を確認しながら、気持ちと事実の段差を埋めるのに多少の時間が要った。暑い夏の一日であった。
 
 高校生になって社会が拡がると、散髪は多少遠くはあったが、市内の別の床屋に通う。もう「松竹館」には足を向けなくなった。

 つい先頃。床屋のイスに座って瞑目の最中、「コンであんたも中学生らしゅうなったわいネ」勝ち誇ったようなチイさんの表情があわあわと蘇った。今となっては、チイさんの背信のサービス精神を懐かしく感じるのである。 
 
 長い時の経過というのはどうも、過去を喜劇に化学変化させてしまう作用があるようである。


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閉じる コメント(30)

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「ウッドペッカー頭やインデアン風」…!
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

世代が違うと確かにそう見えますね… wwww

前の仕事で一緒だった人なんか、
同窓会で呑み屋で会ったら私と同年なのに
髪の色が赤かったですね wwww

ほんと最近のヘアスタイルも面白くなりました www

2009/3/27(金) 午後 7:15 夢灰桜

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それに、浮浪児頭、ウニ頭、仏門頭(スキンヘッドと洒落てるか)、そして、色とりどりと。別の(おじさんの)目で見ても面白いですね。最近の若者の頭。

2009/3/27(金) 午後 9:23 古畑 任次郎

いつもご訪問”コメント”『ありがとうございます!』
坊主刈りって、世の全ての男性が経験できるモノでもないんだとしたら・・・任次郎さんいとって貴重な経験になったのでしょうか?
ちなみに、この頃は もう坊主刈りはしてみようと思いませんか?
田村正和に坊主刈りはイメージが湧きませんが・・・(笑)

2009/3/28(土) 午後 5:05 [ クニちゃん ]

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こちらこそコメント感謝です。丸刈りは経験としては貴重でしたかね。この頃は坊主刈に?思いませんね。毛スジほども(笑)

2009/3/28(土) 午後 9:22 古畑 任次郎

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なるほど、そうきましたか・・さぞや「!!!」だったことでしょう!
坊主頭がいやで附属中学校を受けた友達がいたな=(床屋の息子)落ちて丸刈りにしたけど。。
今から15,6年前、市内のある中学の児童会で「頭髪を伸ばしたい」って論議になって、何度も足を運んで記事にしましたっけ・・。
野球で無理無理坊主にした長男は野球をやめても坊主派です。あの、ビロードみたいな手触りがいいと酒井順子氏だかが書いてました。声変わり前までの子供限定だそうです。
長男の頭からはなんとなくミルクみたいなにおいがします。これがそのうち汗くさくなるのかと。

2009/3/28(土) 午後 10:19 [ sal*l*231* ]

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讃良さん
中学生になると、個に目覚め始めるものか、社会とのつながりを強烈に感じましたね。頭髪のような些末なことに規則が介在し、周囲の目が光り(仲間、地域社会、家庭‥)、個々人の自己規制が働き、挙句の果てチイさんのような検察官がいる。なんなんだ、これ(こいつら)は!という驚き。そうした環境に対してどうやって自分を発顕していくか、それが成長の次のステップなんでしょう。「長男の頭からはなんとなくミルクみたいなにおい」解るような‥。男は(相当時期に個人差があり)中学・高校で大きく幼少期を脱皮すると思いますね。

2009/3/30(月) 午前 0:12 古畑 任次郎

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浮浪児頭…?

ひょっとしてアフロですか…?

wwwwwwwwwwwww

最近男性の頭が全体的に女性化してると感じるのは
私だけでしょうか… f^^;

2009/3/30(月) 午前 8:02 夢灰桜

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浮浪児頭‥当代人気の○○アーチストグループの方々の頭も、おじさん目からは浮浪児頭(専門のスタイリストが付いていて、むろん清潔だろうし、金もかかってるのは重々承知ですが)に思えるんですが‥^^; アフロは五右衛門頭とでもしておきましょうか。「男性の頭が全体的に女性化してる」そうですね。後ろ姿で男性か、女性か判別が付かない場合がありますよね。

2009/4/1(水) 午後 8:40 古畑 任次郎

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とうとう古畑さん髪が刈られてしまうところでは思わず笑ってしまいました。

夫は小学生時代を東京で過ごし、中学に上がってすぐに鹿児島に引越ししたそうなんですが、ものすごいカルチャーショックを受けたそうです。まず言葉、そして坊主頭。ものすごく抵抗感あったそうです。なので、思いいれたっぷりに読ませていただきました。

でも、個人的には私、坊主頭が好きです。

2009/4/2(木) 午前 10:24 [ awakis2000 ]

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後ろ姿は特にそうですね f^^;

だいたい男の子達の体型がひょろいから余計分かんないんですよね
wwwwwwwwwwwwwwwwww

2009/4/3(金) 午前 9:40 夢灰桜

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awakisさん
ありがとうございます。ホントに今や笑い話です。御主人の東京から鹿児島への転地は大変な環境の違いで、中学生としては強烈な驚きの連続だったでしょう。ローカルティ−は人を拒むところもありますし。しかし、人生においては「違う社会を見る、生活する」ということは得難い無形財産になったことと思われます。坊主頭も含めて(笑)。

2009/4/3(金) 午前 10:00 古畑 任次郎

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こん
"∧_∧
(´・ω・`) まいど
/ つとl のぞきにきましたよ〜
しー-J

2009/4/4(土) 午前 6:40 日帰り温泉とグルメ

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訪問有難うございます。

2009/4/4(土) 午後 6:56 古畑 任次郎

まあ…すごいおばちゃん。

昔だからこそできる事なのでしょうか。

今だったらすぐ訴えるだの保障だの言われる気がします…。


今の子供達はすぐにキレますから…


古畑さんが眉間に皺を作りながら
坊主頭でいる光景が自然と浮かびました。

古畑さんを実際に見たことはありませんが
そんなイメージ(眉間に皺)です…。

2009/4/4(土) 午後 7:27 ぶんちゃんです

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りょんさん
確かにそうですね。後ろ姿だけでは性別の判定が難しい。また、のっぺりした優男も増えてきているようで、時には正面からでも男?女?と思う事がありますね。東南アジアでは「日本人は綺麗」というらしいですが、ここ数十年で面相に変化が出てきたのでしょうね、多分。異相が少なくなった気がします。

2009/4/4(土) 午後 7:30 古畑 任次郎

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ブンちゃん
全く、町の風紀係、おばちゃんでしたね ^^;昔の町のちょっと、とっぽい秩序ウーマンだったのでしょう。「眉間に皺を作りながら坊主頭でいる光景」ブンちゃんは透視もやるのかぁ!!!! ドキッとしますね。ブンちゃんのイメージに近いかも?女性の第六感というぐらいだからなぁ‥。

2009/4/4(土) 午後 7:43 古畑 任次郎

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きのう会った小学校の時の担任の先生とアルバムを見ていて「なんで坊主頭ばかりなのか?」について、中学になると強制的に坊主になるから早いうちに坊主になったと話しました。坊主になるのがいやなのか違う中学校へ行ってしまった友人のことなどを話しましたよ。

2009/4/5(日) 午後 2:19 麟冬

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「のっぺりした優男」・・・wwwwww

ヨン様みたいな優しげなのが流行る時代で、
ワイルドな荒々しさは敬遠されるのかも知れません www

それにしても最近の男子・・・。
ひょろ過ぎ・・・wwwww

2009/4/17(金) 午前 2:44 夢灰桜

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麟冬さん
コメントありがとうございます。PC不調で返コメ遅れました。すみません。坊主頭と中学生。恩師と懐旧の時間がとれ良かったことでしたね。

2009/5/23(土) 午前 1:23 古畑 任次郎

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りょんさん
遅ればせながらのコメントです。見かけだけでなく中身もやさしくなった現今の男子たちですね。顔の相も時代の反映なのかもしれませんね。

2009/5/23(土) 午前 1:25 古畑 任次郎


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