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高遠町歴史博物館前の保科正之、母・志津石像
(kazeさん提供写真に古畑加工)
うやまって申祈願の事
南無氷川大明神、当国の鎮守として跡を此の国に垂れ給い、衆生普く助け給ふ。
ここにそれがしいやしき身として太守〔将軍・秀忠〕の御思ひものとなり、御胤を宿して当四五月頃臨月たり。
しかれども御台〔秀忠夫人・達子また於江、於江与〕嫉妬の御心深く営中〔江戸城内〕に居ることを得ず。
今信松禅尼〔信玄遺娘・松姫〕のいたわりによって身をこのほとり〔武蔵・足立郡の大牧村=見性院知行地〕に忍ぶ。それがし全くいやしき身にして有難き御寵愛を蒙る。
神罰としてかかる御胤をみごもりながら住所にさまよう。
神明まことあらばそれがし胎内の御胤男子にして、安産守護し給い、二人とも生を全ふし、御運を開くことを得大願成就なさしめたまはば、心願のこと必ずたがひたてまつるまじく候なり
慶長十六年二月 志津
(『会津若松市史』〔 〕注は古畑)
志津の悲劇は(秀忠による寵愛と妊娠は)彼女が、徳川家正当の血統維持機構の埒外の女性であった、ということによる。秀忠の父、家康のような一ダースを超える側室との間がらのことであれば、慶事である。この時代稀なことに秀忠は、側室を置かなかった。いや、置けなかった。正夫人の達子(於江与、於江)は嫉妬深い恐妻であったが、夫婦にはなにより子宝に恵まれた。いかなる達子でも子をなさなければ、むろん、血統維持のために側室は用意されたであろう。
その、側室を持たない秀忠が、現代で云えば総務課の若い女子職員に恋心を抱いた、という方がわかりやすいであろうか。志津にとっては迷惑な話であったかもしれない。ことの果て自然の摂理として懐妊する。それも二度。一度目は堕胎するが、二度目の懐妊の時、里帰りした志津は身内のアドバイスにしたがって、出産を決意する。
しかし、志津懐妊のうわさを聞きつけた達子は、激しく嫉妬の炎を燃やす。燃やしただけではない。里下りした志津の周辺に探索の目を当て、刺客を差し向けようともする。武田の遺娘(見性院、信松尼)がこの盾となる。以後、志津は彼女らの息の掛かった隠れ家を転々とする。上述の武蔵国・足立郡大牧村もその一つであった。(上記の願文はその時のものである)
やがて、生を受けた正之(幸松)と志津は、見性院の養子名目で、城中、田安門内の比丘尼屋敷内に移り、七歳まで撫育される(この後のことは http://blogs.yahoo.co.jp/fnj8823/37736530.html を参照されたい)。正之は、こうした自身の誕生秘話を母あるいは、見性院から物語として聞いたに違いない。
女性に関してもう一つ、達子同様正之の魂を動揺させる出来事があった。
成年後の正之には正室菊姫があった。菊は夭折する。側近の於万を継室とする。この於万、ファナチックな部分において達子に共通するのはどうしたことであろう。正之の側室の娘が自分(於万)の娘より格上の加賀家に嫁ぐ事に嫉妬し、毒殺しようとする。が、手違いから皮肉なことに、実の娘に毒の入った食事が回り、娘は中毒死する。
正之は嫉妬による殺害行動を再び身近で経験する。家綱の政治後見に寧日ない中、毒殺事件関係者を厳に処断しながら、つくづく女性の妬心、怨の強さを再認識したことであろう。(於万は正之死後も会津家中で女謁を行い、藩政を混乱させる)
ただ、聡明な正之はそうした女性の美質と醜悪とをパーソナリティーで仕訳するにとどまらなかったであろう。ことごとしい言い方をすれば、女性の宇宙原理を捉えようとしたであろう。
女性(に限らず人一般も)には無慮の感情の陰陽、抑揚があり、時々刻々変化する。化学実験のように試薬や触媒を変えると、同じ成分が全く別の化学変化を起こすように、人において状況ときっかけは、その魂のありどころを著しく変えるもの、との結論に至ったに違いない。
翻って為政の立場にあって、正之は、その試薬・触媒を過たず調整することで、中国の理想政治 「尭と舜」の仁政が行える、そう結論づけたのではなかったか。正之の政策視角は時代を超えたところがあり、近代人のようであると思いもしていたが、実は東アジアに太古からある、形に表し難い統治原理を知らずのうちに感得したのではないか。
特に、その統治原理に達するに当たっては、上記のような愛と憎を両極に具有し個性の際立った、正之を取り巻く「女性たち」の存在があったと思えてならない。
むろんこれは古畑の勝手な思いにすぎない。
慈愛の母、お志津とお志津地蔵(正之のために目黒・成就院に献納したものの模刻か)の写真を眺めながら、四百年も前の、しかし、つい近くにいるような高遠出身の高邁・高潔な政治家・行政家、保科正之に、ふつふつとつまらぬ思いをはせるのである。
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いやはや、『悪魔の手毬唄』みたいな世界ですね〜 f^^;
昔はあったと思います、
地位や立場があるなら尚更… www
今は地位や立場がない人が多いし、
気に入らなければ当事者同士が別れれば済むお話でしょうが
www
それにしても女性の嫉妬というのは、
非常にたちの悪いものですね f^^;
何しろ相手の中に
自分の持ち得ないものを見出して自己投影するわけで、
そこからいつの間に
「この人にはあって何で私にはないの…?!」みたいな
歪んだ自己反省みたいな感情がにじみ出て来るんですね f^^;
それが女の嫉妬の大きな原因の1つでしょうね f^^;
同性の中にあって、
色んなタイプの嫉妬があると思いますがw、
出来る限り余計な口出し、パフォーマンスを避けると言うのが
東京式の“逃げ方”ですね f^^;
↑これがうまく出来なければ、
女性社会の中にあって
生活を維持することも出世して行く事も出来ませんね f^^;
それを解脱し、淡々と自分を通して行けるようになるのは、
相当な如才なさが必要になりますね www
2009/7/7(火) 午後 6:01
古畑さんの
総務課の若い女子社員という表現に
また大爆笑してしまいました
女性の嫉妬心ですか…
今も昔も
どんな偉い立場の人も
実は身近な女性の言動によって
振り回されている事も
あったのかなぁなんて勝手に思っています
それはもちろん女性の嫉妬や増悪からくる言動もあったり…?
女性の嫉妬心て
好きな男性を巡る嫉妬以外にも
自分よりキレイだとか
自分よりお金持ちだとか
自分の子供より頭が良いとか
同性に対して
とにかくいろいろな嫉妬心がありますよね
今でも昔でも
色々なドラマがある訳ですね
2009/7/7(火) 午後 6:33
保科正之のような尊敬に値する人物でも、女性に苦労したんですね。彼の場合は、輪廻のように巡り巡っている感じもします。
この点、意外と人間的な煩悩に悩まされていたんだなあと、妙な点、親しみが持てます。
2009/7/7(火) 午後 6:34 [ あおれんじゃあ ]
女性の権力とは1人でも強大な威力を発揮するものなのですね。正之を守るため母・志津は日夜心労が絶えなかった事でしょう。母の愛は嫉妬心よりも強いという事でしょうね。
2009/7/7(火) 午後 8:13
りょんさん
りょんさんらしく、女性の嫉妬心の傾向と対策。「歪んだ自己反省みたいな感情がにじみ出て来るんですね ‥それが女の嫉妬の大きな原因の1つで」そうなのですね。なるほど「出来る限り余計な口出し、パフォーマンスを避ける」か。
2009/7/7(火) 午後 9:57
ぶんちゃん
大爆笑ありがとう^^、男と女しかない性のかかわりによって人生や社会のあり方を大きく変えますね。権力の座にあっても家庭人であることから逃れられない。その家庭の中の男と女は男の社会的位置とはまた別のミニ社会関係が形成されてますからね。歴史の表面に現れないけれど、女性のありようは大きいように思いますね。
2009/7/7(火) 午後 10:02
あおれんじゃあさん
家庭はどの世界も大同小異のようですね。特に核家族では長期低落で男の位置が軽くなってきますしね‥。保科正之のように極端な女性に取り巻かれない分、我々は少し安心でしょうか。
2009/7/7(火) 午後 10:07
kazeさん
たった一人の息子、それも貴種の落胤で。母の心労は大変なものだったでしょうね。このくらい濃密な母子関係も保った親子少なかったのではないでしょうか。状況が絆を強くしたといえるかもしれませんね。
2009/7/7(火) 午後 10:15
2度、ということは、志津さんとは逢瀬を重ねていたということでしょうか?
たった1度ならまだしも、そして
いっぱい側室がいるうちの1人ならまだしも・・・
それはきついですね、お江さんにとっては・・・
私がお江さんだったら同じ仕打ちをしたかもしれない。
だって、「夫は私にわからないように浮気してくれればいい」な〜んてものわかりのいい妻じゃありませんからね・・・
(でも、今なんもわからないのでどうだか知らないが)
私は、前、新聞小説の「美女いくさ」を読んでいたので、どうしてもお江の視点からしかとらえていなかったので、保科公のことを聞いてからは両方、相反するような思い(アンビバレント??というのかこういうの?)を抱いていました。立場変われば・・・ですよね。
武田の娘というのが、最近ほかの方から聞いていたキーパーソンなる方かな?
彼女はお江の大河ドラマには出てこないのかな?(こなそうだ・・)
武田の娘さんは、保科公のドラマには出てきてほしいですね!
2009/7/8(水) 午後 1:39 [ K ]
Kさん
○秀忠のお気に入り女性だったのでしょう。最初の懐妊の時、お志津は里下りをして堕胎をします。もう、二度と城には戻らぬつもりであったが、秀忠の意が要路を通じて懇請され、しぶしぶ戻っていくのです。
○大河ドラマになれば、信玄の遺娘たちは、事実としても、ドラマ構成上も外せない人たちです。この人たちあっての母子存命ということでしたから。(見性院は、母子庇護の件で、将軍家夫人に胸のすくような啖呵を切るんですが、”さすが信玄の娘よ”と外野がうなる、この辺り、手をかけないでも芝居以上の芝居になっている)娘といってもこの段階では、老女ですけどね。見性院は、正之母子を、保科正光(これも武田の遺臣)に託したわずか数年の後、世を去ります(まるで正之母子の庇護が天命であったように)。正之はその死を大変悲しがります。正之のおかれた立場と情を描写する、ドラマとしての見せ所の一つですよ(古畑が脚本家なら盛り上げる場面ですね、このフレーズどっかでも使ったかナ)。そう、キーパーソンになる方です、見性院、信松尼姉妹は。
2009/7/8(水) 午後 11:44
こん
∧__,,∧
(`・ω・´) まいど!
/ つとl のぞきにきましたよ〜
し―-J
2009/7/9(木) 午前 6:19
hana11さん
感謝、来訪。
2009/7/19(日) 午後 5:16
女の目線ほど鋭くて、主観的なものはありませんからね www
2009/7/29(水) 午前 0:40
りょんさん
ふんふん、確かに鋭い。確かに主観的ですね。だから、いいところもあったり、またシャーマニックでもあるんでしょうね。
2009/8/1(土) 午前 0:45
私が女優だったら、信玄の娘の役をやりたいです。学生時代に「歴史を動かした女たち」という本が大好きで、強く賢い女性に憧れていました。自分にないものに惹かれますね♪
2009/8/13(木) 午後 3:11
なるほど‥そのような視角からの観察もありますか。信玄の娘は確かに強いですね。女優さんならどんな方が演じられるとリアリティがでますかね。
2009/8/25(火) 午前 0:21
結局あれから、女の主観の世界から脱出してしまいました… www
2009/11/13(金) 午後 11:35