古畑 任次郎事務所・日誌。

東北関東大地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。古畑は元気です。

高遠蕎麦

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高遠蕎麦

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         高遠町の本通り

♠安濃スクラ氏:こごまんで来たがらには「高遠そば」だな、やっぱし。

♥助手アベナ:「高遠そば」って会津にもあったよね。保科正之の会津移封のつながりなんでしょ。

◇古畑任次郎:そう。近世大名は幕閣の政治的な思惑で、移封という統制を受けなければならなかった。戦国大名のような地元に根をはやした大名ではなくなった。特に戦国の余塵が残る江戸初期は移封(減石移封)や取り潰しが盛んだった。植木(大名と家臣団)は差し換えられても鉢(地元民)は替わらない。だから、「鉢植え大名」と揶揄されたりしたんだが。

♤喜寿美堂:大名家の家制は、アメリカ大統領の閣僚や、米大リーグの監督とスタッフの関係に似ていますね。スタッフはボスと進退を共にした。だから、監督が球団を移るとスタッフも共に移る。大統領だとボスが政権をおりると閣僚もボスと共に下野する。大名の移封も原則的にはそんな感じですね。

◇古畑任次郎:徳川政権が安定すると保科正之の増封のような例は極めて少なくなる。減封移封か換地移封が多かった。旧臣は土地に残さないから新封地に付いていくか「召し放ち」という名でリストラされた。

♠安濃スクラ氏:関ヶ原戦の引き金になった上杉家は会津120万石がら米沢30万石に譴責移封になった。上杉の律儀なほは4分の1の減封になっても家臣団の殆どばリストラしねんで米沢に率いていったごどだね。

♥助手アベナ:うえぇ、それはそれで大変じゃん。殿様も家来も年俸が4分の1に下がることでしょうッ。

♠安濃スクラ氏:そうだよ、だがら禄の少ねぇ家臣は半分百姓生活だったわな。うんとも幕藩体制は兵制が基本だして、平時は侍といっても役職者以外は暇だったようだたってね。

♣田圃青年:あッ、そうか。ここで出てくるんですね。江戸時代の希有な「封土返上」の悲鳴が。

◇古畑任次郎:ああ、明和の上杉家中8代重定の治政で。「封土返上」には至らなかったけど。

♥助手アベナ:なにッ、なにッ、それ「封土返上」ッて?

♣田圃青年:極端な財政悪化で「当家はもう大名やってられませ〜ん、藩土は幕府にお返ししたい」っていうことですよ。前代未聞のことですよね。

♥助手アベナ:へえぇ、そんなことあったんだぁ。幕末の「版籍奉還」の自主申告版ってこと?‥そういえば現代でもあったかな。北海道の何とか市で。

◇古畑任次郎:それはともかく「鉢植え」とはいいながら、移封された大名は旧地の文化や風習、技術を持ってきた。1590(天正18)年、都市計画の大家、蒲生氏郷が会津に入った。彼は積極的に会津の都市計画、産御振興を実施した。旧領の日野・松阪の商人の招聘、定期市の開設、楽市楽座を取り入れた。

 産業振興では、木地、塗り、蒔絵など東北有数の漆器工業団地を誘致した。信長、秀吉の商業政策の継承だった。だが、徳川政権は時代に逆行する商品経済の抑制政策を採る。

♤喜寿美堂:文化面でも時代の先取りをしますよね。蒲生氏郷自身、「レオ」というホリー・ネームを持つキリスト者であったでしょ。キリスト教とその文化を会津に持込んだ。

♣田圃青年:なるほど、だから「日野町」。火災は都市破壊の原因だったので失火は恐い、日野町は「火の町」に通じるというので、後に甲賀町に改名されちゃって‥。

♥助手アベナ:うん、うんなるほどね。だから甲賀町通りなのかぁ。

♣田圃青年:蒲生氏は特別ですが、大名の転封は地元文化に大きな刺激を与えたということですね。会津に入った保科一門も産業振興を計りますよ。

♠安濃スクラ氏:会津藩では、美濃の瀬戸がら陶芸家ば招き陶器の製造ば始めた。そいがら寛政12(1800年)に陶器の製造に成功したごどにより、今の会津本郷焼きの地盤は確立しだな。高遠蕎麦、天ぷら饅頭もほのふとつでだな。

♠助手あべな:そいでぇ、蕎麦の話はどうなったのよ?ホントに皆ィんなB型なんだからあああァ。

♣田圃青年:‥僕だけはO型なんですけど、‥ね。

♤喜寿美堂:チグリス・ユーフラテス河流域、インダス河流域、黄河流域などで蕎麦が栽培されていた痕跡があるらしいですから、蕎麦は文明とともにあったというべきですかね。日本では『続曰本紀』に勧植の記録があります。救荒作物としての必要性からなんでしょう。ということは日本の蕎麦の栽培はすでにそれ以前にあったということでしょう。

♠安濃スクラ氏:農業のごどならオラは専門家だ。語らせてけさまい。日本の農業はどうも米に特化されたイメージが強いが、稲作が現在のよに安定するのは戦国期以降だものな。だして、いま見るよな秋の農村風景は江戸期に入ってがらのごどだえさ。

 律令制以降、国家事業となっても米作はヨーロッパの小麦の三圃・三圃制のよに連作が難しく、休耕田もあった。あるいは田ば潰して畑地にしるごどもあった。陸稲も盛んだった。そんごどは、律令制の下での財政ば見てみるとよく分かる。「租」は班給田の収穫のうちほんの3%ってさるごどなんだ。

 税大系は「租」より「庸・調」の負担が大きがった。律令制ば破綻させる原因のふとつ「逃散」は「庸・調」にあったともいわれる。古代律令制は田祖に財政依存しぢぇあった訳じゃねぇ。そいだけ財政規模が大きくなかったともいえる。良民は衣・食・住ば含めた生活の糧ば多く個人・共同体で自給しぢぇあったしてた。

 穀物・作物の栽培は多種雑多だったろうと考えらいる。蕎麦の栽培もそんだな。繰り返すようだんが、米経済になったのは江戸時代がら。この経済体制ば世界史的には退行の時代だした。

♤喜寿美堂:そうですね、蕎麦は農村の多くの作物栽培の一つであったのでしょうね。私は蕎麦の栽培と食し方を広く伝えたのは山伝いを移動した修験者じゃないかと思っています。かれらは日常の糧の雑穀類を殻の状態で背負って歩いたのではないでしょうか。

 必要に応じて脱穀する。長期保存できます。移動に耐えますね。蕎麦を餅のようにするには「湯」を使うことも経験則からきたものであると思います。 

♣田圃青年:高遠蕎麦の初期段階を「行者蕎麦」といったようですしね。

♤喜寿美堂:蕎麦団子(蕎麦掻き・蕎麦練り)は淡白なだけに調味料が要ったでしょう。塩であったり、味噌であったりしたのでしょう。「高遠蕎麦」の出汁、味噌と辛味大根汁は、だから蕎麦の発展段階の初期的なものじゃないでしょうか。

♠安濃スクラ氏:「蕎麦切り」が、団子の次の発展過程なんだべが?

♤喜寿美堂:そうだと思います。今のような蕎麦を考えて行く時に幾つかの「鍵」があります。一つは江戸のファーストフードとして受け入れられる「蕎麦切り」は「冷めた麺食」の形態であったこと。古今東西のどこであったでしょうか、冷めた麺食が。
 
 もう一つは「個食」として発展していった。この二つは蕎麦のルーツを考えていく時の手がかりになります。

♠助手あべな:なんとなく解る気がするけど、「冷めた麺食」から履歴が解るというの?今ならいっぱいあるけどね「冷めた麺食」。

♤喜寿美堂:中国では庶民の生活でも食事は「温かいもの」なんです。冷めた食事というのは、そうとう貧しい者でも嫌ったらしいのです。日中戦争で蒋介石が「日本軍が強いのは、冷水で顔を洗い、冷たい食事でも文句言わずに戦う」と発言をしているぐらいです。

 うどんでもほうとうでも原初形態は庶民食であって「煮込んだもの」と思われます。蕎麦はそのようには発展していませんね。高遠城が織田軍団に攻められて落城する8年前「蕎麦切り」のもっとも古い記録として知られている木曽の定勝寺の古文書に「切り蕎麦」が「振舞」として出てきます。

 鍋を囲まない「個食」、冷めた食事、つまり寺社料理として採用されたんだと思います。その食形態から「振舞」として寺社、武家檀家の人々に食されていたんじゃないでしょうか。庶民の食事形態は随分長い間「大鍋に食材」を入れて煮込む、何人かで取り分けるというものだったでしょう。

 だから、「切り蕎麦」は庶民の生活から生まれたものではないと思います。小たりといえ三万石の大名、保科正之が食したということでもわかります。

♣田圃青年:その保科正之が好んだのは「切り蕎麦」。出汁は調味料の整わない時代だから「大根汁、味噌を溶かし込んだもの」だったという訳ですね。

♠助手あべな:寺社の精進料理が、上級の武家にも広がっていたという訳ね。それが、会津まで行った。会津では庶民の層まで広がって、店屋でも献立とするようになったのね、保科の殿様と一緒に来たから「高遠蕎麦」として。一つの流れは分かったよ。
 
 でもさあぁ、大消費地江戸でやがてブレークする。もう一つの蕎麦の流れはどうなのよ。

♤喜寿美堂:保科公が高遠でローカル食の切り蕎麦を食してから江戸で蕎麦が流行るのは、その数十年後のこと。江戸に伝わった蕎麦は独身者の多い江戸庶民の旺盛な食欲に支えられて、麺打ち技術の発展、下りものの食材で、現在のようなものになっていきます。

 信州から江戸への蕎麦伝播の具体的なことは実証しづらいのですが、大消費都市江戸の食の膨張する食需要、街道・宿場の整備、流通の発達などに依ったのではないか、と想像するばかりですね。研究しておきましょう。

♣田圃青年:それではそろそろ「高遠町の高遠蕎麦」の実地研究といきましょうよ。

♠安濃スクラ氏:ほんだ、ほんだ、蕎麦食びゃし。

●●「入野屋の高遠蕎麦」●●●●●●●●
「入野屋」は江戸の老舗の蕎麦屋がそうであるように、主人の心配りが、店内の端々まで行き届いている、そんな感じの店である。インテリアも「渋み」の統一感を出している。
 さて、出てきた高遠蕎麦。透明のカツオ・昆布の出汁、辛子大根のおろし、そして焼き味噌、薬味の葱、地元産の粉を使ったやや黒めの蕎麦。

♠安濃スクラ氏:ホントの田舎蕎麦、蕎麦の香りがすらあ、うめぇ!
♣田圃青年:腰があって良いですよ。辛味大根の汁が野趣満点。
♥助手アベナ:味噌が蕎麦と馴染むねぇ。美味し〜い。
♤喜寿美堂:中世の香りがするような気がしますね。歯ごたえがとてもいい。
◇古畑任次郎:僕には「蕎麦が美味い」って感覚がわからない‥。

●●「華留運(けるん)の高遠蕎麦」●●●●●●●●
 次は本通りの入野屋の向かい「華留運」色の濃いカツオ・昆布出汁にブロック状の焼き味噌、それにくるみ汁がつく。薬味の葱、ワサビ。蕎麦はやや白っぽい。蕎麦茹ではやや固め。

♠安濃スクラ氏:こごのワサビシャープだナヤ。鼻にツンときだぁ。
♣田圃青年:麺の茹ではやや固めでしたね。
♥助手アベナ:味噌が蕎麦と馴染むねぇ。美味し〜い。
♤喜寿美堂:僕はくるみ汁が気に入りましたね。
◇古畑任次郎:僕には「蕎麦が美味い」って感覚がわからない。

♥助手アベナ:ところで任様ッ!この蕎麦代って事務所経費で落としていいんでしょお?
◇古畑任次郎:君の三枚目を除いてはなッ‥‥。
♥助手アベナ:ぷぴっ。f^_^;

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